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 女、二十七才。独身。
 数日間共に行動していながら、異性に完全に男と間違われていた。しかも複数に。やべぇ……
 基本、私の旅装束は何かあった時の動きやすさを考慮して、シャツにジーンズかこっちの世界で揃えた男物のパンツスタイル。でも、馬車にはガラス窓がついているわけでもないので、ジャケットか貰った外套をその上から着用。
 だから、身体の線は隠れていて、水に濡れるまで胸や腰のラインに誰も気付かなかった。おまけに、髪の長さもこちらの女には有り得ない短さで、普段の私の行動や仕草とかも女らしくなく……あー、そこまで言われると、流石に落ち込むわ。
 馬車の中で着替えて出てきた私に、彼等は説明してくれた。十四、五才の少年だとばかり思っていた、と。サバよみ過ぎだろう、そりゃあ。
「少年にしても骨格の細さが気になってはいたのですが、我々とは違う世界から来た方というので、そういう事もあるだろうと……どうぞ、お茶です。暖まりますよ」
「いただきます」
 真鍮製のカップを、垂れ目もニヒルなランディさんから受け取る。
 火を囲んでの食事と座談会。女と分かった途端、みんな雰囲気も態度も一気に優しくなった。レディファーストというものらしい。ちょっと、いい気分。
「まあ、あちらの世界でも、『まるで、オッサンのようだ』、と言われたこともありましたし」
 仕事では人と会うことも多いので化粧はしていたし、スカートを履く事もあったので、流石に男と間違えられることはなかったが、それがないと間違われても仕方がないという事は、よっく分かった。反省。
「オッサン……」
 グレリオくんが絶句した。
 ごめんねぇ、ボク。おねいさんの年で荒んだ生活していると、そうなるんだよ。夢を壊してごめんよ。若造、真っ盛り。君、相当、若いな。
「男ばかりの職場で働いていましたから、女らしさは邪魔になったりもするんですよ」
 広告業界は、まだまだ男性が主流だ。撮影などでは力仕事も多いため、特定の仕事――スタイリストさんとかメイクさんとかを除いて、裏方は男性の方が有利だ。当然、依頼主も男性が殆ど。
 大手の広告代理店ならまだしも、私がいたような弱小代理店では、女であっても時には力仕事の手伝いもするし、なんでもやらなければならない。生き馬の目を射貫くと言われる厳しい業界の中で、下手な自意識は逆に鬱陶しがられかねない。そんなもんは、モデルにでも任せておけばよろし。
「仕事をする上では、女として意識しない方が男性もシビアな判断を下せるし、対処できるでしょう」
 出来上がった作品がすべて。結果を出してこそ、の世界だ。甘っちょろい判断が、依頼主に大金をドブに捨てさせることになる。次の依頼のあるなしに直結する。
「君のいた世界では、女性の扱いは男性と同列なのか」
 は、ダークブラウンの短髪のカリエスさんからの問い。話し方も予想通り、武骨っぽい。
「一応、そうあろうという気風がありますが、まだ殆どが形の上だけです。人の意識が変わるのは難しいですね。社会的に働く上では男性優位です。職場環境も含めて。特に、私の生まれた国は歴史的に、『女性は一歩退いて』が美徳とされてきましたから、未だあからさまに同列以上を嫌がる男性が多いことも確かです。女性側にも、男性に頼りたいという意識は根強いですし」
 ううん、と腕組みをして悩ましげなのは、カリエスさんよりも明るい色目のお髭もダンディなアストリアスさん。
「逆に訊きたいのですけれど、こちらでの女性の扱いというのは、どういう感じなのでしょうか」
「女性は守らなければならない存在ですよ。特にわたしたち騎士にとっては」
 即答したのは、ランディさん。この人が、一番、たらしっぽいな。
「騎士道というものですか」
「そうだね。それもあるが、子供を産み育てる女性は尊き存在として守るのは当然の義務であるし、誉れと考えているよ」
 とは、アストリアスさん。
「ふうん、じゃあ、少し違いますね。私の国では伝統的に、男性が女性を守るというより、女性は男性を陰で支えて家を守る存在だから、男性はそれを経済的に庇護する、という気風です」
 つまり、予想していた通り、中世ヨーロッパの世界社会を考えればいいわけか。女性は着飾ってなんぼの。基本的に男尊女卑ではあるが、上手く立ち回るにしては私には不利だなあ。性格的に。
「これからの君の扱いについて、だが」
 それまで黙って話を聞いていたエスクラシオ殿下が口を開いた。
「別にこれまで通りでいいですよ。気にしないでください」
 私は答えた。
「そうはいきませんよ、レディ」
「キャスでいいですよ、ランディさん。もしくは、出来れば、カスミで。呼ばれ慣れない敬称は落ち着かないので」
 アストリアスさんが頷いた。
「では、キャスと呼ばせていただこう。キャス、しかし、山越えもあるこれからの行程は、女性の身には負担もあるだろう。これまでも厳しかったのではないのかい」
「ああ、まあ少しは……でも、私は馬車に乗っているだけですし、今のところ、体力的にも問題ないです。ですから、皆さんの都合に合わせて行っちゃって下さい。辛い時には正直にそう言いますし」
「と言われても、そうはいきませんよ」、とランディさんは苦笑気味だ。隣でグレリオくんも、うんうん頷いている。
 一体、何が問題だというのだ? 過剰に気遣われても気詰まりなだけだ。うーん、でもなぁ……
「だったら、お任せします。それで必要なければ必要ないといいますし。基本的に私はなにも出来なかったりもするんですが、皆さんの足手纏いにはならないように、精一杯、努力はしますんで」
 なんだか新しい職場に入ったばかりの新人みたいな言い方になってしまった。
「ならば、そのように」
 エスクラシオ殿下は頷いたが、何故か、微かに不機嫌そうな雰囲気を感じた。
 なんか悪い事言いましたか? ええと……
「あの、それでひとつお願いがあるんですが、いいですか」
「なんだ」
 ああ、やっぱり、なんか怒ってるよ。
「私はみなさんの国の事について何も知らないので、何かのついでで良いので教えて頂けませんか。おそらく、私のいた世界とは風習も価値観もなにもかもが違うので、ちょっとした事でも失礼があるといけませんし、不愉快があれば、教えて欲しいです」
 それには、誰からも返事はなかった。殿下の答えを待つような沈黙があった。ひとり、ランディさんの口元が僅かに緩んでいる。にやけそうになるのを堪えている感じだ。
「……では、そのように。我々に大して教えることはないと思うが」
「……そうなんですか?」
 ぷはっ、とランディさんが、盛大に吹き出した。
 なんだよ、おい。感じ悪ぃぞ。

 というわけで、切っ掛けはなんであれ、私は少しずつでも情報を集める手段を得た。結果オーライ。
 食事を終えて、私は馬車の中でお休み。
 騎士の皆さんたちは、交代で見張りを務めながら外で寝るらしい。寝袋もなしで、ガッツあるな。
 でも、少しだけ疑問が氷解したのは、私が馬車に乗り込む時に、グレリオくんがすかさず支えの手を差し出したことにある。
 おおっ、てなんか、ちょっと感動した。
 これまでも別に不自由もなく勝手に乗り降りしていたのだが、やはり、女扱いではこういうところが違うらしい。きっと、これから椅子に座る時にでも、誰かかしら椅子をひいてくれるようになるんだろう。気恥ずかしいけれど、それで彼等の気が済むならば、黙って受けておこうと思う。
 眠るまでの少しの時間、私は資料や本に目を通す。少しずつ私の考えを整理しながら、形づくっていく。あちらの世界から持ってきていたノートにメモを取る。
 僅かなりともあった進展に、希望が見えてきた気がした。




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