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 時をすこし巻き戻して、フラベスの海に赤い夕日が落ちかかっている頃。
 彼の地ではルーファスが戦線離脱しながらもなんとか収束しつつあったその同時刻、マジェストリア王宮は今まさに決戦のゴングが鳴らされようとしていた。
「話には聞いていたが、実におぞましき光景であるな。あれを目にしただけで、気の弱い陛下が怖けづかれるのもわかる気がする」
 王宮の玄関前に停められた馬車を窓から見下ろして、ビストリアは隣の窓から同じように観察するキルディバランド夫人に言った。
「ほんに。あれは見た目からしても、一応は同族でございましょ? それを鞭を打って馬の代わりに走らせるなど、私には到底、理解できませんわ」
 言葉どおり、馬車は到底、王族仕様のものとは思われない四角張った優美さの欠片もない、頑丈さばかりが目立つものだ。
 木製ではない。
 言うなれば、鉄の固まり。
 装甲車とか、戦車とか。
 戦場でも充分に活躍できそうだ。
 そして、馬車に繋がれているのは、太い二本の後ろ足で立つ鱗をもつ真のトカゲ。
 細くて小さな前脚はバランスの悪い身体を支え、地面を掻いて走るに役立てるらしい。
 事前に耳に入れた報告では、同じトカゲでも単純な命令は解しても言葉は喋れず、家畜と変わらないとか。
 人族からみれば同族同士でと思うが、トカゲ族によれば、鱗があるとなしでは、まったく種が違うのだそうだ。
 鱗が知力を奪い、肉体労働だけの能しかないのだと言う。
 ビストリアはわずかに口角をあげた。
「なんの、東のナンの国では、人族が治めながらいまだ奴隷制度が残っていると聞く。それと変わらぬものであろうよ。我が国では新生ロスタ誕生と共に廃されたものではあるが、国によっては、民を侮り虐げることも伝統のひとつと言って憚らぬ。それこそが野蛮な者である証とは気づかず着飾る様は、眺めるだけでも片腹痛い」
「まあ、なんと恐ろしいこと。では、シャスマールも、我が国よりも六百年も遅れていると言えるのでございますね」
「なかなか上手いことを言う」
 にやりと笑う口元を扇で隠し、ビストリアは馬車から降りる白いトカゲ族の姫を眺めやる。
「憎きは容姿ではなく、その野蛮さよ。そして、陰でマジェストリアを、たかが人が治める小国と侮る浅ましいまでの傲慢さと強欲さよ」
 尾の半分を隠す長い裾を引く姿を上から一瞥し、マジェストリア国で最も高貴と呼ばれる女性は身を翻した。
 ぱちん、と扇をひとつ鳴らして、気合いはじゅうぶん。
「さて、気はすすまぬが、そろそろ参ろうか」
 はい、と後ろに付き従う夫人にビストリアは、ちらり、と流し目を送って言った。
「成否はそなたの働きにも重きがかかっておる。腹立ちをおさえきれぬ時もあろうが、よくよく堪えて気分良く踊らせてやるがよい。ことさえ成れば、後々までもの笑い話にもできようて」
「はい。王妃さまにお仕えするつもりで、仕えさせていただきます。勿論、気持ちは別にございますが」
「しかと頼むぞ。首尾よういった暁には、そちにも褒美をとらせよう。その時を愉しみに励むがよい」
「はい、御期待にかなうよう、必ずやこの務め、成功させてご覧にいれます」
「頼りにしておるぞ」
 意地の悪い笑みは、ここまでだ。
 年期の入ったポ−カーフェイスで覆い隠すと、ビストリアはキルディバランド夫人を従えて静々と謁見室へと向かった。

 ……という会話があったということは、キルディバランド夫人も覚えている。
 褒美のひとことで、漲るとまではいかないが、やる気が八十七点ぐらいはあった筈。
 まあまあ高得点だが、微妙なところがいけなかったのか。
 いざ、仕える対象を目の前にして、思わず遠い目になっていた。
 謁見室でのビストリアの、なんと立派だったことか。
 顔色ひとつ、表情ひとつ変えることなく堂々と歓迎の意を表し、『いずれは母娘と呼び合う仲』だの『ルーファスも姫に会えるのを愉しみに、云々』と大嘘……社交辞令をつき通した。
「しかし、間の悪いことに、今朝ほど我が国の海域に怪物が現れたとの報告があり、ルーファスは急ぎ退治に向かわねばなりませなんだ。子細はいまだ伝わってきてはおりませぬが、高波によって街の被害も少なからずあったとのこと。わざわざ遠方より愚息に会いに来て下された姫には申し訳なく思いますが、これも王子の務め、残念ながら姫に御挨拶をできそうにはございませぬ。が、姫の安全を守るためなればこそ、いっそう励まんとする愚息の気持ちを御理解下さいまし。ことが収まれば、すぐにも戻って参りましょう」
 いや、流石に王妃様だ。
 とても凡人には真似できない。
 呆然とするレディン姫に畳みかけるように、そのまま謁見終了。
 そのあとを引き受けて、キルディバランド夫人は押し流すようにして部屋へと案内した。
「姫君御滞在中のお世話を取り仕切らせていただきます、マウリア・キルディバランドと申します。こちらにいる私の娘と侍女が、お部屋内のことはすべて御用立てさせていただきます。御用命がございましたら、なんなりと申し付け下さいませ」
 以上。
 本来ならば、国賓となれば、すこしはお愛想や美辞麗句を付け足すものだが、割愛する。
 自他共に認める『一般的な人族の感覚の持ち主』であるキルディバランド夫人の脳内は、いま別の思考に支配されて、気の利いた言葉ひとつ出てこない。
 気分は、場末の舞台に立つ新人コメディアンを見る観客のごとく。
 即ち、突っ込むところが満載すぎてどこから突っ込んでよいのかわからず、かと言って笑いもできず、席を立つしかない。
 でも、そうはいかないので、目の前にいる客人をできる限り観察する。
 サシャリア侯爵夫人よりも、余裕をもって細かくじっくりと。
 ひと通りの状況確認――脳内突っ込みを終わらせないことには、なにも手が付けられない。
 まず、色が白い。
 当たり前に美点のように聞いていたそれは、実際にはすこし解釈が違う。
 それは、肌ではなく皮だ。
 だから、人のように透けるように見える微妙な血流の変化などは、まったくぜんぜん関係ない。
 たんに、先天的ななにかで色素が欠乏していて白いだけだ。
 確かにシミひとつないが、一般的に言われる色白美人とは一緒にしてはいけない。
 所謂、アルビノ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 たまたまそう生まれついてきただけだ。
 瞳の色が赤いのもその理由。
 瞳孔は丸く大きいが、夫人の基準から言えば、蠱惑的という表現には当て嵌まらないと思う。
 つぶら、という言い方が辛うじて相応しいかと思うが、人の顔のバランスとは違うため、大きすぎてちょっと怖い。
 というより、頼むから、ときどき長い舌を出して、目を舐めないでほしいと思う。
 正直言わずとも、不気味だ。
 一瞬の早業だから、夫人も見て見ぬふりもするが、頻繁すぎると、その内、言わずに我慢できるか疑問だ。
 というか、それよりも、トカゲに睫毛なぞ生えるのだろうか?
 瞳の周囲をばっちばちに飾る金色の繊毛は、どうも偽物くさい。
 というか、あの頭髪はなんと言ったものか。
 金髪の巻き毛には違いない。
 だが、その生えている位置は、かなり後ろ。
 人族的には後頭部の下の方に当たるだろう位置の真ん中に、馬のたてがみのように生えている。
 モヒカンと言い換えても差し支えない。
 なんとなく、元はトサカだったのが変化したのではないかと想像できてしまう。
 量のすくないその毛先をカールさせ、肩と称すには撫で肩すぎる位置にちょろちょろと、貧弱なばかりに流れ落ちている。
 試しに、その髪を編んで垂らせば、弁髪もどきができあがる。
 しかも、胸はぺったんこだし。
 首は長いから良いとしても、鎖骨もないから広く開いたスクエアカットの胸元の意味が、なにもない。
 ハイウエストの金の刺繍もみごとな優美なラインを描く深紅のドレス自体は悪くないが、今どき流行らない古くさいデザインだし、裾の長さが不自然だ。
 これならば、裾が床につくかつかないかぐらいがベスト。
 尾を隠すためだろうが、それ自体に意味があるのかはわからない。
 しかし、それにしても種族固有のずんどう体形から、『装う』のではなく『着られている』印象をより強くしている感は否めない。
 いっそのこと、男装していたほうが違和感がないに違いない。
 一見してみても、衣服と化粧あるなしぐらいでしか男女の区別がつかないのだから。
 実は男でした、と言われても、さして驚きもしない。
 というよりも、ドレス以上にその化粧がいただけない。
 やめた方がいい、やめろと言いたくなるのをこらえるだけで努力が必要だ。
 凹凸がほとんどないのっぺりとした顔立ちの上に、白い表皮は塗ったその色ずばりが出る。
 例えば、瞼ではないが、目の上に掃いたピンク色はピンクのままだし、唇ではないが、小ぶりな人の唇の形に似せて口の先っちょにつけた紅色は紅色のまま。
 人であれば、顔立ちの陰影や肌の血色が地の色になんらかの影響を与えるお陰で出る効果もあるし、テクニックによっては自然な風合いも、個性的にも、華やかさだって、演出できる。
 が、それがないトカゲ族は、まんま塗ったくっただけの印象が強い。
 端から、美醜の区別もつかないし。
 血に浸したかのような、深紅に染められたトキトキの爪が怖いし。
 やはり、向かない。
 そうとしか言い様がない。
 気持ちはわかるし、努力は認めるが。
「先に書面にてお知らせした通り、姫君は香草を煎じた茶を好まれ、どのようなものであっても熱いものは受け付けられません。供される時には、ごくぬるい湯冷ましか冷やしたものを。また、飲料用の水と果物は常に新鮮なものをお願いいたします。また、水浴びにお使いになるお水も香草を浸したものでありますが、御用意いただけていますでしょうか」
「はい、委細承知の上、万事抜かりなく。必要とあらばすぐにお持ちいたしますので、そこにあるベルを鳴らして呼んでいただければ、私かこちらの者がすぐに伺います。遠慮なくお申し付けくださいませ」
 レディン姫のもろもろの好みのリストが手に入ったのは、つい昨日のことだ。
 シャスマールは、仕事が遅い。
 いや、レディン姫の到着が早すぎたのか。
 いずれにせよも、香草に完全なベジタリアンである姫が食べられる野菜のリストも加わって、五十種類以上もの植物名と野菜名がかかれたそれには、マジェストリアでは手に入りにくい種類も混じっていた。
 エンリオ・アバルジャーニーにも相談して、至急、取り寄せもしたが、転移用魔法陣がなければあぶなかったろう。
 それとは別に、昨日の騒ぎで、思いがけず大量入手できた食材もあり、よって、準備万端。
 まったく、なにが幸いするかわからない。
 案内した滞在用の部屋で、レディン姫の侍女ににっこりと余裕の笑顔をみせてやる。
 それに返される笑みはない。
 というか、笑っていても判断がつかない。
 逆に、怒っていてもわからないだろう。
 そういう顔だから。
「お部屋の方は気に入っていただけましたでしょうか?」
 そう問えば、「少々、風通しが悪いようですが、かまわないでしょう」、と実に横柄な返事があった。
 ここは嘘でも、素敵の一言ぐらい言い添えるのが礼儀というものだろう。
 レディン姫本人からも、ひと言もなし。
 それどころか、なにひとつ興味を示した素振りもなく、無関心ともいえる態度。
 ついでに、レディン姫の身の回りの世話は、基本的にシャスマールの侍女たちが一切合切を取り仕切ると申し渡された。
 姫に直に接することは許さず、設備の提供と必要なものだけは用意しろ、というわけだ。
 それは、事実上、縄張りの侵害を宣言された上に、役立たずのレッテルを貼られたに等しい。
 『軒下を貸りておきながら、母屋を乗っ取るつもりか!?』
 夫人にしてみれば、そんな危機感さえ抱く。
 事実、そのつもりなのだろう。
 向こうはすっかり、王太子妃になったつもりなのだろうから。
 こちらの思惑とは別に。
 夫人も先の王妃との会話がなければ、嫌みの一言ぐらい口にしたかもしれない。
 しかし、ここで襤褸を出すわけにはいかない。
 王宮勤続、三十年弱。
 女官見習いからスタートし、つぎつぎと結婚や出産、体調不良を理由に辞めていった同期たちを見送りながら、叩き上げたスキルと根性と務めに対する矜持は本物。
 敬愛する王家、ことにビストリア王妃への忠誠も偽りない。
 最近ちょっと、目まぐるしく変わる方針変更についていけてないような気はするけれど。
 でも、この程度で綻びたり、音を上げるような柔さは持ち合わせていない。
 刀までいかないにしても、ダンボール並の便利さと強じんな柔軟さはある。
 多少、叩かれてへこもうとも、問題がないのが特徴。
 娘時代は、薄紙の神経がさも良いように思っていたが、そんなものでは世の中渡っていけない。
 女だって、逞しくなくては生きていけない。
 場合によっては、男以上に。
「姫君にあられましては、旅のお疲れもございましょう。晩餐会までの時間、ごゆるりとお過ごし下さいませ」
 キルディバランド夫人は笑みを絶やすことなく深々と礼をすると、文句のつけようもない所作で部屋を退出する。
 国王陛下主催の晩餐会まで、二時間ほど。
 特に用事がなければ、それまで空き時間がある。
「あなた方はこの控えの間で待機していてちょうだい。呼ばれることがあっても、くれぐれも失礼のないよう心すること。どのような方であろうとも、大事な国のお客様なのですから。それ以外のことは考えないように。相手にどのような態度をとられようとも、マジェストリア国王宮に勤める侍女の誇りを忘れず、落ち着いて接してちょうだい。わずかでもつけ入る隙を与えることのないようにね」
 はい、と表情も硬く返事をする侍女たちにうなずき、不安を感じながらもあとを娘に任せる。
 そして、向かった先はサロン。
 予想通り、そこにサシャリア侯爵夫人の姿を認める。
 早くも大勢の貴婦人たちに囲まれているところをみると、昨晩預かったレディン姫の情報がよほどのものらしい。
「キルディバランド夫人、マウリア! こちらよ!」
 呼ぶ声の高さからも、侯爵夫人も彼女に伝えたいことが山ほどあるに違いない。
「ごきげんよう、サシャリア夫人。そちら、いかがでした?」
「ごきげんよう、マウリア。ええ、大変でしたわよ。あなたも覚悟なさることよ。あの随行の者たち、ご覧になられた?」
「ええ、多少、大きい小さいはあっても、身体つきも顔も皆、そっくりで! びっくりしましたわ!」
「やっぱり! ほら、皆さま、言った通りでございましょ!」
 互いの情報交換を開始する。
「まあ、そんなに!?」
「そんなことをおっしゃいましたの!?」
 雀のおしゃべりの賑やかさで、みなで話題を突き回す。
 そして、生の情報を擦りあわせることで、キルディバランド夫人とサシャリア夫人は互いの考えの共通するところをすぐに探り当てた。
 それこそ、『この婚姻には反対』の意見であることを。
「正直言って、荷が重いですわ。国賓とは言え、こうも生活様式からなにから違うと、なにか粗そうをしでかしそうで。王妃さまよりも直々に、のちのちシャスマール国より文句を言われることのなきよう、十二分に尽くすようにお言葉をいただきましたから、よけいに」
 さりげなく王妃の意向も伝えておく。
 あら、と答えたサシャリア夫人にもそれは伝わったようだ。
 流石に、外交に長けているだけあって、微妙なニュアンスを聞き逃すことはなかったようだ。
 紅をひいた口元が、弧を描いた。
「わかりますわ。私も一日お預かりしただけで、ほとほと参りましたもの。でも、『のちのち』ですのね」
「ええ、『のちのち、シャスマール国より』ですわ」
 姫君本人たちの口から、ではなく。
 つまり、『このまま居座らさせる気はなく、だが、帰国後も文句をつけられることがないよう取り計らう』。
 キルディバランド夫人は笑みを浮かべた。
「また、なにかありましたら、相談に乗って下さいましね」
 協力者は多いに越したことはない。
「ええ、もちろんよ。及ばずながら、お手伝いさせていただきますわ」
 見つめあう、目と目。
 その中だけで、がっちりと握手を交わす。
 周囲でふたりの会話を聞いていた者たちの中にも、意図を汲み取ったものがいたようだ。
「まあ」、と扇で口元を隠し、「愉しみですわ」、とほくそ笑む。
 こういうことが大好物な者が多いと、改めて感じる瞬間だ。
 と、そこへ。
「お母様、お母様!!」
 慌てる声は、聞きなれた娘のもの。
「リズ、こちらです。皆さまがおられる前で大声を出して、みっともない。お控えなさい」
「お母様!」
 注意をよそに、血相を変えて駆け寄ってくる娘を見て、息を呑んだ。
 ひっ、と脅えるちいさな悲鳴が、周囲からあがった。
「ごめんなさい、お母様。でも、レディン姫が浴室に入られる際に、扉で尻尾をうっかりと挟まれてしまったそうなんです。なんでも、シャスマールには扉というものがあまりなくて、侍女の方も閉める加減を間違えられてしまったみたいなの。それに、姫君もルーファス殿下がおられないことにとても気落ちなされていて、ぼうっとなされておられたみたいで……お怪我というものではないのだけれど、トカゲ族の習性で尻尾を落とされてしまったそうなんです。でも、姫君には滅多にないことらしくそれがショックだったようで、ますますお辛くなられて、すっかり寝込まれてしまったそうです。わたくしが参った時にも、寝台の中で泣いてらして……本当にお可哀想。どうしましょう? こういう場合、どうしたらよいのでしょうか?」

 あぁ……

 キルディバランド夫人は言葉をなくし、早口で説明する娘をみつめた。
 その両腕に抱えているのは、大きな白いトカゲの尻尾。
 切り落とされて間もないせいか、まだ、先の方がひくひくと蠢いている。
「あなた、それ……」
 そんなものを、よく抱える気になったものだ。
 感心したものか、呆れたものか、自分の娘のことながらよくわからない。
「ええ、お気の毒なレディン姫の尻尾ですわ。部屋にそのまま置いておくわけにはいかないし、かといって、大事なお客様の身体の一部ですもの。ゴミ箱に捨てるのも失礼かと思って、わたくし持ってきてしまいましたの。でも、これもどうすればよろしいの?」
 妙にはきはきとした口調で問われる。
 その主張はわからないでもないが、なにか間違っている気がする。
 どうすればよいか?
 そんなこと、夫人にだってわからない。
 長年女官をやっていても、国賓である王女の尻尾の処分の経験などない。
 焼けばいいのか、埋めればいいのか?
「皮で、靴とかバッグを作るとよさそうですわね」
 逃げずに残っていたサシャリア夫人が、とても事務的な口調で言った。
 ……それでも良いのだろうか?
 窺う気持ちで見れば、心なしか侯爵夫人の目は遠い。
 それに、いつの間にか周囲が閑散としていた。
 さもありなん。
 自分の娘でさえなければ、夫人だって引く。
 そそくさと立ち去る。
 これは、逞しいとか以前の問題だ。
「お母様、大丈夫? お顔の色が悪いわ」
「ええ……」

 ――普通に育てたはずなのに……

 ぼんやりと、キルディバランド夫人の中にそんな思いがよぎる。
 娘の腕の中で、うねうねと尻尾がのたくっている。
 本当にこの先、この調子で大丈夫なんだろうか?
 娘も、務めも。
 急に目の前が薄暗くなったように感じた。




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