『Blue Skies』


 彼女、キャスはとても……こう言っては申し訳ないのだが、私には理解しがたい女性だ。
 変わっている、と簡単に言ってしまってもいけない気がする。神のお導きで別の世界から来たのだし。
 でも、初めは、なんとも思わなかった。
 少年をひとり連れ帰ると聞いて、ふうん、と思った程度だ。そして、その姿を見て、やはり、ふうん。
 少し細いな、と思ったぐらいだ。栄養失調か何かか、と考え、大丈夫か、と思ったりした。
 だが、彼女、キャスが実は女性で、私よりも五つも年上だと聞いた時には、驚いて口も聞けなかった。
 女性らしからぬ振舞いや、言動、それら全てが私の常識とは合致しないもので、悉く、予想を覆した。翻弄されたと言っても過言でもないかも知れない。それは私だけでなく、殿下に随伴してきた騎士全員、否、殿下でさえもそうであったろう。
 控えめで従順であったかと思えば、大胆なまでの図々しさを見せつける。
 男性のようだと思った先から女性らしい仕草を見せ、こどものような顔をしていたと思ったら、大人の正論を吐く。冷たいまでに冷静だ、と思い気や、さりげない気遣いと、言い出したら聞かない頑固さを見せる。
 宿で異性である私達と同室でかまわないと言ったり、外で入浴する事に躊躇いもせず、というか、進んで行い、ビールを飲み、それでも、食事の最中のマナーなどは上品とも言えるものだし、言葉遣いも基本的には丁寧だし、気まずい場の雰囲気を和ませようとしてくれたり、移動中、疲れているのではないか、と訊ねては飲み水を渡してくれたりした。
 私は、彼女に叱られもした。女性に叱られるというのは……ううん、実家のばあやぐらいのものだ。
 少々、腹も立てたし――私は少し短気であったりする――傷つきもしたが、彼女の言うことは尤もであったし納得できる内容であったりしたので、その後で、恥ずかしくもなったりした。でも、その後、彼女はそんな私に、気にするな、と手招きするように皆との会話の中に混ぜてくれて、喧嘩した相手、ベルシオン卿とも気まずくならずにすんだ。
 ……悪い人ではない、と思う。

 だが、実は、私には彼女に関してすこしだけ気になっていた事があった。
 歌である。彼女は、時々、歌を口ずさんでいる時がある。
 鼻歌のように言葉は不明瞭なものであるのだが、今まで聞いたことのないメロディラインで、素朴な感じの歌だ。よく彼女を知らない内から、移動中の馬車の中から聞こえたのが最初だ。
 風の音に混じって、聞こえるか聞こえないかのちいさな声で、変声期以前の少年のような柔らかい声の耳に馴染む曲調が馬に乗る私の耳に届いた。
 とても短い歌ですぐに聞こえなくなってしまったが、それからも度々、耳にする機会があった。
 彼女の故郷の歌なのだろう、と思った。だが、恋歌という感じでもなく、一体、なにを歌っているのか気になりもした。
 それで、たまたま……砦で彼女が我が国の兵士に襲われるという事件があって、一室に療養している間、聞いてみた。
 やはり、同じ歌を口ずさんでいたキャスは、とても寂しそうで頼りなくて、なのに、私達の差し出す手を拒んでいた。とても傷ついていたのが分かったし、酷く殴られ、顔に痣をつくり腫らした痛々しいばかりの彼女に、ほかに何を話して良いのか分からなかった事もある。
「それ、故郷の歌ですか。時々、口ずさんでいますよね」
 すると、え、とした顔で私を見て、ああ、と頷いた。
「故郷のとは違うんですけれど、別の国の人が歌っていた曲で……歌いやすいから、無意識の内に出てしまったんでしょう」
「そうなんですか。どういう意味の歌詞なんですか」
「どういう……ええと」
 そこで、彼女はすこし困った顔をした。
「失恋した男の人の愚痴っていうか」
「失恋、ですか」
 故郷に置いてきた恋人を思ってなのか。しかし、愚痴?
「失恋というか、女に捨てられた男がウダウダと、ええと、お金はないし、戸棚の煙草は切れているし、子供は着る服もないし、でも、外は良い天気で青空は明るく広がっていて。それでも、男は彼女が出てってしまった部屋でベッドから出る気にもなれなくて、ベッドから出る理由が欲しいな、と。今度は一緒に連れていってくれる彼女が欲しいな、とかそんな感じの歌です」
「はあ」
 説明を受けて、どんな反応をすれば良いのか分からなかった。
 というか、なんで、そんな内容が歌になるんだ?
 というか、なんで、そんな歌を好んで歌う?
「誰もが青空を好むってわけでもないでしょう」
 どこか寂しそうに、彼女は言った。

 ……やはり、彼女は私には理解しがたいところがある。



※Tom Waits『Blue Skies』より




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