『井戸端会議・戦場篇』


「あれ?」
「どうかしたか」
「いや、あれ、なんでガキがこんな所うろついてんだ?」
「ガキ? どこ」
「ほら、あれ。黒いフード被った」
「ばっ! ありゃあ、白髪の魔女さまだ! おまえ知らないのか?」
「白髪の魔女? あれが? へえ、初めて見た」
「滅多な事、口にすんじゃねえ、呪われっぞ。聞こえたら、骨まで灰にされちまわあ。なにせ、なんにもない所から火を取りだすって話だからな」
「マジかよ、ただのガキみたいにしか見えねえが」
「でも、お陰でここまで勝って来られたんだろ」
「ああ。ガーネリア組の連中とか、感謝しまくりだぜ。なんたって、あのリーフエルグを大した犠牲もなく落したんだからな」
「あれ、本当かな。ガーネリアの兵士の亡霊を従えてるって話」
「本当らしいぜ。カラスタスじゃあ、そいつらに怯えてグスカの連中は逃げたって聞いた。なんでもその時の魔女さまは、敵の返り血を浴びて血だらけだったっていうし」
「敵兵を殺ったってのかよ」
「ああ、凄かったらしいぜ。逃げなかったやつを根こそぎ片付けたって噂だ。だから、こっちは一人も死者を出さずに済んだってさあ」
「ひええ、あのフードの下は骸骨とかそんなんかよ?」
「いや、見た目は普通と変わらんらしい。なんでも陽に当ると干からびちまうから、ああやって避けてんだとさ」
「ええ、そうなのか? 俺は元は猫だから、昼間は苦手なんだって聞いた」
「……俺が見た時、犬と喋ってたぜ」
「おまえ、見たのかよ」
「ああ、グスカの城で警備してた時、たまたまな。魔女さまが抜け道見付けたってんで、その時に。犬相手にわんわん言いながら、聞いた事ない言葉で喋ってた。あれ、犬語かな。結構、可愛かったぜ。目とかぱっちりしててさ。お高くとまったところもなくて、逆に頼りない感じだった」
「可愛かったって、女かよ」
「じゃねえかな。いや、よく分かんね。髪短ぇし、男の恰好してたからな」
「殿下の部屋に入り浸ってたとは聞いたけれど」
「うっそ、マジ!?」
「そういう趣味あったのかよ!?」
「バカッ! でかい声出すなよ! 上に聞かれたら、斬り殺されっぞ! 魔女ってぐらいだから女に決まってんだろうが」
「そうか……でも、敵兵やっちまう様な女なんだろ。殿下、大丈夫かよ」
「大丈夫だから、手も貸して貰えてんだろ」
「殿下だって男だからな。溜るもんもあるだろうさ」
「でも、コランティーヌ妃がいるだろうが」
「そりゃ、また別だろう。おまえさんだって、戦の合間に愉しんだりもしたろうが」
「そりゃあ、そうだけどよ。けど、魔女を相手に遊んだとなりゃあ、後が怖いだろうよ。それこそ呪われかねねえ。ただでさえ、嫉妬に狂った女ほど怖ぇもんねえってのにさ」
「ああ、そだなあ。俺もかあちゃんに浮気がばれたら殺される」
「そういや、魔女さま、純情そうではあったなあ。ああいうのに限って、男に裏切られたってなったら、すげえ事になったりもすんだよなあ」
「ひゃあ、想像もしたくねえ!」
「いいや、そうとは限らねえんじゃねえの」
「どういう事だよ」
「案外、遊びじゃねえかもしれねえって事だよ」
「本気って事か? そんなんあるかよ。いくら可愛かろうが、絶世の美女と比べモンにならんだろう」
「うんにゃ。有り得るぜ。結局、御成婚なかったって事は、案外、妃は趣味じゃなかったのかもな」
「あんな美女が趣味じゃないって、そんな事あるかよ」
「美人すぎて逆に立たなかったりすっかも」
「ああ、俺だったら、あんな美人、びびって抱けねえな」
「そりゃ分らんが、確かに、妃は『そそられる』って感じじゃねえよな。女は、多少、崩れてた方が、色気も可愛げもあったりするもんだしな」
「おまえんところのかあちゃんは、多少どころか、雪崩起こしってっけど」
「うるせえ! おまえんところのよりはマシだ!」
「ああ、早くうちのかあちゃんに会いてえなあ」
「無事に生きて帰れりゃ、嫌でもまた会えるさ」
「それこそ、白髪の魔女さまにお縋りするしかあんめえよ」
「でも、こうして今喋ってられるのも、魔女さまのお陰って事だろうよ」
「んだな」
「まあ、実際、このまま戦を楽に終らせて無事に帰して貰えりゃあ、魔女だろうが、骸骨だろうが、醜女だろうが文句は言わねえよ。殿下のご趣味にまで口出しやしねえさ」
「ああ、今頃、国でのんびり暮している貴族連中よか、俺達にとっちゃあ、ずっと有り難い方には違いねえからな。遠くの女より近くの女って事もあるしさ。殿下も情が湧くってもんかもしれねえな」
「違いねえ。で、その魔女さまは一人で何処へ行ったんだ?」
「さあ?」

 ……脱走した時、そんな目撃者がいたなんて知らなかったわけだ。
 てか、色々と不本意すぎるぞ!






inserted by FC2 system