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 男五人に囲まれての十日間の旅。
 ハーレムっぽいが、そんな潤いを持つ余裕なんか今の私にはない。馬車の中でひとり揺られていられるのが救い。とは言え、気分はドナドナ。売られていく子牛の気持ちが良く分かる。思わず歌いたくなるほどだ。
 馬車の乗り心地は荷馬車よりはましだが、それでも良いとは言えない。がっこん、がっこん、上下に揺すられている。着く頃には、お尻が平らになりそう。当然、昼寝も難しい。
 貰った本とか資料とかに眼を通そうかと思ったが、そんな状態では読むのも一苦労で、集中しては無理のようだ。酔いそうだし。
 結局、色々と考えもってぼうっとしていたりする。暇すぎて、胸を突き上げる不安に駆られもするが、力技で封じ込めて、行きすぎる風景に眼を移すなりしてなんとか誤魔化している。
 その風景を、時々、馬車の両脇を挟むように進む馬の身体が影を作って目隠しをする。
 ランデルバイアの騎士さんたちは、皆、一様にガタイの良い人ばかりだ。でも、身長も高いので、すらりとスマートに見える。
 旅用なのだろう、揃いの装飾のない服に外套を身に着けている。みんな、真っ黒。北国のせいか、皆、私より肌の色が白いから、黒色がより映える。ちぇっ。
 因みに、私は典型的な黄色人種の肌色だ。ファンデーションは、どのメーカーの物でも中間色を選んでおけば間違いなかったりする。彼等と同じぐらいの肌の色か逆に濃くあれば、この白い髪も少しは様になったかもしれないが、如何せん、中途半端なコントラストでぼやけた印象でしかない。
 それはさておき、一台の馬車を取り囲む真っ黒な五人の男。これは、異様な光景なんじゃないだろうか、とも思ったりするが、まあ、関係ないか。
 でも、個人個人を観察してみると、それぞれ色を持っている。髪の色や眼の色が、それぞれ違う。当然、顔立ちも。
 やっぱり、一番、ルックスが良いのは、エスクラシオ大公殿下。これは不動。乗る馬もほかの人たちのに比べて大きく立派だ。色濃い鹿毛の美しい毛並みをしている。
 次点は誰かとなると、個人の好みによるだろう。
 垂れ目で白金色の長髪を一纏めにしたニヒルな感じの人。茶髪の顎髭を生やしたダンディ系の人。現在、御者席に座っているダークブラウンの髪も短い如何にも実直そうな人。その隣に座る、多分、最も若いであろう、ウエーブふわふわ栗毛の可愛い系の人。全体的に言って、ランデルバイア、レベル高ぇ!
 こんな言い方をすれば、私が密かにオトコを漁っているように思われそうだが、それは違う。話しやすそうな人を捜しているのだ。
 私が欲しいのは、どんな些細な事でも良い、ランデルバイアの情報だ。
 交渉をする為にも、命乞いをするにしても話題の切っ掛けとなる情報が欲しい。或いは、事前に実際の国のあり方、王の人となりを知っているだけでも、ぜんぜん流れが違ってくる。少なくとも、地雷を踏むことだけは避けられもするだろう。
 これは本来、営業のする仕事で、私にとっては畑違いの苦手な部類に入る仕事ではあるが、仕方がない。物怖じしていては、助かる機会さえ失う。
 ……畜生、マジ役に立ちそうにない資料をよこしやがって、あのケツ顎野郎!
 とか言いながら、早、三日が過ぎた。
「今日の宿は何処になりますか」
 窓から顔を出して、お髭の人に訊ねてみる。
「本日はこの先少しいったところで野宿となるだろうから、そのつもりで」
 素っ気無い返事。はいはい、野宿ね。アウトドアなんか初めてだ……切っ掛けさえあれば、こうして声をかけてみるのだが、皆、一時が万事この調子で、取り付く島もございません。お互い会話をするのも小声で、最低限の必要事項のみ。食事の時さえ、黙っていることの方が多い。
 軍人という事を思えばそういうものなのかもしれないが、愛想なさ過ぎ。可愛くない。オンナにもてないぞう!
 そんな事を思っていたら、馬車は街道を外れて森の中へ。少し開けた木々の間が本日の宿泊地らしい。 やれやれ……

 んーっ!
 馬車を降りて、思いっきり伸びをした。あいてて、座りっぱなしで流石に腰が痛ぇ。普段からの運動不足へもってきて、もう若くもないしなぁ。
 私がそんな事をしている間も騎士さんたちは、指図を受けることなくそれぞれの仕事をしている。手慣れた様子で馬を馬車から外す人、馬を連れていく人、荷物を下ろす人、薪用の枝を拾いに行く人。
 時々、二言、三言、低く言葉を交わす声があるぐらい。
「何か手伝いますか」
 そこにいたエスクラシオ殿下に申し出てみる。そうしたら、いい、と短く断られた。
「それより、この場からひとりで離れるな。迷いもするし、獣に襲われる危険もある」
 うぃーっす……逃げ出すとも思われているんだろうな。逃げたところで、土地感も逃走資金もあてもなにもない状態で、男五人から逃げ切れるとは思えない。出来たとしても、私の運動能力や体力では野垂れ死にが関の山だ。ま、いいや。あ、でも。
「手を洗いたいんですが」
「あちらに小川がある。グレリオ!」馬を連れていた可愛い系の人に向かって呼びかけた。「小川まで連れていってやれ」
 ああ、彼はグレリオって名前なのか。やっと分かった。
 頷くその人について、茂みの向こうへ。馬にはみだりに近付くな、とは言われていたから、馬とは距離を置いて、大人しく後をついていった。
 彼はどうやら、馬に水を飲ませていたらしい。水の流れる音が聞こえた。陽も沈む前の薄暗い中、岩間を流れる幅一メートルほどの小川があった。
 おお、天然水だ。そのまま飲んでも大丈夫そう。
 水を飲む馬の川下で、私は着ていたジャケットを脱いで脇に置いた。指先を水につけると、ぴりっと痺れる冷たさだ。着ているシャツの袖を捲り、そのままべたつく手と顔を洗った。持っていたハンカチで顔を拭いて、水を手で掬って飲んだ。
 美味しい。あたりだ。コンビニでペットボトルに詰めて売られていてもおかしくない美味しさ。
 実はファーデルシアで、普段から口にしていた水は、所謂、硬水というやつで、日本人の私にはきついものだった。『水が合わない』そのもの。肌にも合わなかったらしい。半年間で、少し荒れた。禁煙してたにも関らず……まあ、化粧水とかがないせいもあるんだけれどさ。すっぴんで過すのにも慣れたけれど、せめて基礎化粧品ぐらいは欲しいなぁ、と思った。UVカットの下地クリームとか、日焼け止めとか。ない物ねだりと分かっていても、日常、当り前にあったものがない不便さというのは、如何ともしがたい。オヤジ化がどんどん加速して進んでいる自覚があるのも、多分、こういう事からの影響もあるのだろう。

 オンナはなるものではなく、作るものである。

 と、突然、それまで大人しく水を飲んでいた馬が、急に暴れ始めた。前脚を振り上げ、嘶く。グレリオさんが慌てて手綱を取ろうとするが、振りきられる。
「わわっ!」
 足下を滑るように這う姿に、私も声をあげる。蛇だ。長い身体をくねらせて、素早く逃げていく。こいつに馬は驚いたらしい。
 蛇が行ってしまった後も馬の興奮は収まらず、くるくると回るようにして暴れ、ふわふわ髪をなびかせながらグレリオくんは手綱を取りそこねていた。うわっ、こっちに来た!
 馬を避ける先から、グレリオくんの背中に押された。私はそのままつんのめって、小川の方へ転んでしまった。べちゃっ、という感じで顔から水に突っ込む。
 水は浅く、溺れることはなかったが、頭の先から濡れてしまった。痛くはなかったが、吃驚した。
「つめてぇーっ!」
 立ち上がって、川から出る。すぐに着替えなければ、風邪をひきそうだ。
 漸く馬を落ち着かせたグレリオくんが、手綱をもって私を見ていた。眼をまんまるに見開いて、驚いた表情をしていた。
 おい、『大丈夫か』、の一言ぐらいあっても、罰は当らないぞ。
「どうした」
 騒ぎが聞こえたのか、茂みの向こうからほかの騎士さんたちもやってきた。
「川に落ちただけで、大したことないです」
 私は答えた。
 が、やはり、濡れ鼠になった私を見て、一瞬、呆気にとられたような沈黙があった。妙な空気。
「どうかしましたか」
 問うと、エスクラシオ殿下が眉をひそめた表情で、やっと答えた。
「……女だったのか」

 当り前じゃん……って、知らなかったのか!?
 つか、気付いてもいなかったっ!?




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