52




 ドレイファス王はシュリに近付くと思い気や、やにわにテーブルの上に置かれた陶器でできた器の前で立ち止まると、眼を輝かせた。
 器は白い箱形で、蓋には花の飾りがついている可愛らしいものだ。
 王は、おもむろにその蓋を開けた。
 その中には、整然とならぶ、艶めかしくも黄金色に輝かんばかりのチョコレート。
 今朝方、ルーファスからシュリへと贈られたものだ。
 それを一粒手に取ると、断りもなく口の中に放り込んだ。
 くうーッ、と風呂上がりのビールの一気呑みと同じような感嘆の声があがる。
 この辺は、やはりオッサンらしい。
 手にしているのは、ジョッキではなくチョコレートだが。
 そして、また、もう一粒。
 その顔を見ているだけで言いたいことがよくわかる。そして、その通りのことばが口にされた。
「やっぱりおいしいよねえ、ピルディッシュのチョコレートは最高! ここ数日、甘いもの断ちさせられてたから格別においしく感じるねえ」
 そして、ぼうっと椅子に座ったまま様子を眺めているシュリに視線を移し訊ねた。
「それで、君は? なんでこんなところにひとりでいるの?」
 本来ならば、己に向けられるべきだろう質問を口にした。
 その間にも、チョコレートをもうひとつ。
 でも、気にはしない。
 だって、王様だから。
 だが、王でなくとも、ドレイファスが好物のチョコレートを前に遠慮などしなかったろう。
 そして、それを疑問にも思わないのが、シュリだったりする。
 ベクトルの方向は微妙にちがえど、同じ妖精族の血をひく者同士。
 気が合うといえば、そうかもしれない。
「ええと、よくわからないんです」
 シュリは躊躇いながら、素直に答えた
「わからない? 迷子?」
「そうじゃなくて、魔女見習いをしていて、最初は、王子様に呪いを解けって連れてこられたんですけれど……」
 その後がつづかない。
 だが、ドレイファスは、ぽん、と手を打つように言った。
「ああ、じゃあ、君がそうかあ。ルーちゃんが連れてきた娘って!」
 ルーちゃん?
 はて、とシュリは首を傾げた。
 シュリには、それがルーファスのこととは結びつかない。
 平常心ならば、まだ察する余裕があったかもしれないが、脳細胞が死滅したかのような現状では、普通に考えることすら無理。
 大体、目の前にいるのが、この国の王様だということさえ知らない。
 太った中年の気の良さそうなおじさん、という認識でしかない。
 だが、王冠も被ってないドレイファスの外貌からは、それも無理もないことと言えよう。
 ドレイファスはチョコレートの器を抱えたまま、両の眉尻をさげて言った。
「ごめんねえ。どうせあの子のことだから、無理いって連れてこさせられたんでしょう? 怖かったよねえ」
 それは、王宮に来て、シュリがはじめて受けた謝罪のことばだった。
 たったそのひと言に、突然、シュリの咽喉の奥が詰まった。
 う、と短い嗚咽が口をついて出た。
「おやおや」
 顔を両手で覆って泣きだしたシュリに、ドレイファスはさして驚いた様子もなく片手を伸ばし、その頭をよしよしと撫でた。
「怖かったねえ」、と繰り返しつつ、さめざめと涙を落とす娘をあやした。
「ルーちゃんは母親に似て気が強いからねえ。意地っ張りなうえに、乱暴すぎるところも玉に瑕だし。でも、根は悪い子じゃないんだよ。口ではなんとでも言うけれど、本当はとっても優しい子だから、許してやってね」
 そう言われても、『ルーちゃん』がだれなのか、あいかわらずシュリには察しがつかない。
 くすん、とひとつ洟をすすった。
 頷いたわけではないが、そう見えもした。
「ありがとう」
 そう礼を言われて、目の前に器が差し出された。
「チョコレートたべる? おいしいよ。悲しいときでも食べると元気が出るよ」
 一ダースはあったはずの中身は、二粒だけを残して空になっていた。
 シュリは手を伸ばして一粒を取ると、口の中にいれた。
 仄かなミルクの味をふくんだほろ苦い甘さが、とろり、と舌の上で溶ける。
 濃厚でありながら、優しい甘さが口中といわず全身にふんわりと広がっていく感じがした。
「とても美味しいです」
「でしょ。ここのチョコレートは最高においしいんだよ。あと、キャンディもいけるんだけれど、きょうは持っていないんだ。いつもはポケットのなかに入れてあるんだけれどね。太るからって、ぜんぶ没収されちゃってさ。ひどいよねえ」
 そう言って、ドレイファスは最後の一粒を、自分の口の中に放り込んだ。
「あーあ、なくなっちゃった」
 指先を舐め舐め空になった器を残念そうに眺めて、溜息をついた。
 空になった器をテーブルの上に戻すと、傍にあった椅子のひとつに腰かけた。
 どっこいしょ、とかけ声もある。
「それで、ええと、君の名前は? なんて呼べばいいかな」
「シュリです」
 泣いたせいもあるのだろうか。
 にこにこと問う顔を前にして、シュリはすこしだけ落ち着いた気分で答えた。
「シュリちゃんか。わたしはドレイファス。ドリイって呼んでいいよ」
「ドリイさん」
「うん。みんなそうやって呼んでくれていいんだけれど、なんでか嫌がってさ」
「いやがるんですか?」
「うん、ビスティとルーちゃんは特に。あ、ビスティってのはわたしの奥さんなんだけれどね。本当はビストリアっていうんだけれど、ビスティって呼んでるんだ。本人の前でそうやって呼ぶと怒られるんだけれどさ。でも、よくない? ビスティって呼び方。ビスケットみたいでさ」
 いい年をした男らしからぬ無邪気さは、通常ならば、周囲をドン引きさせるばかり。
 だが、気分の落ち込んだシュリにとっては、笑みを浮かばさせる効果をもたらした。
「おいしそうですね」
「うん。ぱりぱりさくさくしたところも似ていたりするんだよ」
「ぱりぱりですか」
「うん、歯ごたえがあってしっかりしているの。本人にそう言ったら、私のことはマシュマロだってさ」
「ああ、ふわふわなんですね」
「うん、芯がなくて、頭の中までふわふわで甘ったるいって」
 流石のシュリも、それがよい意味ではないことがわかる。
 なんと答えたものかと悩んでいる間に、ドレイファスは、はあ、と溜息を洩らした。
「そんな言い方しなくたっていいのにね。ほんと、そういうところは素直じゃないんだから。でも、ビスティたちがしっかりしていてくれるから、わたしも務めをまかせてこうしていられるんだけれどさ。それで、シュリちゃんの方は? 呪いは解けそう?」
 そう問われて、シュリは困った。
「それが……」
「うまくいってないの?」
「それもあるんですけれど……」
 歯切れも悪く答える。
 言ってよいかと迷いもあったが、どう説明すればよいのかわからなかった。
「なにかあったの?」
「……それ以外のことがいろいろとあって、それで、どうしたらいいのかわからなくて」
「そうなんだ。それって、そうやって顔を隠しているのと関係あるのかな」
「関係……あるといえば、そうなのかも。よくわかりません」
 ふうん、とドレイファスは相槌を打った。
「顔を出してみたらどうかな」
 え、とシュリは前に座るドリイと名乗る男の顔を見た。
 目尻を下げ、にこにことした優しい笑顔でシュリを見ていた。
「そうやって、前が見えにくいから気分も落ち込むし、必要なものも見えなくなっちゃっているかもしれないよ」
「そう、なんでしょうか」
「うん、そう思うよ。思い付きだけれど」
 顔を曝してしまうと、魔女にならないと決めてしまうようで、シュリには躊躇われた。
 それに、ルーファスに顔を見られてからなのだ。この混乱は。
 一方、なにも知らない気軽さで、ドレイファスは尚も言った。
「それに、さっぱりするよ。髪をあげてお化粧とかお洒落したら、きっと気分も変わるし。女の子はみんなお洒落が好きだから」
「そうなんですか?」
「うん。わたしの姉上たちもみんなそうだったよ。シュリちゃんも綺麗なドレスとか着ると嬉しいでしょ」
「それはそうですけれど……」
 無邪気で無責任。
 王の本領発揮。
 普段、他人に話を聞いてもらえない人間ほど、話し相手が見つかると調子づくものだ。
 だが、そこに真実がないとは言い切れない。
 なにより、いまのシュリには、判断能力が欠如していた。
 そこへ全面的な――無責任さからくるものであったとしても――強い好意に流されたくもなる。
「ちょっとだけでも脇によけてみたら? あ、それとも、顔みせたくない理由とかあるのかな? 傷とか痣があったりとか」
「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけれど」
「だったら、いいんじゃない? ほんのちょっとだけでもさ、試しに」
 ね、と小首が傾げられた。
「ええと、じゃあ、ほんのちょっとだけ……」
 恐る恐る、シュリは自分の長く下がる前髪に指を通した。
 目の前を霞ませていた覆いが取り払われ、目に映るものの輪郭が、はっきりとした。
 ドレイファスの驚いた顔が、目の前にあった。
 うわあ、と声があがった。
「へん、ですか?」
 ドレイファスは、顔の横に下がる灰色になりかけの髪を横にぶんぶんと振った。
「ちっとも変じゃないよ。それどころか、すっごく綺麗なんで驚いた。勿体ないよ、そんな綺麗なのに隠してるなんてさ」
「そう、なんですか?」
「うん。シュリちゃんみたいに綺麗な娘、滅多にいないよ。昔、ひとり知っていたけれど」
 と、そこまで言って、口が止まった。
 先ほどまでとうって変わった情けなさそうな表情があった。
 小雨にうたれた子犬の顔だ。
「どうかしたんですか?」
 訊ねれば、うん、と肩を落して、頭を垂れた。
「昔の話でね。とっても綺麗な娘がいたんだ。シュリちゃん、その娘にちょっと似ている。雰囲気とかはちがうけれど、顔立ちとか。従兄弟の娘でね。優しくって、素直で、ちょっと臆病なところがあったけれど、笑うとすごく可愛いかったよ。両親は彼女のことを大事にしていて、とても可愛がっていた。みんな、彼女のことが好きでね。大人になったら、きっと、だれかよい人に愛されて幸せになるだろうってだれもが思ってたんだ。でも、」
 洟を啜る音があって、ことばが途切れた。
「どうしても好きでもない人のところに嫁がなきゃいけなくなって、それからもいろいろあって、かえって不幸にしちゃったんだ。彼女が悪いわけじゃないのに、悪者あつかいされて。それで、みんな怒ってね。それで、いちどは取り戻せたんだけれど、返さないと戦争するって相手から脅されてね。結局は、みんなを守るためにって嫁ぎ先へ帰っちゃったんだ。うちの国、ちいさいからさ。その頃は、まだ弱かったし、ほかの取り引き材料もなかったし。そして、その娘もそこで死んじゃって……わたしもビスティも頑張ったんだけれどね。どうしても助けられなかったんだ。本当に可愛そうだった。あんないい娘だったのに。いま思いだしても、涙が出てきちゃうよ」
 その話は、シュリも知っている。
 先ほど、聞いたばかりの話だ。
「フェリスティア、って人のことですか?」
 ドレイファス王はべそをかきながら、ポケットから取り出したハンカチで、盛大な音をたてて鼻をかんだ。
「シュリちゃん、フェリスティアちゃんのこと知ってるの?」
「いいえ、さっき、話を聞いて……その、わたしのお母さんだって、」
 思わず話していた。見知らない人に。
「それ、ほんと? だれが言ったの、そんなこと」
 丸く見開いた眼に問われる。
「えっと、王子さまがそうだって」
 シュリの答えに、ドレイファスは再び顔を歪ませた。
 両目に涙の球が浮き上がり、鼻の下にも雫が落ちかかる。
 そして、「うわああああん!」、とこどものような泣き声をあげて、シュリに抱きついた。
「よかったあ、よかったよう!」
「ドリイさん?」
「無事に産まれてたんだねっ! 君は無事だったんだねえ! こんなに大きくなって、よかった、本当によかったあっ!」
 椅子に座った者同士、腹の肉も邪魔だったが、それでもドレイファスは、無理矢理にでも縋り付いては、ぎゅうぎゅうと力をこめてシュリを抱き締めた。
 だが、シュリは戸惑うばかりだ。
 喜んでくれているのはわかるのだが、こんなふうに喜ばれる理由がわからない。
 それに、やはり、人にくっつかれるのは苦手な上に苦しい。
 耳元でおいおいと泣く声も、耳を塞ぎたいぐらいだ。
「あの」
 なんとか離れようとしたが、離れるどころかより密着させられた。
 が、その時、低い唸り声が、泣く声に交じって聞こえてきた。

「こんの、くそオヤジがぁあああああああっ、なあにさらしてやがる!!」

 声は、シュリの真正面から。
 そこに鬼が立っていた。
 それとも、恐怖の大魔王のご降臨か。
 世紀末の七月ではなかったが、ハルマゲドン並みの破壊力は有しているかもしれない。
 扉の前に、キルディバランド夫人を伴って仁王立ちするルーファスがいた。
 不動明王がごときめらめらと音を立てる怒り――嫉妬とも言うが、の炎を背に、肌の色が普段にましてどす黒く見える。
 その形相は、凶悪なんてものではない。
 眼からビーム光線を発したところで不思議ではなく、口から火を吹いたところで、当前だと感じるだろう。
「ひっ!」
 ドレイファス王の肩越しに、シュリは悲鳴をあげた。
 しかし、逃げようにも、王にがっちりホールドされている状態で逃げられない。
 が、当の王は背を向けていることもあって、まだ息子の存在に気付いてはいなかった。
 ひたすら、「よかった、よかった」、と声をあげて泣いている。
 ルーファスの手が、置いてあった両手でやっと抱えられるほどの大きさの壺をむんずと掴んだ。
 色彩豊かな花や鳥の絵が入った、見るからに高そうな壺だ。
 よい仕事をしていますね的な。
 そして、

「シュリに気安く触るんじゃねぇええええええっ!!」
「殿下、おやめください! シュリさまが巻き添えになりますっ!」

 陛下が、とは言わない。ここにふだんの影の薄さが知れるというものだ。
 だが、咄嗟のキルディバランド夫人の必死の忠告は、辛うじて耳に入ったのだろうか。
 頭上に高々と掲げられた壺は投げられた。
 シュリからちょっと横に離れた窓ガラスに向かって。

 ぐわっしゃあーーーーーーーん!!

 凄まじくも派手なガラスの割れる音が響き、人の背よりも高いガラス窓の一枚が大破した。
 そして、職人の魂を籠めた一品も、欠片を撒き散らした。
 王宮に上納される品と聞いて、複数の職人が何十日も努力を重ね、技の粋を駆使し、繊細なまでの神経を使って作られた壺だった。
 無事、引き渡しがすんだ後は、己が仕事の出来栄えに満足し、涙を浮かべんばかりに職人たちはお互いを湛えあい、喜びに浸ったものだった。
 額に汗し、試行錯誤のうえでの渾身の一作。
 王宮に自分たちがつくった品が飾られていることに誉れを感じ、数年経ったいまも、機会あればみなにそれを語って聞かせている。
 だが、そんなことは知ったこっちゃねえ者の手で、一瞬で砕け散った。
 粉々のバラバラだ。
 だが、それだけで収まるわけではない。
 むしろ、これからが本番。

 ひいぃぃぃぃぃぃっ!
 きゃぁぁぁああああああっ!

 悲鳴の不協和音が奏でられた。
 やっと気付いたドレイファスも、腰かけていた椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
 シュリに抱きついたまま。縋ったまま。
 シュリは半ば引き摺られるように、立ち上がった。
 それが、よけいにルーファスを苛立たせた。
 そのままずかずかと、ふたりに詰め寄る。
 怖れをなしたドレイファスは、素早くシュリを楯に前に出した。
 己の横幅が、倍近くはみ出したところで必死に身を縮みこませ、細い背の後ろに隠れる。
 慌てたのはシュリだ。
 ルーファスにしろ、ドレイファスにしろ、縦にも横にも彼女の体格を上回る。
 でかい男ふたりに挟まれて、高い悲鳴をあげた。
 その彼女を取り戻さんと、ルーファスは背にしがみつく手を払わんと肩越しに手を伸ばした。
 必死である。
 が、ドレイファスは、ここにいたっても、シュリの身体の向きを右に左にと変えさせて、逃れんとする。
 こっちは必死というより、死に物狂い。
「シュリから離れろ! そいつは俺の女だっ! 指いっぽん触れることは許さん!」
「ルーちゃん、落ち着いてっ! 話せばわかるからっ!」
「は、放してくださいっ! なんでわたしがっ! いやああああっ!」
「この野郎! 離れろっつってんだろうがっ!! 往生際のわるい!!」
「衛兵っ! だれかっ! 殿下が陛下をっ! だれかお止めしてっ!!」
「やあめてええっ!」
「おまえもどけっ! そんなやつに触らせるなっ!」
「そんなこと言われてもっ!!」
「親に向かってそんな言い方っ! ひどいよっ!」
「だったら、親らしいことのひとつでもしてみろっ!! 女の影にばかり隠れる卑怯者がっ!!」
「殿下! どうか、お気をお鎮めになって!」
「フェリスティアだけでなく、今度はその娘まで不幸にするつもりかっ! てめえがそんなんだから、フェリスティアがあんなことになったんだろうがっ!! すこしは、責任を感じろっ!」

 え?

 ルーファスの怒鳴り声が、シュリの脳髄をゆさぶった。
 電気信号となったことばの羅列は、光以上の早さとなって脳内を駆け巡った。
「ルーちゃん? 親?」
 つまり、ドリイさんはルーファスの父親。
 ルーちゃんのルーは、ルーファスのルー。
 王子の親は国王で、ルーファスの父親であるドリイさんは国王陛下。
 それとは別に、フェリスティアはシュリを産んだ母親で、母親は望まぬ婚姻でクラディオンに嫁ぎ、不遇のうちに亡くなった。
 そして、その原因の一端は、ドリイさん。
 やっと、そこまで話が繋がった。
 逃げつづける王に、がくがく身体を揺さぶられながら。

「そんな言い方しなくたっていいじゃないかっ! フェリスティアちゃんのお嫁入りを決めたのは父上で、おまえのお祖父ちゃんだよっ! そんなぜんぶわたしのせいにしなくたって!」
「やかましいっ! 帰らせたのはてめえだろうが! 本人がなんと言おうが鎖に繋いでも、行かせない方法はいくらでもあったはずだっ!」
「そんなことしたら、戦争になってたんだよっ! どうしようもないじゃないかっ!」
「だからといって、見殺しにしたことにはかわらん! 人ひとり守れなくてなにが王だっ! そうなった時の備えもしておかなかったことも含めてのてめえの責任だろうがっ! 甘ったれたこと抜かしてんじゃねえっ!」

 シュリの目頭に、また涙が溜まった。
 顔全体に血が上って、熱を感じた。
「う……」
 なにが起きているのか。
 なにが起きたのか。
 ぜんぶがわかったわけではない。
 だが、とても悲しかった。
 頭が痛くなるほどに。
 耳鳴りがするほどに。
 眩暈がした。
 もう、なにも聞きたくはなかった。
 なにも知りたくはなかった。

「シュリッ!」
「シュリさま!?」
「シュリちゃん!?」

 口々に呼ばれる名を聞くこともなく、シュリは失神した。
 またもや。




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