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 ドワーフ族をひとことで言い表すならば、『頑強』だ。
 身体的にも性格的にも。
 成人しても、ほかの種族にくらべて頭ふたつ分は低い身長と、がっしりとした体躯。そして、皆、口まわりに立派な顎髭を蓄えている。
 人の娘の平均的な身長であるシュリとくらべても、だいたい胸元ぐらいまでの高さでしかない。
 ルーファスが比較対象となると、ほんとうにちいさく見える。
 おとなとこども、といった感じだ。
 だから、ドワーフ族の身長にあわせて作られた扉を潜るときに、ルーファスが頭を打ち付けてしまったのは仕方ないことかもしれない。
 扉はちいさくあったが、中の天井は高くしてあるため、中腰で立っている羽目にならなかったのは幸いだったろう。
 ドワーフたちは、洞窟や坑道から延長して造られた窟《いわや》に共同で暮らす。頑ななまでに、昔からのその暮らしぶりを変えようとはしない。
 気難しい性格もあって、他種族とは最低限の接触しかもたず、隠れ住んでいると言ってもよい。
 その点、魔女とよく似ている。
 だから、知らない者が見付けるのも難しい。
 ここのドワーフたちも例に洩れず、山の中腹の薮の中に紛れるようにして暮らしていた。
「こんにちは、お薬を持って来ました」
 窟を訪ねたシュリに向けられたドワーフの男の気の良い笑顔は、後に続いたルーファスの姿にすぐに消え、顰められた。
「人間なんぞを連れてきたのか」
 隠すことのない侮蔑が声に表れていた。
 低い背で胸を精一杯に逸らせ、倍まではいかないにしても、かなりの身長差がある人間の男に向かって、ぶしつけな視線を向けた。
 ルーファスはルーファスで、ドワーフのそんな態度を気にもしていない様子で軽く受け流している。
 間に立つシュリだけが、おろおろとしながら互いを紹介した。
「ええと、ルーファスさんです。こちら、ゲインズさんとおっしゃって、ここのドワーフ一族の頭領さんです。ゲインズさん、ルーファスさんがお願いがあるというので連れてきました」
 尚も睨みつけるゲインズを前に、ルーファスは手にした包みの先を開いて見せた。
「これを見て欲しい」
 布の間から覗くそれは、剣の柄だった。
 鋭く光っていたゲインズの茶色い瞳が、さらに眇められた。
 じっ、と柄を眺めたのち、ふたたびルーファスを見上げると、ふん、とした鼻息で、膝まで届く長さの髭が揺れた。そして、不機嫌な口調で、「こっちに来な」、と顎をしゃくってみせた。
 話を聞く気になったらしい。
 シュリとルーファスは背の低いドワーフのあとについていった。
 かん、かん、と鎚を打つ規則正しい音が聞こえてきた。
 鍛冶の音だ。
「ブランドン! ブランドンどこにいる!」
 横穴が連なる窟の一角に来て、ゲインズは声をあげた。
「でかい声あげなくたって、ちゃんと聞こえらあな」
 奥から返事があって、ゲインズによく似た姿恰好のドワーフが出てきた。
 観察力のない者には見分けがつかないほど、よく似ている。
 だが、ゲインズよりもすこし髭が短く、右のこめかみに丸くふくらんだイボがあった。
「おや、シュリの嬢ちゃんじゃねえか」
 シュリにそう言ってから、ルーファスを見て、また嫌そうに顔が顰められた。
「ブランドン、客だ。見てやってくれ」
「俺がかい」
「剣だ。おまえぐらいしか扱えそうにねえ」
 というゲインズのことばに、へえ、とブランドンの表情がわずかに緩んだ。
「これだ」
 ルーファスがまた剣の柄を見せた。
 と、「へええええ!」、とさも感心した様子の声があがった。
「こっちに寄越しな。もっと、よく見せてくれ」
 ブランドンは荷を受け取ると、テーブルの上に中身を広げた。
 刀身が、大きく三箇所とちいさな欠片ひとつに折れたひと振りの剣だった。
 折れた状態でも、美しいと思わせる。
 刃には鋭い輝きが残り、黒光りする柄の部分には握るに邪魔にならない程度の繊細な掘り込みと、赤く丸い宝石が中央に嵌め込まれている。
 そして、鍔には方陣の文様がはっきりと刻まれている。
 本来の剣として使うほか、マーカスのスティック同様、魔術の媒介の役目も果たすようだ。
「おまえさん、これをどこで手に入れた」
「家に代々伝わるものだ」
 ブランドンの問いにルーファスは短く答えた。
「へえ、こりゃあ、確かに古いが、ドワーフの手によるもんだな。しかも、相当、腕のいい」
 ドワーフが『良い』と言うほどの物であれば、一般市場で相当に良い品だ。金をいくら積んでも惜しくはない、という買い手がいくらでもいるほどの。
 ルーファスは頷いた。
「ああ、人間の鍛冶師では打ち直すのは無理だと言われた」
「そりゃあそうだろうよ。材質から籠められる魔力の練りも密度も違うからな。しかも、これだけの細工ときた。これぐらいの品になれば、ドワーフでも扱えるもんはそうはいねえ。しかし、随分と派手にやったな。なにやった?」
「ドラゴンを相手にした」
「そりゃあ、ずいぶんと無茶をやらかしたもんだ!」
 ゲインズが、大げさな口調で横から口をはさんだ。
「直るか」、とルーファスは改めて問う。
 ふむ、と剣を一頻り眺めて、ブランドンはゲインズと顔を見合わせた。
「欠片はそろってるな。できないことはないが、時間はかかるぞ」
「直るならばどれだけかかってもかまわない。報酬も言い値で払う」
「随分と、気前が良いな」
 砕けた剣を前に、長い顎髭をよじるように撫でてゲインズは、意味深に笑った。
「ブランドン、どうする」、と勿体ぶった様子で訊ねる。
 が、かえって剣への興味が透けてみえた。それは、もうひとりも同様に。
「そうさな。シュリ嬢ちゃんの紹介じゃあ、無下にもできねえか」
「だな」
 と、返事をするが早いか、ブランドンはだれにも奪われまいとするかのように、そそくさと広げた包みを腕に抱え込んだ。
「ひと月もらうぜ。あとのことはそっちに任せる」
 わくわくとした満面の笑みで言って、さっそくとばかりに奥へと運んでいった。
 その様子に、ち、とゲインズは舌を打ち鳴らして、にやり、とした笑みをルーファスに向けた。
「しょうがねえやつだ。だが、あいつに任せておけば間違いはねえよ。うちの鍛冶職人の中じゃあ、一番の腕前だからな」
「感謝する」
 と、ルーファスは言葉すくなく答え、そして、はじめて太い笑みを浮かべた。

 別室に移って、向かい合っての報酬の交渉もあっさりと決まった。
 代わりになる剣はあるか、というルーファスの問いに、ゲインズが出してきた物も気に入ったようだ。 腰とはべつに、もう一振りを手にした。
 それも含めても、拍子抜けするほど簡単だった。
 ドワーフの報酬は、ほとんどの場合が物品との交換になる。布や豆や小麦などの食料品などだ。ここでは、灯のもととなる加工済みの魔硝石も含まれた。
 あとは、酒。
 ことば通り、ルーファスはいっさいの値切り交渉をせず、それらを払う約定にサインをした。そして、身の代となる金貨がいっぱいに入った袋と指輪をひとつ、ドワーフに渡した。
 支払いの時にそれらは返却される。
 サインの名を見て、ゲインズもルーファスの正体がわかったらしい。
「なるほど、ドラゴンを相手にしたってのはそういうことかい。噂にゃあ聞いていたが、あんたがそうか」
 畏まる様子もなくそう言った。
「あのう、そのことで、おじさんにすこし訊きたいことがあるんですけれど」
 タイミングを見計らって、シュリは自分の方の話をきりだした。
「そのドラゴンがいた巣穴を、あとから掘ったドワーフがいたっていう話はありませんか?」
「ああ、あの辺だったらダムルのところの縄張りだ。そういや、そういう話もあったかな」
「ドラゴンって金気が苦手だって聞いたことがあるんですけれど、そんなところを掘ってなにかでるんですか?」
「ああ、金物ったって精製済みのもんに限ってだ。鉱石の状態なら土と同じだから平気だろう。かえって、ドラゴンがいるってだけでみな近寄らないから、お宝が眠ってたりするもんだ」
「金とか?」
「そうだな」
「そこからもなにかでたって話はありましたか?」
 会話を聞いていたルーファスの眉根が寄った。
「さあ、どうだったかなあ」、と腕組みをしたゲインズは首を捻った。
「そういや、思ったほどではなかったとか言ってたかなあ」
「この国って知られてないだけで、案外、鉱石があるんじゃないですか?」
 重ねてのシュリの質問に答える前に、ゲインズは一度ルーファスの顔をみてから不敵な笑みを浮かべた。
「さあね。そりゃあ、俺たちも掘ってみないことにはわからないからな」
「わかって言っていないか?」
 ルーファスが口をはさんだ。
 ゲインズはにやにやと笑いながら、「さあね」、と答えた。
「じゃあ、魔硝石は? やっぱり、ないんでしょうか」
「ああ、ないことはないけれど、数は少ないな。クラディオンにはあったみたいだけれどな」
「クラディオンもだいぶ掘り尽くされていただろう。滅ぶ以前は、マジェストリアにとって主要な輸入ルートのひとつではあったが」
「そりゃあ、人間が掘れる限界では、の話だろ。俺たちドワーフに言わせりゃあ、掘り尽くしたとは言えねえな」
 と、ルーファスにゲインズは答えた。
「とは言っても、今じゃあ、地下までドラゴンの毒が浸透して、俺たちも近寄りもできねえ。なんとも勿体ない話だ」
「ドラゴンの毒ってそんなにすごいんですか?」
 シュリが訊ねれば、「酷いものだ」、とルーファスが苦虫を噛みつぶした表情で答えた。
「魔法で遠視するかぎり、あれから二十年近く経とうというのに、今だ草一本として生えてきている様子はない」
「死の荒野だそうだ。渡り鳥の話だと、かなりの数の魔獣が住み着いてもいるらしい」
 ゲインズも言った。
「魔獣が?」
 ルーファスの表情がより険しくなった。
「ああ、魔狼《まろう》や得体のしれないゴブリンなんかがうろついている気配があったってな」
「そんなに酷い状態なんですか?」
 既に末期状態だ。
 もともとそこに暮らしていた動物の生き残りが、悪い気にあてられて変化してしまった可能性がある。
「でも、そんな状態で師匠やほかの魔女が放っておくなんて」
「ああ、当時、祝福の魔女もなんとかしたがっていたが、手が出せないと言っていた」
「師匠が……」
 シュリの師匠であっても打つ手がないということは、本当にどうしようもないということだ。
「でも、なんで急にドラゴンが、しかも、同時に三匹も暴れたんでしょうか。なにか原因があるんですよね」
「そりゃあ、誰かの呪いだろう」
「え?」
 思わず、ゲインズの顔を見る。
「当時の噂だがな。誰がってのは知らねえけれど」
 軽く肩が竦められた。
 ルーファスの苛立たしげな溜息がつかれた。




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