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 この国の名は、ファーデルシア。
 本当の発音は微妙に違うみたいだが、日本語で表記するとこうなる。
 王様やらが国を治める君主制の政治形態だ。この世界に存在する主立った国は、みんなそうらしい。
 当然、お城は建っているし、お姫様も王子様もいて、貴族も騎士もいる中世ヨーロッパに似た世界。人種も、顔立ちの濃い金髪碧眼が当り前にいる。ドラゴンも魔法使いもいないみたいだが、『むかし、むかし、あるところに』、から始る童話かお伽噺の世界に近い印象だ。
 ファーデルシアはローグ大陸の西南に位置し、山脈と森に囲まれた小国で、気候は比較的温順で過しやすい。
 特産品はワインと織物。山の方では、僅かながら金脈や鉱脈もあるようだが、大した規模でもないらしい。農耕と牧畜生活者が国の七割を占める長閑で平和そうな国だ。
 しかし、この国にはもうひとつの特産というか、特徴があって、偶に、前触れもなく、誰も知らない人物が現れる。服装も言葉もまったく違う者が見付かる。その人物はこれまで見たこともない物を持ち、誰も知らない知識を持っている。それは、最初、天からの御遣いとして丁重に保護されて……と、ここまで言えば、分かるだろう。
 私もそのひとりだ。
 異世界、地球からの流れ者。生存者としては、五人目にあたるそうだ。おおかたは死体で見付かる事が多いから運が良い、と言われた。……おい、神の御遣いが死んでいて問題ないのか?
 まあ、来る側もそれだけ大変な思いをしてやって来るのだから有り難さも増すって話らしい。兎に角、運が良いのか悪いのかは別にして。
 最初と二番目の人は、とうに天寿を全うされたらしい。
 三番目の人はまだ生きているらしいが、金髪のお爺ちゃんだそうだ。多分、欧米系の白人だろう。
 四番目の人は、奇しくも私とほぼ同時期であったようだ。会って話をしたし、暫くの間はいっしょに過しもしたが、日本の女子高生で、名前を千賀野 美香《ちがや みか》ちゃんと言う、まだ十七才の女の子だ。私が遭遇した同じアレに巻込まれてこっちに来たようだ。
 で、問題はそのアレがなんだったのか、という事なのだが、私にはひとつ心当たりがある。と、言うのも、こちらに来る直前、日本のニュースでもその話が流れていたからだ。
 その名を、鏡像物質《ミラーマテリアル》と言う。物理学の素粒子に関連するひとつの論説として存在はしていたのだが、実在を証明されてはいなかった。
 それは、別次元よりの物体で目に見えるものではないが、質量があり、金属製の物質であると言う。その実在が、過去の事件の調査をする内にかなりの確率で原因であろうとされ、証明された、という報道内容だった。実在と言っても、物質が帯びた磁気の数値の差違が顕著であった、という程度のものではあるが……なにせ、目に見えないものだから。
 過去の事件というのは、宇宙に打ち上げられていた数基の人工衛星が一瞬で消滅した、というもので、宇宙ステーションも含めて損傷したものも多数あり、一時、通信システムの断裂やら電波障害やらなんやらで、とんでもない被害総額を出し、全世界規模での大問題にもなった。
 その刹那、一部地上からの目撃談によれば、空は輝き、凄まじいばかりの放電現象、つまり雷が数十分間続いたらしい。さながら、世界の終末を迎えたかのようだったそうだ。それでなければ、宇宙人の襲来。
 そんなことは置いておいても、原因究明のための調査開始当初は、隕石によるものという説が最も有力だった。だが、そんな欠片も痕跡もなく、数年間、謎のままにされていた。だが、そんな事もあったかと忘れた頃になって、急に鏡像物質の存在が明るみに出たのである。
 宇宙で時空の歪みが発生し、高度約二万五千キロの位置に鏡像物質が現れて落下。衛星を破壊しつつ進行したが、成層圏に達する直前に消滅、若しくは、次元の歪みが修正されて戻ったのだろうと、まあ、そんなような結論に達したそうだ。
 その話を受けて、世の中では俄に、別次元の存在もクローズアップされる事となった。
 それまでも、数式としては、十ほども別次元は存在する、とされてきたらしいが、具体的にどれほどの大きさでどのようなものであるのか、という具体的な話題も取り沙汰されるようになった。なんだか、一部研究者やマニアの間では、相当、議論が盛り上がったようだ。
 さて、そんな事はさておき、私の話である。
 要はその鏡像物質が地上に激突。そして、たまたまそれに遭遇してしまった私は、物質自体に呑み込まれてしまって、なんらかの具合で別次元であるここに飛ばされてしまった、というのが私の推論だ。
 何故、私たちだけ助かったか、と言うと、これも、多分でしかないが、私たちは鏡像物質のほぼ中央付近にいたせいでないかと思われる。直撃を受けた人工衛星群も、入射角度からいって想定される中央付近にあったものだけ破損程度の被害ですんでいたらしい。そこから放射状に位置していたものは粉々だったそうだ。
 つまり、あの歪んだ空は、まさに、鏡像物質が空から降ってきたところを、真下から見てしまった光景だったのだろうと思われる。
 だが、私たち以外にも過去に何人かこちらの世界に来た人がいる、という事は、皆、気付かなかっただけで、大なり小なり鏡像物質の落下がこれまでもあったのかもしれない。
 案外、これまで耳にしてきた原因不明の爆発事故なんてのも、小規模の鏡像物質が関っていたのかもしれない。なんたって見えないし。
 或いは、それとは、また別の方法で飛ばされてきたのか? ……そこまでは分からない。この説にしても、私の勝手な推論でしかないわけだし、正直、こんな事になった今でも、私自身、その存在に懐疑的である。
 しっかし、まさかと思いながらのこの現状。自分が別次元に来る羽目になろうとは思いもしなかった。絶対、物語の中の話でしかないと思っていたし、現実には有り得ないと思っていた。目から鱗。アインシュタインも吃驚だぜ……あーあ、なんでこんな所に来ちゃったんだろ、いるんだろう?
 運が良いのか、それは疑問だ。

「キャスーッ! サボってないで手を動かしなっ!」
 空を見上げていた私に向かって、叱咤の声がかかる。キャスっていうのは、今の私の愛称だ。カスミが訛ってキャスになった。……カスと呼ばれなくて幸いだ。
 畔の向こうで、如何にも農家の母ちゃんらしいマリシアさんが、私を睨んでいる。
「はいっ、すんません!」
 私は慌てて、鍬を持つ手を動かす……あいてて、マメも出来そうだ。




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