『井戸端会議・お針子篇』


「シャーラさん、お茶はいったわよ。休憩しない?」
「あぁ、声かけても無駄よ。あの子、今、すっかり入り込んじゃってるから」
「急ぎの仕事?」
「ううん、違うと思う」
「ねえ、シャーラさんどうしちゃったの? 仕事しながらぶつぶつ呟いてて、突然、笑い出したりして、怖いよ」
「やだ、大丈夫なの?」
「あれ、完全に壊れちゃってるよ、ヤバイよ! 『私は誰の挑戦でもウけぇーる』とかなんとか言っちゃって」
「どこからの注文だっけ」
「お城。多分、大公殿下のところからだと思う」
「それが?」
「いつもの名義。でも、布持ち込み。おそらく、謎のドレスの主、本人からの注文と思われ」
「謎のドレスって、あの? 腰回りの細い。女官さんの姪御さんのとかなんとか」
「それ」
「でも、確か、ガウン二着って小耳に挟んだけれど。腰回り、関係ないよね」
「えー、だったら、楽勝でしょう。シャーラさんなら。それとも、超技工刺繍いれろとか?」
「ううん、それはなかったと思う。ただ、ガウン以外にもなんか注文があったって。シュミーズとか」
「シュミーズちがう。似てるけれど、ちがう」
「あんた、なんか知ってるの?」
「図面が一緒に渡された。それ見た。あと、布折って紐作った。死にそうになった」
「紐作って死にそうって、どんなのよ」
「こんなの。あと、こんな感じ」
「……確かに違うわね」
「肩も紐なんだ。結ぶの?」
「固定。前後ともに縫い付け」
「それってどうなの? 紐の長さを間違えると、胸元がダラーンってなりそう」
「着た時に心許なくないかしらね。あと、紐が擦れて、痛くなったりとか。あたしは、普通のやつがいいわ」
「ええと、上下になってんの? なんか、こっちは男性用の下履きと同じ形かしら」
「そうだけれど、フレアー入ってるでしょ」
「あ、そうか。ズロースを短くして、足側は絞らずにすればいいのか」
「端の処理を先にした方が無難かな。でも、言うほど難しくもないでしょ」
「今まで扱ったことのない布だから。指先が滑るし、コシがない。おまけに、布目が見えないほど細かい」
「それって、下手な糸つかったら、布がツレちゃうんじゃないの?」
「それは、問題なし。それより、下手な刺し方したら布が破れる。紐を固定する部分とか危険。縫い目を緩くしても、大きくし過ぎても具合悪い」
「加減が難しいってことか。裾をまつるだけでも、指先と目が痛くなりそうね……」
「ああ、だから、糸も渡されてたんだ!」
「そう」
「それ、ホント?」
「ほんと、ほんと。色も布に合わせて、二色。極細の。なんでかなあって思ってたんだけれど、そういうことだったのね」
「なに、その用意周到さ加減。注文主は、仕立てる時どうなるか、ある程度わかってるってこと?」
「やだ、なにそれ、こわい」
「糸まで用意されるなんて、普通、ないわね」
「ないない! てことは、そこまで用意されて失敗したら……布自体、超高級品っぽいし」
「こっちは、合う糸を探す手間は省けるけれど、それにしたってねえ?」
「だから、シャーラ、必死」
「ねえ、でも、謎のドレスの主の仕立てって、前に陛下からも注文なかった? あと、王妃さまからも」
「なに言ってんの。だから、『謎』なんじゃない」
「別人じゃないの?」
「あんな寸法、他にいない。だから、同一人物」
「大公殿下からの注文ばかりになってからは、装飾がないか、少ない意匠が多いよね。そういう好みかな」
「手間はかかんないけれど、誤魔化しきかない分、かえって難しいのよね、アレ」
「ね、それって、陛下と大公殿下の間で鞘当てがあったってこと? でも、今回、大公殿下の名義でその本人からとなると、」
「やめときなよ。下手な噂が出ようものなら、縄がかかるかもよ。去年のことだってあるし」
「あぁ、コランティ……」
「シっ!」
「でも、身分高き、二人のいと麗しき男性に言い寄られる謎の淑女……なんか、想像だけでうっとり」
「流行りのお芝居みたいねぇ」
「でも、『訳あり』っぽいから、ご成婚ってわけでもなさそうね。婚礼衣装とか注文が来たら、凄そうだけれど」
「そしたら、たぶん、皆して死ぬ」
「すごく綺麗なんでしょうね。それでもって、糸まで用意する注文の仕方とか、気配り上手なのかも」
「けれど、その前に、シャーラさん死なないといいなぁ……」
「だね」

 ……知らぬが花です。なんか、色々とすまんね。てか、ゲルダさん、バレてーら。






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