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 広告の仕事というのは、依頼主《クライアント》からの情報をどれだけ引出すかというところにかかっているところがある。
 大抵、漠然としたイメージしか持っていない依頼主の話を聞き、最もアピールしたい面がどこかを捜しだし、具体的なアイデアを提示する。言いたい事、見せたい事。それは人様々で、纏まりがない。そういう事すらも曖昧な場合も多く、その中でセールスポイントを見付けてこちら側から提示もする。
 よく、どれも似たり寄ったりでつまらない、といわれもするが、それは仕方がない。毛色の変わった作品を選ぶ依頼主は少ないからだ。
 こちらからは、色々な切り口の複数のアピール方法を提示して、その中から選んで貰う。最近はコンペも多く、各広告代理店が提示する様々な作品の中から選ぶ方法も取られているので、実のところ、消費者の目に触れないところで、それこそ千差万別なアイデアが出されている。
 だが、冒険を試みる依頼主は少ない。いつかどこかで見たような、無難なものを選ぶ。作品よりも、よく聞き知った代理店名で選ぶ。そういう事だ。
 それが分かっていても、最初から諦めるわけにはいかない。仕事をいい加減にする理由にはならない。
 私の仕事は、兎に角、考えること。考えて、出来るだけ多く考えて、考え抜いて、漠然としたものを形にする。その多くのアイデアが無駄になると分かっていても、考え続けるのが私の仕事だった。
 息をするのと同じように考えていた。だから、私は今も考えている。

 旅の始まりは、ケツ顎から。
 ……どうしてこいつが最後の見送りなんだよ! ムカツクっ! 男でも女でもいいから、もっと目の保養になるような美形か、癒し系をもってこい!
 お城に着いてからも、ランデルバイア側から『こんなヤツいらん!』、と言ってくれる事を願っていたが、虚しい願いだった。どうしてだか分からないが、『まあ、良いでしょう』、という事になったらしい。
 そして、私は長距離の旅用の、少し大きめの二頭立ての馬車に乗り換える事となった。城から用意された貢ぎ物っちゅうか、土産やら荷物が乗っかって、なんだか重そうだ。
 御者はランデルバイアの騎士が交代で引き受けてくれるらしい。知らなかったが、ランデルバイアからは、エスクラシオ大公殿下の他、随員として四名の騎士がいた。
 つまり、ファーデルシアからは、本当に私ひとりだけ。あと馬二頭と馬車一台。
 けっ! 随分と安く見られたものだ。
 しかも、ケツ顎王子からは、約束の資料やらなんやらとは別に、小さな薬包をこっそり手渡された。
 毒薬だそうだ、即効性の。あまり苦しまないで済むものだと言う。
「使い所は君に任せるが、君が我が国に不利になるような真似はしないと信じている。君が大切に思う者の為にも」
 せめてもの情け、と言わんばかりにそう言いやがった。
 自殺用、ってか。死にたくなるような屈辱なりを与えられたら、いつでも死ね、と。それを、もし、相手に一服盛るような事があれば、戦争になるぞ、と。ルーディやこども達が不幸になるぞって事か?
 ぜってー、使わねぇ。使ってやらん!
 拷問にあおうが、首をちょん斬られようが、最後まで恨んで祟って、死んでやる。ここまで来たら、自分から命を投げ出すような真似なんぞ、してやるものかっ!
 美香ちゃんは見送りには出てこれなかったが、一応、挨拶を、と言われて部屋で会った。美香ちゃんはなにを吹き込まれたかは知らないが、ニコニコとした上機嫌の笑顔で、
「がんばってね。応援してる」
 そんな風に言われた。
 なにを頑張れって?
 本当は、彼女に手紙を書き残しておこうかとも思ったが、結局、やめた。どうせ、中身を検閲されるだろうし、日本語で書いたところで彼女の手元に届くことはないだろう。実際、なにを書けば良いのか分からないし。下手な説明をすれば誤解も生む。逆に、彼女の立場を悪くしかねない。
 様々な権謀術数の中に彼女も、これから直接、巻込まれていくのだろうけれど、気をつけろと言ったところで何が起きるか、私にも予想がつかない。彼女自身でなんとかするしかないのだ。大体、彼女みたいなタイプは努力も何もしなくても、何も出来なくても、最後までしぶとく生き残ったり幸せになったりするものだ。
 実際、そういう人種がこの世には存在する。他人が苦労しているその横で、容易く求めるものを手にしてしまうのだ。困っていれば、どこからか救いの手が差し伸べられる。そういう星の下に生まれているというのか、美香ちゃんからはそういう匂いがする……そんな彼女に、この私がなにを言うことがあるというのだ?
 私の精神の荒廃具合も良い具合に最高潮に達したところで、漸く、出立となった。
「タイロンの神の御恵みがあらんことを」
「くたばれ」
 ケツ顎王子に笑顔で言ってやった。日本語で、だけれど。手も振らず、代わりに中指を立ててやった。




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