- 3 -


 ランデルバイア国の王城、ラシエマンシィ城は、城下町を眼下に見下す山の頂上にあって、それだけに面白い造りをしている。
 外観は、円形の大屋根と四本の尖塔が特徴となっていて、バロック建築様式の大聖堂に似た壮麗さと荘厳さを合わせ持つ男性的な印象。
 北に向いた正面玄関は、前庭を抱くように両翼が弧を描いて伸びている。そして、建物中央の円形の屋根の下、謁見室など国王らが政治を行う場所があり、各所の管理を行う執務室などが存在する。それを挟んで後方、南側は中庭を囲むようにして、五階建ての奥行きのある長方形の造りとなっている。その四隅それぞれに尖塔が立っている。
 これだけであればさして珍しくもないのだが、立地条件が山の上の斜面を利用して造られており、また、冬場、降雪の多い地域でもある為だろう。硬い岩盤に支えられた、二階分の半地下状態の部分が存在する。つまり、外観としては五階建てだが、実際は七階建ての建築物というわけだ。
 重機もなく、これだけの規模の建造物を建てたというのは凄い事だと思うし、建築技術としても大したものだろう。
 一階から下三階は、ぐるりと中庭を望む廻廊が渡されている。廻廊と言っても、一階と地下一階にはバルコニーと変わらず手すりがついているし、歩いていても、中庭は下の方に見える。歩いていてもたまに、剣の練習でもしているのか鋼の打合う音や、笑い声なんかも下から聞こえてくる。
 前庭部分の地下には、兵士や召使いたちの宿舎があり、城の後半部分の地下は騎士たち、或いは、城で働く召使いでも、管理職など上級職の者たちの宿舎となっている。
 建物上部は、言わずもがな。王族たちの居住区やら貴賓室やらが存在する。奥に行けば行くほど、身分が高い者の部屋となるらしい。
 当然、王様は最奥の南側面全域と東側面と西側面の一部を私有し、お妃様や側室たちもそこに暮すと言う。
 因みに、宮殿の神殿は前庭東の尖塔にあって、定期的に礼拝が行われているそうだ。
 私の上司たるエスクラシオ殿下の私室は、東棟の上階にあるのだと聞いた。行ったことはないけれど、方角からして居住環境は良さそうだ。
 その他、厩舎とか、剣の練習場とかそういった人目につかない方が良いものは、全て西側の裏手に存在する。東側は斜面ぎりぎりに建てられているので、都全体が見渡せてとても眺めが良いんだそうだ。
 それでもって、私の書斎はどこにあるかと言うと、西面の地下一階の前庭に最も近い隅に存在する。広さとしては二十畳近くあるのだが、机やら椅子やら本棚とか置いてあってそう広くは感じない。それに、立地条件からして、一日中、暗い。昼でもランプが必要だ。
 これは、石材で造られた建物全体にも言える事で、全体的に薄暗かったりする。電気がないから仕方ないのだが、だからこそ私にとっては、瞳の色をはっきりさせない点で都合が良かったりするわけだ。茶色の瞳でも黒っぽく見えるから。
 部屋の中では夕方になると、壁の上方にある小さな窓から西日が射す程度だ。換気は下方に細いスライド式窓がついていてそこで行われるが、効果は薄い。更に冬になれば雪に埋もれるので、窓も開けられなくなるらしい……贅沢を言えない身分だというのは分かるが、身体を悪くしそうだ。そして、ドア一枚で繋がる、隣接する八畳ぐらいの広さのこじんまりとした部屋が、私の住居となっている。

 階段を下って、やっと、自室へ到着。廊下に立つ騎士さんを横目に木の扉を開ける。と、私の机に座る人影があった……やっぱりか。
「なんでこんな所にいるんですか」
「なんで、だと?」
 本と書類ばかりが並ぶ、地味な部屋には似付かわしくない豪奢な黒い装束に身を包んだ私の上司であるディオクレシアス・ユリウス・イオ・エスクラシオ大公殿下は、そのオットコ前な凛々しい顔《かんばせ》を皮肉げに歪ませて答えた。
「あれから半月経つというのになにひとつ提案なく、なにひとつ報告もない。それで、わざわざこちらから出向いて来てやったというのに、なんでだ、とはな」
 不機嫌そうにしていてもその顔は見る価値がある。だが、もう慣れた感もあって見蕩れるほどではない。美人は、の諺通りだ。昔の人はよく言った。
「アストリアスさんに、『現段階では情報不足により立案にはもう少し時がかかる』、と伝言した筈ですが届いていませんか」
「聞いている。だが、ファーデルシアに対しては出来るだろう」
「無理です」
「何故だ」
 エスクラシオ殿下は手にしていた本を閉じると、冷えた青い視線を私に投げ掛けた。
「現段階の戦略の基本方針では、グスカを重点的に攻めながらもファーデルシアも同時に威圧し、牽制しつつ侵攻するという風に伺っています。この二国が、或いは、一時的同盟を結ぶか、或いはファーデルシアが別の国に救援を求めるかによって話が違ってきます。あちらの出方次第では、対応がまったく違ってくる為、手段によってはまったくの筋違いの無駄骨となる可能性もあります。また、タイミングも重要になってくる為、それらの知識と情報がいまの私には不足しています」
「それは分かる」
 殿下は椅子の背凭れに体重を預けて、重々しく頷いた。壁の上部にある小さな窓から射し込む西日が、銅線色の髪を血のような赤に見せる。
「だが、おおまかにどのような策を取るかぐらいまでは出来るだろう」
 ちっ、口八丁は、やっぱり通じないか。
「まあ、それくらいは」
「では、三日後に基本策を示せ」
 三日だとぉっ! 無茶いいやがって、おまえはどこの大手依頼主《クライアント》だっ!
「せめて、一週間ください」
「駄目だ。これまでも時間はあった筈だ」
 こんにゃろう。即答かよ。
「では、せめて、馬術やら剣術やらの稽古はやめさせてください。あれに時間を取られては考える間もありません」
 身体がボロボロで、夜は疲れてすぐに寝ちゃうし。大体、集中して考えることも出来ない。
「己の身を守るためには必要だろう」
「当初のお話では、守って頂けるというお話でしたが」
 皮肉を込めて言えば、
「戦場においては、如何なる不測の事態が起きてもおかしくはない。最低限の身を守る術は知るべきだ」
 と涼しい顔で言う。
「それに、その知識を教えてやることも、守ってやる意味に値するだろう」
 ……ハッ倒してぇーっ! 無理だと分かっていても、張っ倒してぇっ! なに、こいつっ! 教えて『やる』、だとう! 守って『やる』、だとう! 何様だっ! って王子様か。てか、俺様。
「では、この三日間だけでも免除して下さい。でないと、無理です。筋肉痛で手が震えて、字もまともに書けやしません」
 それには、く、とした咽喉を鳴らす笑い声が答えた。
「それほどの年だとは思わなかったが。髪の白さは肉体的にも衰えた証か」
 あんたとタメだよ。髪は真っ白になっちゃったけれどな。……畜生、これ以上ストレス受けると、今度は禿げそうだ。
「私が肉体的にはあなた方より、数段、劣る者であることをお忘れなく」
「そうだったな。その恰好《なり》では、ついぞ忘れもするが」
 立ち上がり見下す視線は、すっかり人を小馬鹿にしきっている。感じ悪い! さっさと部屋から出てけっ! 豪華な自分のテリトリーに戻りやがれっ! 
「よかろう。三日間は好きにするが良い。しかし、その分の成果はみせろ。失望させるな」
「……御意」
 一応、頭は下げる。下げるけどなあっ!
 背の高い姿が私の横を通り過ぎて後、扉が締まる音を聞いた。
「ばっきゃろぉーーーーーッ!!」
 私は腹筋をつかって、誰もいない部屋で思いきり叫んでいた。
 扉の向こう側まで聞こえたかもしれないが、かまうもんかっ!




 << back  index  next >>





inserted by FC2 system