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 城を建てる時、敵襲を受けた時の事を考えて場所を設定するのが基本だ。
 日本では、そうそう土地もないので人家近い平地に建てたりもするのだが、それでも、その地域で最も地盤の硬い場所を選び、堀を作り、入り組んだ街並みを足下に作ることで、おいそれと攻め込まれないような工夫を施しているそうだ。
 西洋風のファーデルシアは小さな国ではあるけれど、そこまで土地に困っているわけでもない。お城は私の暮す保護施設から数キロ離れた場所の高台にあって、大きな湖を背景に一部を張りだした造りになっているらしい。周囲は、頑強な石造りの壁に囲まれている。
 というわけで、私もあっちの世界でもこっちの世界でも、うまれて初めて西洋風お城というものの中を見学できるわけだが、前日の肉体労働が祟って、身体中がきしきしと音を立てんばかりの痛みに苦しんでいた。馬に引かれた荷台に乗る振動が尾てい骨に響いて仕方がない。
 森の緑に囲まれた細い道を走る荷馬車の後ろに乗って……なんて風景は画面的には長閑かもしれないが、実際の乗り心地としては最悪だ。いや、こんな坂道を歩くよりかはマシなんだろうけれど、舗装された道の車の移動に慣れている身には、結構どころか、相当、辛い。
 がこん!
「いたっ!」
 小石の上に乗り上げたらしく、荷台が跳ねて尻を打ち付けた。
「もうすぐ着くから、辛抱しろや」
 御するフーパーさんから声が掛かる。フーパーさんはお城へ、畑で採れた野菜や食料品を届けるために行くというので、私を乗せてくれるようミシェリアさんがお願いしてくれた。
「ああ、すみません。大丈夫ですから」
 私は腰をさすりながら答えた。
「夕方はハービーのとっつあんが酒樽を届けにくるから、それに乗せてもらって帰りなよ」
「そうします。ありがとう」
 あだっ! 舌噛んだ!
「ほれ、見えてきたぞ。あれだ」
 坂の先、ごつごつとした黒い石の壁の人工物が見えてきた。

 城の裏口に入れて貰ったところで荷台を降りた私は、まじまじと目の前の建物を見上げた。
「うわあ、お城だぁ」
 思わず素に戻って、そう口にしていた。いや、やっぱり、城は城だ。武骨な黒壁の向こうには、幾つもの尖頭を持つ、正しく絵に描いたようなお城があった。ディズニー映画に出てきそうな。
 ええと、学術的に言えば、ギリシア、ローマ時代を手本として、色んな時代の建築様式をミックスした十八世紀頃の建築物っぽい、とでも言うのか。ベルサイユ宮殿とか、凱旋門とか、あの時代だ。
「それじゃあ、俺は向こうで荷を下ろして帰るから、あんたはこの人に案内してもらいな」
「あ、手伝いますよ」
「んにゃ、いいよ。城のもんも手伝ってくれるし」
「そうですか。じゃあ、有難うございました」
「ああ、ミシェリアさんに宜しくな」
 私は移動するフーパーさんに頭を下げて後、フーパーさんが『この人』と言った兵士さんを見た。百八十センチはありそうな身長で、如何にも兵士らしく胸当に兜をつけて腰には剣を下げている。
 威圧的な視線が、私を見下した。
「おまえは」
「カスミ・タカハラといいます。今日は、ミカ・チガヤさんに呼ばれて来ました」
 途端、目付きが更に悪くなった。
「ミカさまに? そんな話は聞いていないが」
 うぇっ、敬称付きかよ。
「どこかで行き違いがあったかもしれません。申し訳ありませんが、ご確認下さいますか」
 私は営業用の顔と口調で言った。
「暫し、ここで待て」
 兵士は私を置いて、その場を離れていった。
 ぽつん、と私ひとり裏口前に取り残されて、所在なく待つ。ところが、待てど暮せど、一向に兵士は戻って来なかった。立って待っているのも怠く、座ろうにも適当な場所はない。その場でしゃがみ込むのも外聞悪く、私は苛つきながら、それでも待った。
「おそいっ!」
 舌打ちも出る。
 連絡系統に不備があるんじゃないのか。そんなんじゃあ、戦時に支障があっただろうに! 大体、連絡が行き届いていないというのも、端から問題がある。てめえら、それで仕事になるのかっ!
 苛々も限界近くに達した頃に、ようやく先の兵士が戻ってきた。
「ついてこい」
 謝罪はなし。しかも、偉そうな態度のままだ。でも、文句を言えば面倒にもなりそうなので、黙って言う通りに従った。
 後ろについて歩いていると、城の外壁に沿ってぐるりと回り、なんだかどんどん辺ぴな方へと連れて行かれた。この植え込みの多さは、庭の端の方を歩いているのだろうか。狭い視界に、否が応でも不安をかき立てられる。……おいおい、大丈夫か。人気のない所へ連れてって、いきなりバッサリやったりしないだろうな……
 十分ほど歩いたところで漸く視界が開けてきて、緑の向こうに白い小さな建物が見えてきた。小さいと言ってもお城と比べて、だ。私が暮している保護施設よりかは大きな建物。
「ここで待て」
 その建物の前まで私を連れてきて、兵士は言った。
「あ、はい」
 中で? 外で?
 訊ねるより先に、兵士の人はスタスタと行ってしまった。
 えーっ、どうすんだよう。
 迷いながら、私は目の前の建物を見た。
 材質は御影石だろうか。白い壁の表面には随所に彫刻が施され、正面にあるでっかい観音扉にも、文様らしい金の装飾がつけられている。雰囲気からいって、どうやら神殿らしい。なかなか凝った奇麗な建物だ。目の保養になる。
 広告を扱っていた職業柄、審美眼は常に養うよう努力をしていたし、勉強もしていた。だから、少しはこういうものの良さも分かる。まあ、これほどの建物であれば、大抵、誰が見ても奇麗だとは言うだろうけれど。……ああ、あの連続模様はいいな。何か他の装飾としても使えそう。服の柄とか。こっちではスタンダードなものなのだろうか。
 ぼうっと見上げていると、背後に土を踏む足音を聞いた。美香ちゃんか、と思い振り返る。振り返って……ちょっと吃驚した。




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