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 結局、そのまま、廊下でその人とお茶をする事になった。メイドさん数人の給仕つきで、ケーキバイキング状態。
 端から見れば、奇妙な光景だと思う。でも、空腹が満たされるのであれば、文句はない。ああ、お茶が美味しい。茶器も上品で奇麗。良く出来ている。裏を返して見たかったが、それは遠慮した。
「実は、相当、お腹が空いていたのです。助かりました」
「それは良かった。良ければ、もっと運ばせよう」
「いえ、これで充分です」
「遠慮する事はないよ」
「いえ、もうお腹はいっぱいになりましたから。あ、でも、スコーンが余っているなら貰っていってもいいですか」
 夜食用に。
「いいよ。持っておいき」
「有難う御座います」
 その人は向かい合った席で、にこにことしながら私を見ている。小さな子を相手しているかのように。
「で、君、キャスはなんの仕事をしているんだい」
 んー……
「詳しくは言えないのですが、戦術面でお手伝いをしています」
「戦術? 君が?」
「はあ、大した事ではないのですが」
「意外だね。君のような子が、そんな血腥い事に関っているなんて」
「まあ、成り行きで」
 そう答えたところで、廊下の向こうから……ああ、来た、来た。ううわ、モロ怒ってるよ。目付き悪っ!
 エスクラシオ殿下が足早に、音高くやってくるのが見えた。
「やあ、ディオ」殿下が口を開くより先んじて、その人から声をかけた。「君も一緒にどうだい」
 じろり、とテーブルの傍らに立った上司は私を睨みつけた。ここは知らん顔をしておく。
「兄上、これは一体、どういう真似ですか。何故、こんな場所で私の部下と茶を飲んでおられる」
 ……ああ、やっぱりね。
「おや、驚かないんだね」
 エスクラシオ殿下の兄であるその人は、私を見てのんびりと言った。
「まあ、陛下と似てらっしゃいますから。同じ瞳の色ですし」
 華のある美形という点で、同じカテゴリーに入る顔立ちだ。陛下より若干、大人しめの印象ではあるが、品の良さは隠せるものではないし、仕立ての良いクリーム色を基調に金糸、銀糸を使った豪華な服装でバレバレだ。マントは身に着けておらず丈の長い上衣姿ではあるが、ひと目で察っせられる。
 すると、「なんだ、つまらない」、と答えがあった。
「少しは驚いてくれるかと思ったのに」
 どこの少女漫画だ、そりゃあ。
「ここでお茶の用意をし始めた段階で、充分に驚かせて頂きました」
「ああ、そうなんだ。ねえ、ディオ、この子をここで見付けてお茶に誘ったんだけれど、知らない人にはついていっては駄目だって、君は言ったんだってね。だから、私がここに来てお茶をする事になったんだよ。この子は悪くないのだから、怒らないでやっておくれ」
 すると上司は、まったく、と呆れた様子の溜息を吐いた。
「おまえはこんなところで何をしていた」
「はあ、ひなたぼっこをしていました」
「……こんなところで」
「そこの外の所に座っているのを見付けたんだよ」呆れる顔を前にして、にこにこしながら兄である人は言った。「通りすがりに窓が開いているのを見付けたもんだから、外を覗いたら、この子がいたんだ」
 そして、言った。
「ねぇ、ディオクレシアス。この子を私に譲ってくれないかな」
 おおっと、吃驚だ。さすが、変人。
「駄目です」
 速攻で斬って捨てた。ま、そうだろうな。
「何故。こんな子猫みたいに可愛い子に血腥い仕事をさせるなんて可哀想だよ」
 へっ!
 ……ウサギの次は子猫かい。しかも、可愛いと来たもんだ。
 日本の連中に、この言葉を聞かせてやりたい。きっと大爆笑、おおウケ間違いなしだろう。大笑い海水浴場だ。
 この年で言われれば、こっ恥ずかしいなんてもんじゃない。せめて、二十歳かそれ以前に言われたかった。そうしたら、ちったあ違う人生が送れたかもしれないと思う。
 しかし、本当にどういう価値基準でそうなるんだ? イメージギャップがありすぎてついていけない。てか、本当に私は、日本の私と同一人物か?
 ここで椅子がもうひとつ運ばれてきた。御苦労さま。でも、どうすんのかな。
 と、思って見ていたら、エスクラシオ殿下は腰掛けた。おおっ、座りましたか。これは予想外。
 ひとり増えて、三人で廊下でのお茶会。内ふたりは王族だ。結構、笑える。
「私は陛下からこの者の身柄を預かったのです。兄上にお譲りするは陛下に不敬ともなりましょう」
 しかも、エスクラシオ殿下もカップを受け取ってお茶を飲んでいる。意外。断るかと思った。それとも、ヤケクソになったか、開き直ったか。
「でも、君の下にいるよりは、私の下にいた方がいいと思うよ。陛下も納得されるだろうし、この子の為にも」
「ほう、それはどうしてです」
 ほんとだ。どうして?
「そんなの、瞳の色を見れば一目瞭然じゃないか。しかも、こんな恰好させて、髪もそんな短くして。君、本当は女の子だろう。名前も偽名なんだろ」そう答えがあった。「可哀想に。神殿の祭祀を司る身としては、放ってはおけないよ」
 ……ああ、そういう事でしたか。
 私とエスクラシオ殿下は、同時に溜息を吐いていた。

 その人の名は、クラシェウス・キュリアス・イオ・アストラーダ大公殿下。通称、クラウス殿下。
 城内の神殿の司祭をされているそうだ。すなわち、ランデルバイア国全体の神殿を統括する司祭長でもあるそうだ。
 アウグスナータ王の弟であり、エスクラシオ殿下の兄に当られる三人兄弟の真ん中。三十才、死ぬまで独身。宗教にはありがちな話で、司祭は結婚しては駄目なんだって。あれ? じゃあ、巫女はいいのかよ、とか思うのだが、まあ、既成事実ができちゃったら仕方ないって事なのかもな。まあ、その辺は、深く突っ込むのはやめた。
 で、結局、私を譲れ、譲らないの話し合いは、当然のようにエスクラシオ殿下に軍配があがった。アストラーダ大公殿下は、少し残念そうにしながら私に言った。
「お腹が空いたらいつでも神殿の隣にある控室においで。君のために何か用意しておこう」
 ……美形の上に、なんて良い人だ。ずっと、独身なんて勿体ないっ!
「これを甘やかさないで頂きたい」
 エスクラシオ殿下は、私が返事をする前に苦々しくそう言った。でも、駄目だとは言わなかったから、きっと、これからもお世話になるだろう。
 そして。
「小耳に挟んだのだが、クラウス殿下とディオ殿下と共に廊下で茶会をしたというのは本当か」
 翌日、カリエスさんにそう問われて、思わぬ事で城内での噂の伝達速度の早さを私は知る事が出来た。 ……いや、貴重な経験と良いデータ収拾が出来ました。有難う御座います、アストラーダ大公殿下。子猫はいただけないが、今後ともよろしく。
 こうして、めでたく私は間食を確保する事ができた。というか、餌付けされた?




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