『井戸端会議・厨房篇』



「ああ、今日も疲れた」
「疲れたわねぇ」
「ほんと疲れた……どんだけ働かされてるのよ、あたしたち。なんで、草摘みまでやらされるわけ?」
「つい、この間まで、『食いっぱぐれのない上に給金までもらえる仕事』とか言われて、みんなに羨ましがられてたのにねえ」
「頭がどうかなりそうだわ! 教わった事ぜんぶ、床にぼろぼろこぼれ落ちそうで」
「あー、まあ、いいんじゃないのか? 作っているうちに覚えるだろ」
「ああ、お疲れさま。そっちどう?」
「お疲れ。まあ、ぼちぼち。よくわからないけれど、言われた通りに使ってる。ううん、でも、実際、どうなのかなぁ? そこら辺に生えてる草入れて、そんな変わるもんかねえ? 手間が増えただけだろ」
「だよねえ」
「そう? 匂いがよくなったと思うけれど? 口に入れた時に色んな味がするから、食べていて楽しい」
「そんなん、腹が膨れりゃなんだっていっしょだろ」
「あんた、鍋ひとつ任せられてんのにそんなこと言って! あんただって、はじめて口にした時、がつがつ食べてたじゃないのさ」
「そりゃあ……あん時は、腹が減ってたんだよ!」
「ヤキモチ妬いてんだよ、この人。あの時、王妃さまの命令で教えに来てくれたガーネリアの騎士さまがちょいといい男だったろ? それで、ヒルダが、ぼうってなってんの見てさ」
「うるせぇ、ババア」
「ちょっと、やめてよ! 誰もぼうっとなんかしてないわよ!」
「あはは、そういうこと! お安くないねぇ」
「けどさ、今度はクラウス様が、草を使って、庶民にも手軽に作れるような料理を考えろって言ってきたのってほんと?」
「ああ、それほんと。出来るだけお腹が膨れるようなやつだって」
「ったく、あの殿下はよぉ、注文ばっかしてきやがって。新しい菓子を考えろって言ってきたり、なんの文句があるってんだ!」
「真冬に雪の中に立たされたりしたしねえ。あたしらはやらなかったけれど、下っ端の兵士がやらされたんだろ。あれでマイロんところの旦那が風邪ひいて、数日、寝込んで大変だったって話さ」
「あれは、クラウス様じゃなくて王子さま方だったろ。アイスクリームだったか、また食べたいって酷く泣いたっていうじゃないさ」
「でも、あれ最初に言い出したのもクラウス様だって聞いたけれど」
「え、そうなの?」
「確かそうだよ。最初に作ったのが聖騎士さまで、凍傷になりかけたって。あの人も気の毒にねぇ。聖地じゃ偉い騎士さまだろうに、そんなことまでやらされてさ。なにを好き好んで、こんな北の果ての国まで来たんだか……」
「ああ、そういや、そうだっけねぇ」
「ここんとこ、そんなんばっかだろ。戦が終わってからか? やたらと注文が多くなったのって。前はそんなことなかったろう」
「ああ、そうそう、最初は……ほら、あれだよ。魔女さま。もう、魔女さまじゃないけれどさ。肉が食べられないから、野菜だけの料理にしてくれって言ってきたのって、ディオ様んところじゃなかった?」
「いや、それより前に、クラウス様の菓子の注文があったろ。新しいの作れって。俺、覚えてる。急にそんなこと言いだして、太るつもりかって思って、変だなあって思った覚えがある」
「ああ、ああ、なんか色々思い出してきた! ほら! あのトウモロコシ! 鍋の蓋あけた途端に飛び出してきたやつ!」
「ああ、あった、あった! 音がするから大丈夫かって、料理長が蓋あけてみたら、次々中身が飛び出してきて! それで、悲鳴あげて尻餅ついて! あの時の料理長の顔ったら! おかしかったあ!」
「ああ、あん時! それ見た周りにいたやつらも大騒ぎして大変だったなあ! 後から思い出して、随分、笑ったけれど。そういや、あれも魔女さまからの注文じゃなかったか?」
「カラメルかけて、新しく来たケリー先生に渡してくれって言われて……そう。あれから、ケリー先生のところから、作ってくれって定期的にお願いされるようになったんだよね。かけるの塩だけでいいからって。ちょっとつまんでみたけれど、あれってなんてこともないんだけれど、美味しいね。食べだすと止まらなくなるの」
「慣れると面白いしね。この間、野菜の皮むきに新しく雇った子、あの子に鍋の番やらせたら、やっぱり蓋あけちゃったのよ! 叫び声に見に行ったら、『トウモロコシのお化けが出た!』ってこおんな顔しちゃって!」
「やあだあ、あんた、そんなことしたの? 意地悪ねぇ」
「だって、面白くて、つい」
「あの先生、揚げた芋も好きだよな」
「腸詰め肉とかも」
「魚を揚げろってのもなかった? なんだか面倒くさい注文つけて。あれも魔女さまにってディオ様から」
「あー、あー、あったなあ。あのわけのわかんねぇ料理だろ? 豆の汁使って辛くとか。料理長が『こんなもんが食えるのか』ってぶつぶつ言いながら作ってた。あれから作ってねぇみたいだけれど」
「二度と食べたくないって言われたみたいよ。魔女さま、料理がまずいと、料理が載ったままのテーブルを作った人に向かって投げつけるんだって噂きいて、料理長、怯えてた」
「やだ、それほんと? 怖いねぇ」
「本当らしい。そうするのが、故郷の風習なんだってさ。兵士で、実際に見た人もいるらしいよ」
「そんなの、聞いたことないわ! どんなところよ!」
「さあな。どこにせよ、力なくしても、魔女だけのことはあるってことだろ」
「でも、ご飯がまずいくらいでそこまですることないのにねぇ。餓えないだけましだと思わないかね」
「それでも、魔女さまは、いつも綺麗に残さずぜんぶ食べてくれてるよ。その時だって、そうじゃない?」
「そりゃあ、ほとんど野菜ばっかりだし。あとパンと。こっちもそんなに考えなくてもいいから、楽だよな。俺らのと、そう変わらないだろ」
「そうだけれどさ」
「でも、そう考えると、仕事が忙しくなったのって、魔女さまが来てから?」
「ううん、そうかも」
「かもな。魔女さまのせいばっかとは限らねぇけれどさ」
「クラウス様とか、王妃様とか、ケリー先生とか?」
「うちの亭主、魔女さまのお陰で、無事に生きて帰ってこれたんだって言ってた」
「うちの息子もそうだよ。危ないところをケリー先生に治してもらったって」
「王妃さま、行くとこなくしたあたしらガーネリアの民のために、力尽くしてくださってねぇ。家族なくしてひとりっきりになったあたしがなんとか暮らせてるのも、王妃さまのお陰さ」
「クラウス様はお優しいしね。お祭りの時、うちの子が粗相しでかしてお召し物汚した時も、周りの貴族らが怒る中で『かまわない』っておっしゃって下さってね。なんのお咎めないどころか、お菓子まで頂いたりしたよ」
「……じゃあ、仕方ねえか……別に本当にテーブル投げつけられたわけじゃねえし、受けたご恩は返さねぇと罰が当たるしな」
「ううん、そうだね……」
「あ、それで、さっき思ったんだけれど、腸詰め肉に、草、細かく切って混ぜてみるってのはどうだい?」
「パンにも混ぜて焼いてみたら?」
「あ、いいかも。美味しそう」
「切るだけじゃなく、すり潰してみるのは? ソースの代わりにしてみるの」
「いいね。早速、明日にでもやってみるか」

 ……まあ、事情はどうあれ、お疲れさま。頑張ってくれ。ヨモギパンは美味しいぞ。うう、泣けてくる。






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