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 私は戦争の仕方なんて知らない。
 どんな武器を使って、どんな風に人を殺すかなんて事は知らない。どのように敵を攻めて、どのように倒すかなんて知らない。建前であっても、戦争放棄を謳った国に生まれ育った者だ。知るわけがないし、そうなる事を嫌だと感じる。怖いと思う。
 でも、それを知らなきゃいけない。
 そして、どんな人たちが戦争を起こし、携わり、どんな感情を抱いているか、また、銃後にいる人々がなにを思うかを知らなければいけない。
 その心理の中にこそ、付け入る隙がある筈だから。
 ……でも、こんな事を言っていると、もの凄く性格の悪い女みたいだ。いや、もう、なってるんだろうなぁ。

 次の日、私は騎士のランディさんに会いに行った。元より、今日の私の教官役ではあったから、登城している筈だ。
 ランディさんは子爵の称号を持つ貴族でもある人だから、宮殿内の宿舎は使わず、宮殿の近くにお屋敷をひとつ持っているそうだ。用があればそこから通ってくるし、長期でお休みがとれれば、領地の本邸に帰って、そちらで過すらしい。貴族とは、大体、そういうものなんだそうだ。
 ランディさんも、カリエスさんやグレリオくん、アストリアスさんと共に私をこの国まで連れてきたひとりだ。ちょっと馴れ馴れしすぎるところはあるが、多分、中ではいちばん付合いやすい人だと思う。
「……というわけで、三日間、訓練はお休みする事になりました。で、今日はその時間を使ってお話を伺いたいんですが」
 予定通りに集合場所へ行って、所謂、インタビューの申し込みをした。
 へえ、とランディさんは白金色の髪を掻き上げると、垂れ目もニヒルなエメラルド色の瞳を細めて微笑んだ。
「ウサギちゃんが聞きたいのは、どんな話かな」
「戦場がどんな様子なのか教えて欲しいんです」
 そう答えた途端、表情が曇った。
「あまり聞かせられた話ではないよ。女性には特にね」
 というよりも、話したくないのだろう。それは、分かっている。
「でも、聞く必要があるので。話したくない事は話さなくてもいいです。でも、大まかなところで基本的な事をお聞かせ願えたら有り難いです」
 ランディさんは少し迷う様子をみせてから、頷いた。
「では、あちらで話そうか」
 そう言って、私を誘って騎士たちの集まる談話室へと向かった。

 東側地下二階には、騎士たち専用の談話室というのか、休憩室みたいな場所がある。豪華というほどではないが、テーブルや椅子が並ぶ小奇麗なカフェみたいな感じだ。植え込みが邪魔になってあまり見えないが、一部、眺望の良い席もある。
 その隅っこの席で、私はランディさんと向かい合って座った。
 席につく前、ランディさんは少し躊躇う様子をみせてから、結局、そのまま椅子に腰掛けた。私の椅子を引くかどうか迷ったんだろう。どうやら、私の出自を知る人たちの間では、人前では私を女扱いをしないという暗黙の了解ができているみたいだ。男ばかりの間ではその方が安全だ、という配慮なんだろうな。
「それで、なにが聞きたい」
 言葉遣いもふたりきりでいるよりも、少し堅めな目上のものとなる。
「まずは確認させて頂きたいんですけれど、戦場で戦うのは兵士と騎士の方々なんですよね。兵士の人たちというのは、平生はここや他のお城で警備などをされている方たちなんでしょうか」
「そうだな、そういう者が主になる」
「主とは? 違う人もいるって事ですか」
「場合によっては。大規模な侵攻作戦の時や敵方の数に合わせて、普段は市井で普通に暮している者にも招集をかけたり志願を募ったりもする。あと、傭兵を雇い入れたり。完全に城を空にするわけにもいかないだろう。その分、補充も必要だ」
「ああ、そうですよね。傭兵さんって、色んな国を渡り歩いたりしているんですか」
「詳しくは知らないが、そうだろうね」
「ってことは、前の戦いでは敵方についていた者が、今度は味方だったりするんですか」
「そういう事もあるだろう」
「信用できますか」
「金で雇われる連中だから、基本的には信用できない。だが、それなりに腕に自信があってやっている者たちだから、現実的に訓練を受けていない一般兵に比べて役立つだろうな」
 なるほどね。
 心情的には信用ならないが、腕は確か、と。まあ、それにしたってレベルがあるんだろうな。
「どうやって雇うんですか」
「そうだな。大抵は、戦があるらしいと噂を聞きつけて向こうからやってくるらしい」
「ふうん。今は、ここにもそういう人、いるんですか」
「さあ、どうかな。そこまでは知らないな。受け付ける係の者ならば知っているだろうが」
「そうですか……」
 気が付けば、ランディさんが私の手元を見ていた。
 ああ、シャープペンシルか。迂闊だったな、外に持ちだすべきじゃなかった。メモ取るのが癖になっているから。
「それは癖なのかい、手元でくるくる回しているのは」
 ……気になったのは、そっちか。
 私は無意識の内に自分がペン回しをしていた事に気付いた。
「ああ、そうです。つい」
「面白いな。器用なものだ」
「そうですか? 誰にでもできますよ、多分」
 ううん、そうか。こっちはペン先にインクつけてだから、こういう癖もないんだな。まあ、いいや。話を戻そう。




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