『七夕伝説』


 電気の灯なんぞのない異世界の夜空は、とても奇麗だ。
 降り落ちてきそうなくらいもの凄い数の星がびっしりと、空の色を青白くするばかりに光を放っている。
 日本の都会では、プラネタリウムに行くぐらいでしか見る事ができないだろう風景だ。圧巻でさえある。
 星座の知識は持ちあわせていないので、こちらの星空が日本で見るものと同じなのか、違うのかは分からない。
 せめて、北極星か北斗七星ぐらいは、と捜してみるが、こうも星の数が多くては、見付かるものも見付からない。せいぜい、天の川に似た白い流れがはっきりと分かる程度だ。
 ……こちらにも織姫、彦星なんてのもいるんだろうか?

「いい加減、中に入って休め」
 ひとりで空を眺めていた私を夜よりも黒い影をしたその人が呼びに来た。
 動く姿も密やかな、白皙の美貌。深き声。黒き騎士の姿も、夜の使者と呼ぶに相応しい。
 ただ、その髪の色ばかりがざらついた鉄の楔となって、現実の者と知る。
 はい、と頷くが、ついでに細やかな疑問を訊いてみる事にした。この人が、星の事を知っているとは限らないけれど。
「こちらでは、七夕ってあるんですか」
「タナバタ? なんだそれは」
「ええと、あの空に流れている白い川がありますよね。私のところでは、一年に一回、七夕の日に一個の星が川を渡って、もうひとつの星に会いに行くんです。それを指して、現世で結ばれなかった恋人同士が、一年に一度だけ会える日なんだって伝わっているんですが、こちらでもそういった話はあるんでしょうか」
 そう説明すると、ああ、と納得する響きがあった。
「それとは趣が違うが、似たような伝説はある」
 ほぉ、あるんだ。
「どんな話なんですか」
 問えば、男前なその顔に凛々しさが増し、
「昔、オルティの大河を挟んで対峙する、いずれ劣らぬ知略と武略に富んだふたりの武将がいた。現世で幾度となく刃を交えたが、一度として決着が着く事なく、しかし、互いの力を認めあった正々堂々たる見事な戦い振りであったという。死して後、ふたりの武将の魂はタイロンの神の下へと召されたが、夜空の星となっても、一年に一度、天の川を渡り、己の力を競いあっていると言う。それに因み、毎年、その日にあわせて武術大会が各地で催されもする」

 ……川中島かよ。シンゲンとか、ケンシンとか言うんじゃないだろうな。

「じゃあ、流れ星が消えるまでに三回お願いをすると叶うとかは」
「流れる星は、戦で命を落し天に召された不遇の砲撃手が、未だ天にて投石を続けている為と言われている」
「……然様で」

 すげぇな、流石、異世界だぜ……
 男前を隣に置いて、ロマンチックには程遠いシビアな世界を実感した時でもあった。






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