『露天風呂』


 彼女はとても個性的だと思う。
 我々とは違う世界から来たという事もあるが、感性というのか感覚が我々の知る女性とは随分と違う。
 荷物は自分で持つし、両手が塞がっていれば足で蹴って扉を閉めるし、虫が出たところで無言で手で叩き落とすし、途中の休憩時間などには、近くにあった池で水切りをしてひとりで遊んだりもしていた。水面を石が七回跳ねたところなど、なかなかの腕前だ。  だから、我々も、すっかりと男だと勘違いをしていた。
 そんなわけで、彼女だと分かった時、すっかりと狼狽えてしまったというわけだ。

 その彼女――キャスが風呂に入りたいと言い出した。
 宿屋の主人に、近くの岩間に温泉が湧いていると聞いたらしい。それに入りたいのだ、と言った。
 我々も風呂には入るが、身体の汚れを落とす為のものでそれは室内での事だ。わざわざ外で入る習慣などない。しかも、雨の降る中。
 現にそこも、通常、馬を休ませて洗ってやる為の場として使われているものらしい。
 だが、彼女のいた世界の人々は、金を払ってでも好んで入るものなのだと言う。
 天然のそれは、浸かるだけで健康にも精神にも良いのだ、と力説された。
「リラックスしながら、見知らぬ者同士、同じ風呂に入って交流を深めたりもしました」
 まてまて! それは、素っ裸を他人の目に曝すという事か!? しかも、女性が!?
「はあ、混浴なんてのもありますよ。本来、男女区別なく入る所でしたから。まあ、大抵は、男女別に分かれていますけれど」
 商売ではなく、見知らぬ男に肌を曝すのか!?
「まあ、男性の方が目のやり場に困るので、入浴時に女性はタオル巻いて入ったりしますけれど。お互い素っ裸が、本来の入り方です。タオルを湯船に浸けるのは、基本的にはやってはいけない事ですし」
 いや、そうだろうが。だが、しかし……
「でも、馬を休めに来た人とかとかち合って変に思われたりするのも嫌ですし、やっぱり知らない人に見られるのは恥ずかしくもあるので、誰か見張りについてきて欲しいんですが」
 どうあっても入りたいらしい。
 それ以前に部屋割りで揉めた事もあって、彼女が言い出したら聞かないところがある性格だという事は分かった。口調からして、同様の姿勢であろう事は見て取れる。
 しかし、誰が行くんだ?
 皆で視線を交わしあって、無言の内に人選を行う。
 まず、殿下は当然、除外。
 グレリオは無理だろう。女性の裸を前にして襲う真似はしないだろうが、まだ若い事もあって平静でいられるとは思えない。
 となると、私かランディか、アストリアスの内の誰かになるが、まず、ランディを除外。
 彼はまだ独身で、女性に対して手が早いところがある。何か間違いがあってはならない。
 残るは、アストリアスか私か、だが、外は雨だ。しかも、見張りとなれば、身分からいって、彼よりは私だろう。
「……分かった。私がついていこう」
「やたっ!」
 私の申し出に、彼女、キャスは跳ねるように喜んだ。
 そんなわけで、彼女が入浴中、私は近くで見張りをしながら待っていたのだが、目隠しの岩があった事が幸いした。これっぽっちも、ちらり、とも彼女の裸体を見る事なく見張り役を終えることが出来た。
「本当に見なかったんですか」
「見ていない」
「それは勿体ない事を」
 そう言ってからかうランディを行かせなくて良かったと、心底、思ったものだ。
 湯上がりの上気した肌の女性というのは、また、普段とは違って見える事を私も初めて知った。
 なかなか……うむ、なかなか、その、なんだ、艶めいてみえるというのか、まあ、ニコニコとした彼女の上機嫌の笑顔を初めて見たせいもあるのかもしれないが、非常に女性らしい魅力というのか、可愛らしく感じた事は黙っていよう。

 しかし、次の日、今度は殿下がついていかれたと聞いた時には驚いた。
 帰ってからも、平生と変わらぬ表情をされていたが……どうだったのだろうか、殿下は。湯上がりの彼女に何も思われなかったのだろうか。
 そんな疑問を抱いたのも秘密だ。
 そして、やはり、その時の事を殿下が語られる事は、それから先もなかった。






inserted by FC2 system