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 途端、尊大な雰囲気が薄れ、一介の人としての王の素であろう顔を覗かせた。
 その変化は劇的。私も、一瞬、呆気にとられる。
「なあ、ディオクレシアス、困ったなぁ」
 言葉遣いさえ崩れる。
「それに、おまえの報告では、箸にも棒にもかからない掴み所のない男女だということだったが、なにがどうして、髪は短くとも女に見えるし、使者としてもなかなかのもんじゃないか。まあ、肝の太さは認めるが」
 ……そんな風に言ってたのか、おい。
 思わず王の脇に控える黒装束の男前を下から睨み上げるが、涼しい顔で答えた。
「奔放気ままでありながら、男と違わぬ気概と矜持を持ち、見た目もそれに相応すると申したまでですが」
 それって褒めてんのか? ……ふくざつ。
「しかし、五国の将軍にして死神と怖れられ、その名を聞けば震え上がるとされるおまえさえも困らせた女が、如何ほどの強者であろうかと楽しみにもしていたが、それが、まさか、斯様な手弱女《たおやめ》とは意外だったぞ。ビルバイアほども太き腕の、髭の生えた、むくつけき兵士と見紛うばかりの者とばかり思っていた」
 どんな女だよ、そりゃ……ってか、ビルバイアって誰。
「それは、陛下が勝手に想像されたこと。私に咎あることではありますまい」
「確かにそうだけれどなぁ。おまえの言いようがあまりにも簡潔すぎるのにも問題があるだろう。例えるくらいの素養は持ちあわせているだろうに。そよ風に揺れる野に咲く花の如き華奢な肢体とか、ギルバスの山の頂に積もる雪の髪色に、陽の光を受けて輝くアルネイヤ砂漠の如ききめ細やかな肌の色、オルティ川の水底に沈む黒き貴石を思わせる瞳とか」
 いやいやいやいや、そんな風に言われたら、かえって困る。或意味、コピーライターとしての才能は買うが……使い所は限られているけれど。
 だが、そういって喋るアウグスナータ王の顔は楽しげで、弟を困らせようとからかっているように感じる。先ほどまでの無表情が嘘みたいだ。
 これがランデルバイア国王。ラシエマンシィ城の主。
 私は全身の力が抜ける思いがした。
「軍を指揮する身には、報告に余計な装飾をつけるは混乱の元になろうかと存じます」
「時と相手にもよるだろう。どうしてそうも堅いのだろうねぇ。時々、血の繋がりを疑いたくもなる」
「陛下におかれましては、逆にお立場をお忘れになっている時があろうかとも危惧致しますが」
「国を統べるにはそれなりの臨機応変さが要求されるのだよ。形式ばかり整えたところで、ものの真髄は掴めぬこともあろうさ」
 そこまで言うと、アウグスナータ王は再び、私に視線を戻した。
「さて、ファーデルシアの使者殿に改めて問う」
 その一言で、一瞬にして表情が消える。王の威厳がその身に戻る。
「はい」
「先ほどそなたは、そなたが恩義を受けたファーデルシアの民の為に、その命さえ奪われようとも覚悟の上であると申したな」
「はい」
「吾の考えにして、民の犠牲を払っても己が意志を貫こうとする巫女よりも、その方こそが、髪の色こそ違えどタイロンの神の御意志に副う者に相応しく思えるのだが、如何に」
 ……しまった。
 私は固まった。とんだ食わせ物だ、この王!
 自分を犠牲にしてでも皆を守りたいという私の主張は、とりもなおさず、黒髪の巫女である美香ちゃんが我儘を言っている風にもとらえられる。私は自分の立場を示すことばかりで、そこまで気が回っていなかった。一度、気が緩んだところに、これはキツい。  美香ちゃんにしてみれば、ファーデルシアの思惑など知らないに違いないし、自分の立場さえ分かっていないに違いない。私は知らない内に、彼女を窮地に陥れてしまったのか?
 さあっ、と背中を撫でるようにひんやりとしたものが走った。なんとか、フォローしないと……
「……ファーデルシアに留まる事で、巫女としての役割を示されることも御座いましょう」
「確かにそういう事もあろうな。されど、己が存在がファーデルシアに危機をもたらすは必定。我が国に限らず、グスカ、果ては東方のソメリア、リィグ、南方のダルバイヤなど列強各国が、遅かれその存在を知れば攻め入り、巫女を奪おうともしよう。そうなった時、ファーデルシアについても、より強国を前にして対する手立てを持つまい。遅かれ、滅びよう。しかし、それでも尚、ファーデルシアに留まるは、それに抗い、一国を守るだけの知恵と自信と力を持つと思ってよいのであろうな」
「それは、」
 そんなもの、あの娘にある筈がない。ただの十七才の女子高生だ。それとも、本当にタイロン神の意志なんてものがあって、そんな潜在能力があるとでも言うのか……いやいや、そんな馬鹿な! え、どうしよう。あの娘が普通の娘である事は、前に大公殿下に言ってしまった。それが伝わっているとすれば、言う言葉がすべて裏目に出てしまう。どうすれば……
「いずれにせよ、今後、ファーデルシアを中心とする戦が起ると予想される。それは、我が国に危機をもたらす結果にもなろう。と、なれば、災いの芽は早めに摘み取るに限る」
 それは、美香ちゃんを殺すという意味なのか、それとも?
「……ランデルバイアとしては、巫女を手に入れてどうなさるおつもりでしょうか。もし、巫女を手に入れたとしても、その時点で戦場はランデルバイアに移される事にもなりましょう」
「さて、そんな事を知ってどうする。己が身を呈して巫女を守ろうとするか」
 いや、美香ちゃんの為にそこまでする義理は、私にはない。ただ、
「ランデルバイア王の望まれることとは、一体、なんでしょうか」
 大陸の覇者となる者の系譜に名を刻む事か。より多くの富と力か。或いは……
 アウグスナータ王はそれに、ふ、とした笑みを口元に浮かべた。
「それは己の身をもって計るがよい」
 え、それはどういう意味?
 そして、王は声を大きくし、殿下の名を呼んだ。
「ディオクレシアス、かねてより先伸ばしになっていたそなたの武功に対する褒美をここで取らせよう。この者の処遇、そなたに一任する。それで良いな」
 え?
「有り難き幸せ」
 優美と言える騎士らしい仕草で、エスクラシオ殿下は王に向かって頭をさげた。
「今後のますますの働きに期待する。励め」
「はっ」

 え? 私の処遇を殿下に一任って……ええっ?




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