25




 魔力がなぜ人間にだけ備わったのか、わかってはいない。
 妖精族との関連性も語られるが、おそらく、と学者が言うには、『肉体的には弱く、他種族より攻撃を受けたとしても身を守る術を持たない人間が、生存本能により自然と獲得した力だろう』、とされている。
 そして、更に、群れることで、より守りを固くする。
 これは、個体ごとに、持つ者と持たない者、魔力に限らずその能力、力関係に差があるために、互助的な意味合いがあってだろうと言われている。
 しかし、それとは別に、人間は同種族間で無駄に競争をしたがる、という特性も持っている。
 他種族においての競争原理はおもに、他よりも秀でることで繁殖機会を多く得られる、という目的をもつ。しかし、人間においてのみそれだけとは言えない。
 個体差はあるものの、頻繁に自意識を満足させるためだけに他者を貶め、己の優勢を確認する行為や行動がみられる。日常的にそれは行われる。そして、それは、しばしば、繁殖活動とはべつの行為として存在していると見られている。
 そして、そこには、他種族にはない残虐性がしばしば見受けられる。
 これは、大まかに言って、群れの中においてのアイデンティティの確立、個としての存在を確立することを目的としていかもしれない、と言われている。
 そして、稀にだが、その意識が強くなりすぎれば、必要以上に攻撃的にさえなる。理性をなくし、所属する群れそのものを崩壊に導くことさえある。
 ゆえに、群れとしての繋がりの強固さにおいては、他種族に比較して劣るとも言える。
 とはいえ、通常においては、この相反するふたつの要素を両立させていられる点について、他種族の研究者たちの間では、『人間種は、なぜ魔力を持つのか』以上の謎とされている。


「どうした。きょうはやけに機嫌が悪そうだな。また、伯父たちとやりあったか」
 珍しい問いにしても、わかっているかのような主の言葉に、カミーユは内心、苦々しさを感じた。
「いつものことですから」
 務めて軽く答える。
 ルーファスも、「そうか」、と頷いたきり、それ以上、なにも突っ込んで訊ねてくることはなかった。
「伯父に呪いを解こうとしていることが耳に入ったようです」
 と、言えば、ち、とひとつ舌打ちがあった。だが、不愉快そうにしながらも、「まあ、いい」、と言った。
「遅かれ早かれ噂になることはわかっていたことだ。そう長い期間でもない。騒ぐようであれば、黙らせれば良い」
 思っていたよりも冷静な反応だった。
 多少、王宮の備品が壊れることにはなるのだろうが、大したことのなさそうな様子だった。
 気にするな、と言われているように感じた。
 報告を終えて執務室を辞去するときまで、その態度は変わらなかった。
 だが、そうあることが、自分が必要以上に理解されすぎているようで、よけいに苦々しさが増した。
 通常、直属の上役に理解されることは悪いことではないのだろう。
 お節介を焼かれることも、詮索されるわけでもない。
 しかし、理解されたくない、とカミーユは思う。
 並みでない強さと魔力を持ち、男であるルーファスには。
 彼女の欲しいものをすべて備えている王子には。

「なぜ、わたしに黙っていた!」
 昨夜、精一杯、遅く帰ったつもりだったが、就寝せずに待ち受けていたらしい。
 お帰りもただいまも挨拶もなく、屋敷に戻ったカミーユの顔を見るなり、彼女の自称保護者である伯父は、怒鳴る声で言った。
 傍には、伯父の息子であるふたりの従兄弟もいて、みな、似たり寄ったりの顔つきをしていた。
「なんのことでしょうか」
 訊かずとも、なんのことかはカミーユにも直ぐにわかった。が、素知らぬ顔でとぼけた。
「とぼけるな! ルーファス王子がなさろうとしていることだ! あの忌忌しい呪いを解こうとなさっておいでだと! そのために魔女をひとり呼び寄せたと! それは本当のことなのか!?」
 今にも掴みかかってきそうな勢いで従兄弟のひとりが言った。
 うんざりしながら、胸中で溜息をついた。
 いつものことだが、なぜか慣れることができない。
「たしかにそのような話はありますが、未だ決定したわけではありません」
「なにを言う! そのつもりなしに、魔女を呼び寄せたりはなさらぬだろうに!」
 務めて事務的に、期待をもたせない素振りをみせたにも関らず、もうひとりの従兄弟も、興奮をしめす赤ら顔で言った。
 怒っているとも喜んでいるともつかない表情だ。
 手に持つグラスに、酔っているのかと思いもするが、素面でもそう変わらないかと思い直す。
「いいえ。現在は調査している最中です、解呪できるかどうか。ですから、あまり騒ぎ立てなさらぬようお願いします。でないと、後でがっかりすることになるかもしれませんので」
 『邪魔するな』、と言いたいところを我慢した。だが、やはり、いつもの通り、伯父たちが察することはなかった。
「そんなことがあるわけなかろう」、と決めつける言葉があった。
「魔女がかけた呪いを魔女が解けぬはずがない。ああ、これでやっと、我が伯爵家も日の目をみることができる。魔法さえ使うことさえできれば、魔力においては、他の家にひけをとるものではないからな」
「ええ、そうですとも父上。おっしゃる通りです」
「魔法が使えないがために文官に甘んじてまいりましたが、魔法が使えるようになれば、目立った働きもできるようになりましょう」
 従兄弟たちも煽るように口々に言った。
「魔法が使えるようになったからといって、魔力の大きさが出世につながるとは思えませんが」
 言っても無駄だろうとわかっていながら、カミーユは、つい、いつもの癖でそう口にした。
 すると、案の定、従兄弟たちに睨みつけられた。
 御丁寧に、鼻でせせら笑う声までがついてくる。
「端から魔力を持たないおまえにはわかるまい」
「女だてらに男の真似事をして。着飾って大人しくしていればよいものを。さすれば、妾のくちぐらいならばあろうに」
 嫉妬が声に滲んで聞こえる。
「いや、兄上、見目に惹かれることはあってもすぐに性質の悪さが知れ、捨てられもしましょう。なにせ、家長の許しも得ず、他国の男に嫁いだ尻軽女の血をひいておりますゆえ、身持ちも悪かろうし」
「ああ、なるほど。それで重宝がられてもいたか。女とは得なものだな」
 あからさまな侮蔑の言葉に、カミーユの眉も動く。
 しかし、出たのは怒りの言葉よりも、冷笑だった。
「じつに見苦しいですね、男の嫉妬というものは。女のそれよりも、なお醜い」
 どんな鈍い者でもはっきりわかるように、軽蔑の色を隠さず彼女は答えた。
「己が無能を棚に上げ、女で魔力を持たない私が、男よりも重用されていることがそんなに気に入らないとおっしゃる。しかし、それは私を抜擢して下さった王子を侮辱していることにもなりましょう。不敬罪と問われても仕方ありますまい」
 指摘されてはじめて失言に気付いたか、従兄弟たちの顔色がみる間に青くなった。
「それに、私のみならず、母に対する侮辱は聞き捨てなりません。確かに、当時、家長であった祖父の許しは得られませんでしたが、それは、侯爵家への人身御供にしそこねた思惑が外れた故のこと。祖父の都合による逆恨みでしょう。母は一度も父を裏切ったことはなく、仕える方にも最期まで忠実でしたよ。身を挺して主を守ろうとするぐらいに。夜毎、娼館に通い、女を取っ換え引っ換えしながら、口先ばかりの忠義を語るあなた方とは違ってね」
 そういう貴族が、この国にはごろごろいる。集まっては愚痴を言い合って慰めあい、役にも立たない魔力の測定をしては、誰それよりも多いだのと言って虚栄心を満足させる輩だ。
 これが他人ならばいくらでも無視できるが、身内となればそうもできない。
 鬱陶しさも倍化する。
「生意気な女め! 身寄りもないところを拾ってやった恩知らずが! 貴様が今こうしていられるのは、誰のお陰だと思っている!」
 喚く息子たちの間に割り込み、伯父がお決まりの台詞を吐いた。
「まったく、おまえときたら、後ろ足で砂をかける真似ばかりをする。王子の側近くに務めると聞いて、もしや妃に、と喜んだのも束の間、男の恰好をして側近とは! あれほどがっかりしたことはない。それでも、と思ってみていれば、我が家のために口利きひとつするでもなし、こうして大事な話さえ黙って我らを遠ざけようとしているとしか思えぬ仕打ち。かといって、ほかに嫁入り先を世話しようとも、王子の傍付きがためにいらぬ誤解をうけて、断られるが始末。おかげですっかりと行き後れの年になってしまった。せめて、王子の手つきとなって、愛妾にでもなればよいものをいっかなその気配もなし。おまえほど恩知らずの娘は、ほかにいない。やはり、そう言う勝手なところは、妹そっくりと言うしかあるまい」
 そして、ここで彼女の我慢が切れるのも、いつも同じだ。
「光栄ですね。貴方に似ていると言われるより、ずっと誇らしい」
「貴様、育てられた恩も忘れ、父上に対してなんという口の聞き方を!」
 気色ばむ従兄弟を、揺るがない視線で制した。
「育てていただいた恩は多少なりとも感じてはおりますが、凋落しかかった家名を売るために私を利用なさったことで相殺されましたでしょう。因みに、王子に推挙しないのは、王子があなた方のような実の伴わない権勢欲ばかりの俗物を、なによりもお嫌いになるからです。下手に王子の前にでては余計な口をきき、ご不興をかって成敗されないがためのこと。感謝されこそすれ、恨まれる謂れはございませんよ」
 目の前の顔がみるみる揃って青くなり、そして、また、赤くなった。
「きょうは疲れたのでもう休みます。失礼」
 これ以上、不愉快にならないために、さっさとその場を去る。
「待て! まだ話は終っていないぞ!」
「よせ、放っておけ。減らず口をたたいていられるのも今のうちだ。魔法が使えるようになれば、すぐにお払い箱だろう」
「まったく小面憎い。王子の後ろ盾さえなければ、すぐにも叩きだせるものを!」
 耳が腐りそうな雑言を、早足でうしろに置いていく。

 ――下衆どもめ!

 実際のところ、さっさと屋敷を叩きだしてくれた方が、カミーユにとっては好都合だ。
 そうなれば、なんとでも訴えて、正当性をもってこの嫌なしがらみを断つことができる。
 伯父たちがそうしないのは、他の貴族たちに外聞がわるいことと、ルーファスの不興をかいたくないがため。そして、未だ、彼女になにか利用価値があるのではないかと期待しているからだ。
 だから、彼女を正当に追い出すための理由を得る機会を待つと同時に、砂粒ほどの大きさでも益を得られる機会がないか、虎視眈々とねらっている。
 彼等のような者たちは、己が利益を得んがためと保身のためになら、驚くほどに知恵を絞る。それだけにしか知恵を使っているのではないか、とカミーユは思っている。
 お陰でこれまで、何度も伯父たちのつまらぬ野心を挫くのに付き合わされた。
 実の伴わない身分の者に、無理矢理、娶されそうになったり、そのためにあやしげな薬を飲まされそうになったり。
 彼女に味方してくれる召使いたちが、こっそりと先んじて情報を流してくれなければ、今頃どうなっていたかわからない。
 勝手に屋敷をでることが出来ればよいのだが、女の身ではそうはいかない。
 彼女が王宮に出入りができるのは、名義上、後見人となっている伯爵家の名前があるからだ。
 彼女個人の名前としては、王宮に出入りできるだけの身分を持たない。
 はじめに身分ありき。
 たとえ、ルーファスの側近という立場であろうとも、いかに能力が高かろうと関係ない。そして、その壁は厚い。しかも、女であれば、尚更。
 もとより貴族直系で、ほかに跡継ぎの男子がいない場合にのみ、やむなしの形で女性でも家督を継ぐことは出来る。
 が、カミーユの場合はそうではない。
 父は子爵の身分を持っていたが、その国はとうにない。母も彼の国にて命を落とした。
 身分を決めるのは、王だ。
 だが、現在のドレイファス王にその気はない。
 男性中心論者たちのやり玉にあげられることがわかっているからだ。
 カミーユがルーファスの側近に抜擢された時でさえ、わあわあと騒ぎ立てた連中だ。貴族の位を与えようならば、猛反発は目に見えてわかっている。
 今の王に、そこまでする器量はない。
 なにも自由にならない。
 ただ、女であるというだけで。
 なにをするにも、男たちの許可がいる。男たちのくだらない思惑に振り回される。
 まるで、女であること自体が呪いのようだ、とも感じる。
 そうならないために、カミーユはルーファスと手を結んだ。
 ルーファスが王となれば、彼女は自由を得られる。そして、彼女はルーファスが王となる手助けをする。そうすることが、死んだ母や母が仕えた主の望みにも通じる。
 ルーファスも、それをわかっている。
 互いに、互いを利用する。
 ギブ・アンド・テイク。
 こんな簡単な人間関係のつくりかたすら知らない伯父たちに、カミーユは負ける気がしなかった。
 そんなつまらない男たちの自意識を満たさんがための道具にされるなど、真っ平ごめんだった。
 己の人生を己の手で切り開く自由。
 それこそ、彼女のなによりもの願い。
 主を命懸けで守った母の名誉のためにも。
 そのためにならば、なんとでもしようと覚悟は決めている。
 呪いを解くことは、魔力をもたないカミーユにとってどちらかと言えば不都合だが、それでも伯父たちの目論見通りにはいくはずもない。
 ルーファスはそれほど甘くはない。

 ――しかし、これからどう動くか……

 鍵となるのは、あの 魔女の娘。
 できれば、すこしは面白い方向へ動けば良いと思う。
 本当につまらないことばかりだから。
 彼女にも、多少なりとも憂さ晴らしは必要だ。
 それに、浮かれた貴族たちへの対応も考えなければなるまい。
 ルーファスの機嫌を必要以上に荒立てることは、彼女にとって得策ではない。
 戻ってきた自身の執務室の席で、カミーユは暫し思索に身を委ねた。




 ≪ back  index  next ≫ 



inserted by FC2 system