- 7 -

 久し振りに会った美香ちゃんは、とても元気そうだった。ますます子豚ちゃん度も増し……いや、髪もお肌もツヤツヤで栄養回りも良い様子で、ケツ顎王子に大事にされているらしい。
 真っ白のずるずるしたデザインのドレスを着て、真っ白に金で装飾された豪華な広い部屋に鎮座ましましていた。
 あー、誰だよ、これ着せたの。ぜんぜん似合ってないじゃないか。部屋もひと昔前の少女漫画に出てきそうな感じだ。豪華さの度を越し過ぎて、どこかチープ感が漂う。
 でも、本人的には好きなのか、気にしている様子もなくにこにことしている。
 会うなり飛びついてきて、日本語でべらべらと喋り始めた。
 どうやら、言葉の問題もあるが、巫女という役割柄、普段から無駄口もなく畏まっていなければないようだ。友人らしい友人を作ることも出来ず、普通のお喋りに餓えていたみたいだった。
 私の相槌の間も待てない様子で、ひとりでお城の生活やら巫女の仕事のことやら、喋りまくった。同じ話が、二度、三度と繰返された。まあ、所謂、愚痴というやつだ。超、だの、ムカツクだの、なんだか分からない女子高生ことばとか擬音が跳ね回った。やはり、お城の生活は、自由に暮してきた私たちみたいな人間には、相当、窮屈なものらしい。
 息を吐く間も惜しんで喋り続けて、大体、二時間ぐらい経ってから、美香ちゃんは漸く落ち着いた様子で、口調をゆっくりとしたものに変えた。
「ごめんね。私ばっかり喋っちゃって。高原さんの顔見たら、なんか我慢できなくなっちゃって」
 そう言って謝った。
「まあ、お互い慣れない生活をしているからね。はい、これ。子供たちから美香姉ちゃんにってプレゼント。こっちは、ルーディから手作りのクッキー」
「うわあ、有難う。ちょー嬉しい! ルーディのお菓子、美味しいから大好き」
 こうして素直に喜んでいるところは、やっぱり、普通の女子高生。十才年上のおねいさんとしては不可解なところもあるが、多少は大目にみてやらなければならない面もあるのだろう。私もこの年の頃はこんなんだったかなぁ……
「やっぱ、高原さんに傍にいて欲しい。寂しいし、ちょーきゅうくつで、日本語も喋れないし、気が狂いそう」
「それは無理だよ。それは、前にも言ったでしょう。それに、お城に来ることは美香ちゃんが自分で決めたことなんだから、言った事はちゃんと責任をもたないと」
「でも、まさか、自分がこんなテンパるなんて思わなかったし。本読んでるだけの生活なんて、息が詰まるよ。文字みただけで、げーっ、だし。なんかするたんび、ぜったい誰かが『だめ』とか言って止められるし。巫女はそんなことしちゃ駄目ってすんごいウザイ。鬼ババばっか。走っても、大声出しても駄目だし、ちょっと笑っただけでも怒るんだよ。有り得なくない」
「まあ、神様絡みだと体面やらで勿体ぶらなきゃならないし、色々あるんでしょうよ」
 ここの神様の事はよく知らないが、地球のそれと変わらず厳しいものらしい。しかし、怒るというよりは、叱られてんじゃないのか? 似ているけど違うよ、美香ちゃん。
「偶にはこうして会いに来てあげるから、がんばんなさいよ。その分、王子様は優しくしてくれるんでしょ」
 それには、うん、と頷いた。
「ジェシーには、ちょー優しくしてもらってる」
「一緒にいたいんでしょ。だから、来たんでしょ」
 また頷いた。
「その為に、多少のことは我慢しなきゃ。王子の為にも」
 私もあなたの愚痴を聞いているだけで、ちょー疲れたんだよ、美香ちゃん。イラッともきたよ。毎日なんかとても聞いてられないよ。それこそ、気が狂う。
 同郷で、なんの因果かあの災害を生き残った者同士。親切にもしてあげたいし、嫌いになりたくはない。
 そう言えば、と話題転換の為にもエスクラシオと呼ばれていたあの人の事を訊こうとしたその時、扉をノックする音があって、王子が顔を出した。
「ジェシー! 急にどうしたの? 今日は忙しいんじゃなかったの?」
 一段高いオクターブで、美香ちゃんは跳ねるように近付いては訊ねる。
 ううむ、どう見てもこのふたり、電柱に蝉状態だな。
 王子はそんな彼女の額に、挨拶のキスをひとつ落すと、私の方を見た。
「いや、実は、キャスに相談があって来た。少しの間、彼女を貸して貰えないだろうか」
 わたしに?
「なんの相談ですか」
「仕事を頼みたい」
「仕事、ですか」
 なんだろう。ただ、硬い表情を見る限り、ろくな話ではなさそうだ。そんな予感がする。
「具体的な話は別室で。いいかな」
 いいかな、も何も。断ることなんて出来ないんでしょうが。
 美香ちゃんを見ると、不思議そうにはしているが、気にもしていない様子だ。
「じゃあ、すぐに戻ってくるから」
「うん、待ってるね」
 行ってらっしゃい、と挨拶を受けて、私は廊下に出た。
「こちらへ」
 王子に伴って、廊下を真直ぐ行って階段を下りた先の部屋まで連れていかれた。
 扉を開けた中は、普段はあまり使われていないらしい書斎のようだった。ずらりと太い本が並ぶ書棚と飴色の重厚なデスクばかりが大きい。
「人を近付けるな」
 お付きの騎士たちに王子は言いつけると、扉を閉めた。
「かけたまえ」
 視線の先、デスク前の小さなテーブルの脇に置かれた肘掛け椅子に、言われるまま私は座った。王子ももうひとつあった椅子に腰掛けた。
 陽当たりの悪い、薄暗い部屋の中、斜向かいの位置で見た王子の顔はますます深刻味を帯びて見えた。
「仕事の話とか」
 なんだか、仕事のキャンセルで呼びだされた時の事を思い出した。嫌な緊張感だ。
 うん、と王子は頷くと、言った。
「君には、明日にでもランデルバイア国へ行って貰いたい」
「は?」
 なんですか、その唐突なわけの分からん話は。




 << back  index  next >>





inserted by FC2 system