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『るーふぁすはこうちょくした。
 ぎんのまじょみならいのこうげき。
「だいっっきらいっ!!」
 クリティカルヒット!
 るーふぁすは一〇〇〇ポイントのダメージをうけた。
 るーふぁすはしんだ。』

 そして、ルーファスは、いま大海原の波間を漂っている。
 とりあえず、仰向けに浮いて。
 大事な剣は腹の上だ。
 とっぷん、たっぷんと耳元をくすぐる穏やかな波の音を聞いていた。
 先程まで聞こえていたシュリの歌声は、もう聞こえない。
 晴れ渡った空が綺麗だ。
 断続的に唇を撫でるしょっぱい海の味と、じりじりと顔を焼き続ける直射日光は不快だが。
「生きているかい?」
 そこへ黒い小鳥が飛んできて、彼に声をかけた。
 返事はなかった。
 目は開き、耳は聞こえていても、心は死んでいる。
 『だいっきらい!!』、のひとことで。
 瞬殺だ。
 その後、背を向けたシュリの後ろで呆然としているところを、すかさずこっそり忍び寄ってきた巨大蛸の足にはね飛ばされ、海中にたたき込まれた。
 相当、痛かったが、なんとか浮き上がって以来、こうして漂っている。
 ぷかりぷかりと浮くルーファスの胸元にとまった鳥は、溜め息を吐いた。
「まだ、おまえに死んでもらっては困るのだがな」
 反応なし。
「ひとりで泳いで帰れるかい? おまえを抱えて飛ぶのは骨そうだ。このまま黙っていても、そのうち陸に打ち寄せられもするだろうが、どこに着くかまでは保証できないよ」
 こつ、と目の前にあるシャツのボタンを嘴でつついた。
 こつ、こつ、こつ、こつ……
 ノックを続けているうちに、なあ、とようやく返事があった。
「……我が祖は、ディル・リィ=ロサ王女とどうだったんだ」
「どうだった、とは?」
「ディル・リィ=ロサ王女もシュリと同じようなものか、もっと酷かったのだろう? 似たような騒ぎもあったのではないか」
「あったよ。ディル・リィも人としての生活に馴染もうと努力していたが、どうしても精霊だったころの性も捨てきれるものではなかったし、精霊たちもそれまで通りにかまいたがったしね」
「そういう時、我が祖はどうしていた」
「どうだったかな。面倒臭がりながら、専ら後片づけをしていたかな。たまにいっしょになって騒ぎもしたようだったが、そういう時は暴れながらも面白がっていたように見えた。かえって被害を大きくしていたかもしれない」
「そうか……王女が妻であることは変わらないからな」
「それは、よくわからないな。しかし、そういうことが重なっていく内に、二人の仲も少しずつ変わっていったようだ。ザムドが暴れているのを見ている時のディル・リィは楽しそうだった」
「なんだそれは。怯えたのではなくて?」
「まあ、もとより、化け物じみたふざけた男だというのが周囲の者たちの意見だった。私から見ても、そんな感じだ。この身の元となった娘にしてもね」
「ヴィーとかいう娘から受け継いだ感情というやつか。そんなやつの一体どこに惚れたんだか」
 ふん、とつまらなさそうに鼻が鳴らされた。
「さあな。だが、共にいるだけで幸せだったのだろう」
「……そうか」
「おまえは私がこれまで会ったことのあるザムドの子孫のだれよりもやつに似ていると思うが、ザムドよりも人間らしいな。いろいろと不自由そうなところが特に」
 すこしだけ頭をもちあげ、ルーファスは胸元に止まったままの小鳥を見た。
「褒められているのかどうかわからんな。だが、おそらく、生まれ育った環境や立場の違いとかのせいだろう」
「そうなのか? その辺のことは私の理解範疇外だが、そうなのかもしれないな」
「ああ、守備範囲の違いってやつだ。領土を守るのと国を守るでは、まったく意味が違う」
「では、ディル・リィとシュリも、そういうところで違いがあるのかもしれない」
「当たり前だ。大体、似ているのかもしれないが、別人だからな」
 そして、「こいつだけ頼む」、と剣を差し出して無愛想に言うと、前置きなく身体をくるりと返した。
 咄嗟に二本の足で剣を腰にさげるための紐を掴み、小鳥よりすこしだけ身体を大きくした鳥が慌てて飛び立つ下で、ルーファスは両手足を動かし陸に向かって泳ぎ始めた。
 泳法は、力強く白波をたてるクロールだ。
 陸は遥か遠い。
 避難した漁船よりも遠く、船の上の人影が米粒大のおおきさに見えるぐらいの距離。
 たった一撃で、どれだけ遠くに飛ばされたのか。
 恐るべし、デロリアンだ。
 いや、それよりも、それだけ遠くに飛ばされながらも、怪我ひとつ負っていない様子のルーファスの頑丈さを賛えるべきか。
 やれやれ、と黒い鳥の姿をした祝福の魔女は口の中でつぶやくと、沖へ帰る巨大蛸の見送りに向かった。
 シュリもうまくやったようだし、多少、波が高くとも、あの男ならば大丈夫だろうと思いながら。




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