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 明けて、最後の日を迎えた。
 朝食後、私はレティに手伝って貰って、謁見のための支度に取りかかった。まずは湯浴みから。
 ドレスは昨夜のうちにレティが頑張ってくれたおかげで、なんとか形にはなったみたいだ。それにしても、服に着られている感は否めない……いや、コスプレしていると思えば……あー、やっぱ、嫌だ! 動きづらいし。ひっじょーに不愉快だ! 精神的苦痛だ! ストレス倍増だ!
「そうですか? 私は可愛いと思いますけれど」
 レティは言う。だが、髪が短い事と、目の下の痣が完全に消えなかった事をとても残念がった。
「髪は仕方ありませんが、お化粧で隠すにもこれは難しいです」
 頬骨に沿って薄青く残るそれに言う。
「んー、どうだろ。やってみる」
 一応、あちらから持ってきた荷物の中に化粧ポーチも入っていた。こちらでは必要がなかったからしなかっただけで、簡単に身嗜みを整える程度には揃っている。半年間遣わなかったせいで、酸化している怖れは充分にあるが、一時の事であれば使える物もあるだろう。
 中からスティック状のコンシーラーを取り出して、いつもの目の下の隈を隠す要領で使ってみた。……いや、徹夜仕事の後は重宝しています。
「消えた?」
「凄いです、消えました! 魔法みたい!」
 よっしゃ。
「どうやったんですか」
「んー、ないしょ」
 当然、化粧品もこちらの世界ではないものばかりだろう。わちゃーっ、流石にマスカラは使えないか……ちっ、眉も整えるところから始めなきゃ。アイラインはペンシル使って、ファンデも使えない事もないだろう。口紅も大丈夫そう。まあ、社会人なりに、それなりの化粧テクは持っている。
「化粧なんて久し振りだから。ちょっと、人の見ている前ではやりにくいから、向こうで待っててくれるかな」
 実際、人前で化粧するのが、というよりあまり道具を見せない方が良いだろうな、との判断だ。
 ちびっ子たちに筆記用具を見せた時の反応は面白かったが、あとで欲しがったり、遊びたがったりして大変だった。大人相手にはそれがないにしても、絶対に手に入らないものを見せるのは憚られる。特に女の子に奇麗になる道具は、目に毒というものだろう。
「分かりました。じゃあ、あちらの部屋でお兄さまたちと一緒に待ってますね」
「うん、すぐ終るから」
 レティが部屋から出るのを待って、切ったり、塗ったり、描いたりを開始した。
 そして、十数分後。最後にミシェリアさんから頂いたペンダントを首にかけて、支度は終了。
「お待たせしました」
 みんなの所へ出てったら、驚かれた。
「ほんとに、ウサギちゃんか」
「ほかに誰がいるっていうんですか」
 ナチュラルメイクだから、『これが私!?』、なんて劇的に変わってはいない筈だぞ。それともなんだ、このドレスか。この脚に布が纏わりついて、クソ歩きにくい……ええい、腹の立つ! 静電気防止スプレー持ってこい! なんだ、なにか文句あるのか。カリエスさん、言いたいことあるなら言ってみろ!
「いや、なんというか……女性らしくみえる」
「それは、どうも」
 化粧して男に見えたら、それこそ最悪だ。というのか、そんなに素っぴんは酷かったって言うのか。みんな、驚き過ぎだぞ。かえって失礼だとは思わんのか。
「あの、似合っていますよ。奇麗です」
「ありがとう」
 おお、若造は言い方も素直だな。でも、わたし的には、相当、似合っていない部類なんだよ、これ。残念なことにな。
「では、参りましょうか、レディ」
 アストリアスさんが微笑みながら出した手に、私は手を重ねる。
 でも……ジーンズでいる時より、こういう恰好での男性のエスコートが三割増しで気分良く感じるのは本当だ。

 その一歩が、死に近付く。
 そんな言い方をすれば悲愴感もあるが、実際、あまりもの状況の変化の激しさに己の不運を嘆くタイミングを逸してしまった私とすれば、今更、露にする感情も言うことも何もない。
 それにしても、昼過ぎに着いた城下町の様子というのは、馬車の中から見るにつけてもなかなか興味深いものがあった。
 ランデルバイアの城下町はファーデルシアが周囲を天然の森に囲われていたのに比べ、街全体が人工の石壁に囲われ、守られている。その立地条件は岩山を背に、更に急な斜面を切り開いて作られたもので、山の頂にある王宮を中心として扇状に街は広がる。主要となる道は石畳に覆われ、直線では繋がらない。九十九折りの坂道を上りながら、次第に城へと近付いていく。
 ドーム型の屋根を中心に、周囲を四本の高い塔が取り囲む。下から見上げる王城は、青空を背景に陽の光を反射し、とても奇麗だ。まるで、絵はがきのようにも見える。
 とんがり屋根の煉瓦造りの小さな家や商店が立ち並び、人の姿も多く見られた。活気のある様子は、とても裏ではキナ臭い出来事が進行しているとは思えない平和さだ。だが、ひとたび戦の火蓋が切って落されれば、この雰囲気も変貌するのだろう。
 長い斜面の道を馬車は上り、私は王城に到着した。




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