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「ええと、でも、傭兵さんは別にしても、その一般兵と言われる人たちってのは、戦うぞ、と言って来るもんなんですか。やっぱり、死ぬかもしれないわけですから、怖じ気づいたりしないもんなんですか」
「そうだな……それぞれに理由はあるのだろうが、まずは、家族、故国を守りたいと思う気持ちから、或いは、兵士から騎士に憧れ、出世の道を探す者、或いは、支度金や生き残った時に得られる報酬目当ての者もいるだろうね。他にも理由はあるだろう」
「支度金?」
「防具や剣などは自分の持ち物という事になっているから、それを用意する為の金を前払いという形で幾許か出るんだ。ひとり当りの額としては大したものではないけれど」
「ああ、なるほど」設備投資資金というわけか。「じゃあ、既に用意のある者は、置いていく家族の為に残すことも可能なわけですね」
「明示はされていないが、それも含めての支給となるな」
 一応の、命の代価ともなるのか。そして、生き残れば、更に報賞金が与えられる。
 ぎりぎりその日暮らしをしている者にとっては、僅かな金額でも魅力的であったり、必要であったりもするのだろうな。
「義務としての徴兵はないんですか」
「よほど切羽つまっていなければしないね。経験のない者を多数、戦場へ連れて行ったとしても、足手纏いになるものだし」
「でも、実際問題、そうやって希望者を募ったところで、前金だけ貰って逃げ出す者もいるんじゃないですか」
「中には、そういう者もいるらしい。けれど、受け付けた段階で何処の誰か、という事は明確にしなければならないから、逃げ出しても殆どが捕まる」
「はあ、捕まってどうされるんですか」
「無理矢理、戦場に放り込まれるだけだよ」
 ああ。
「でも、そういう人は、戦場でもあてにならないんじゃないですか」
「そうだね。でも、なんとしてでも生き延びたいだろうから、逆にそれが力になったりもするだろう。そうでなくても、楯のひとつにはなる」
 そう言ったランディさんの顔は、静かだけれど寂しそうに見えた。
「怖いでしょうね」
「……そうだな」
 言外に、纏まりもつかないに違いない色々な言葉が詰まっているのだろう表情があった。
 例えば、と私はもうひとつ訊ねた。
「そうやって進軍している最中、みなさん、空いた時間はなにをしているんですか」
「なにとは」
 不思議そうに逆に問い返される。
「気持ちを紛らわせることも必要でしょう」
「ああ、まあ、それは人それぞれだな。仲間と話したり、家族に手紙を書いたり、武器の手入れを行ったり」
「娯楽みたいなもんはないんですか」
 それには、少々、呆れた様子で首が竦められた。
「どこにそんなものがあるっていうんだい?」
 その返答で、大体、察しがつく。
「あと、戦場での騎士さん達の間で噂って広まりやすいですか」
「例えば」
「たとえば、ええと、なんでも良いんですけれど、誰と誰が今度、結婚するらしい、とか、戦況は芳しくないとか」
 もっと下卑た例えが出そうになったが、それは自粛。下ネタはいかんよ。
「ああ、そうだな。話の内容によるな。戦況に関することは広まりやすいね。当然、皆、気にしている事だから。そういった事が士気にも大いに影響するから、悪い内容は出回らないように腐心している。逆に良い話は慰めになるからね。皆、餓えているところがあるな」
「そうなんですね。やはり、士気に影響が出ますか」
「そうだな。騎士にしても動揺はあるが、問題は一般の兵士たちだ。つまらない噂程度のものであっても、戦に関ることであれば、大きく影響もするだろう。今のところ殿下がその辺りはきちんと押さえておられるので経験はないが、想像がつく」
 これは予想通りというところか。ええと、あと訊くことは……あ、そうだ。
「一番、怖い時っていつですか」
「怖い時……か」
 ランディさんの瞳が遠くを見つめた。
 黙って待っていると、長い沈黙の後に答えがあった。
「その時々によって違うが、他人の目を見てしまった時かな。剣を向けてくる者の必死な目、死んでいく者の恨みともなんともつかない目。そんな時に怖いと思う……己も含めて」
「……そうですか」
 その言葉に、私は実感が湧かない。
 でも、一瞬、見せた辛そうな瞳に、胸を締めつけるようなものが過っていく。
「ありがとうございました。参考になりました」
 私はメモ帳を閉じた。
「キャス」
 ランディさんが私を呼んだ。
「はい」
「私がディオさまのお考えを理解しているとは言い難いが、どういう形であれ、君に生きる道を示して下さったことを良かったと思っているよ」
「……有難う御座います」
 気遣わしげな瞳を前に、他に言う言葉が見付からず、礼を言った。

 生きていて良かったか。
 本音を言えば、今の私には分からない。




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