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 ランデルバイア国王都、アルディヴィア。その頂にある王城、通称、ラシエマンシィ城。こちらの言葉で、『天空に最も近い城』、という意味だ。
 遠くからは美しさばかりが目立ったその建物は、近付いては、重厚感と威圧感が際立つ壮麗な印象を強くした。
 天に抱かれるその場所でドーム型の屋根は金に縁取られ、光を反射するタイルに覆われる。まるで、地上の太陽を模しているかのようだ。各角に配された四本の高い尖塔は、天を支えているようにも、突き刺す槍のようにも見える。正面にして見れば、オベリスクのようでもある。
 男性的な力強さを感じさせる建物だ。だが、やはり、美しい。
 大きな門扉を通り抜け、左右対称の、前庭ともなる広場を抱くように両翼に伸ばす建物の正面入口から中に入る。
「凄い」
 ビザンティン文化の聖堂が思い出される建物の内部は、黒と白の御影石を交互に配列した柱とアーチが連なる広いホールから始る。高い天井。そこ此処に施された彫刻と、モザイクの装飾。捜せば、どこかにフレスコ画なんかも見付かるかも知れない。武骨の中にも繊細さを併せ持つ。きっと、一日中眺めていても退屈しないだろう。
 ファーデルシアとは、規模も格も違う。
 城が王の力をそのまま示すというならば、この時点で、ファーデルシアはランデルバイアの敵ではない事が証明されているようなものだ。
 自然と唾液を嚥下する。
 この城の主たる国王とは、どんな人なんだろう……急に興味が湧いた。

 謁見の間に入る前に、控室に通された。
 ここで時間が来るまで暫く待つ事になるらしい。
「では、私たちはここで」
 アストリアスさんが言った……あー、そうか。ここでお別れなんだ。そっか……
「みなさんには、ここまで大変お世話になりました。いろいろと御迷惑もお掛けしましたし、御心配もおかけしました。すみませんでした。有難うございました」
 私は、旅の仲間であったみんなに頭を下げた。
 そんな私の手を取りアストリアスさんは優しい瞳をして言った。
「レディ、いや、キャス。短い時でしたが、私たちも貴方と共に過せたことを嬉しく思います。出来れば、もう暫しの時を貴方と過し、語り合いたいと思うほどに。騎士として、貴方に会えた事は喜びであり貴方と共にあった事を誇りに思います。あなたに、タイロンの神の御加護がありますように」
 指先に、優しいキスが落された。
「有難うございます。私も、皆さんに会えた事は、幸運以外のなにものでもなかったと思います。どうか、お元気で。私は祈る神は持ちませんけれど、これからのあなた方の幸せを心より祈ります」
「レティシア、あとは頼む」
「おまかせ下さい、お兄さま」
 手を振ることもなく、別れの挨拶をするでもなく、気遣わしげな眼差しの余韻だけを残して、静かに彼等は私の前から姿を消した。
 控室の間に、私はレティとふたりだけになった。
 ファーデルシアからの書状を入れた手文庫に似た箱を受け取りながら、私はレティに言った。
「レティもいろいろと有難うね。お世話になりました」
「そんな改まって言わないで下さいな。確かに暮す国は違いますけれど、私、キャスのことはお友達と思っています。きっと、またお会いできるって思っています」
 ああ、そうか……レティは、本当は、私がなんでここにいるかを知らないんだ。
「私もレティの事は友達だと思ってる」
「では、それで良いじゃありませんか」
「うん、そうだね」
 そう答えたところで、エスクラシオ殿下が部屋に入ってきた。

 ……かっけぇーーーーっ!

 見た瞬間、握り拳を振り上げて、ガッツポーズを作りたくなる恰好良さだ。
 久し振りに姿を見たその人は、正装なのだろう、ファーデルシアで初めて会ったその時よりも数段豪奢な銀の刺繍の入った黒い騎士姿で、床に引き摺る長いマントを身に着けていた。胸元には、髪の色に似た金鎖に、瞳の色に合わせたのだろうスクエアカットの青い宝石を連ねた首飾りを下げ、指にも同じ石の太い指輪を嵌めている。右胸には鷹と雉だろうか、の長い羽根を束ねたブローチが飾られ、足下のブーツも黒々としながら、側面には型捺ししたかのような細かい連続模様が施されている。
 相当、重そうなその装飾を身に着けても、その身のこなしは軽々として、ゴージャスでいながらスマート。男前度も五割増しかそれ以上……いやあ、凄いわ。ここまでレベルが高いと、後光が射して見える。ありがたや、ありがたや……寿命は伸びないだろうが。
 その人が、私をまじまじと見て言った。
「……キャスか?」

 ……貴様もか。

 余程、普段の私は彼等の目には酷いものだったのだろうと思うしかない。見開いていた目は、一気に半目にまで落ちて、溜息が出た。盛り上がった気分が一気に冷めた。
 ああ、ごめんよ! 悪かったよっ! すんませんでしたっ!
「はい、そうですが」
 答えれば、ふむ、と頷いた。
「どうなるかとも思ったが、まあ、それならば陛下の前に出ても問題はあるまい」
「それは良かったです」
「身体はもういいのか」
「まあ、なんとか。ですが、こちら流の礼は、まだ痛みがあって無理です」
「そうか。仕方あるまい。だが、最低限の礼儀は心得ているだろうな」
「一応は。昨日、教えを受けましたから」
「ならば、良し」エスクラシオ殿下は、鷹揚に頷いた。「ついて来い。今から引き合わせる」
「はい」
 踵を返すその人の後ろに付き従って、私は自らの運命に近付く一歩を踏み出した。




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