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 広告代理店の企画と言っても、実際のところ、私ひとりで考えていたわけではない。よく誤解があるのだが、制作は基本的に下請けの制作会社――プロダクション、或いはデザイン事務所、時には、フリーのクリエイターなどが行う。私ひとりで企画を担当する事は滅多にない。結局、完成品のクオリティを考えれば、それだけのノウハウと横の繋がりを持つプロに任せるのが妥当だ。
 広告代理店はクライアントから依頼を受けて、下請けに発注する。下請けの人たちは打合わせの後、なん点かの切り口の違う企画案を提出する。私は共に考えながらも打合わせてそれらを選別し、また使えそうな案を叩き台として更に煮詰めた後、下請けがクライアントに提出用に体裁を整えた基本企画案を一点から数点提出。私はそれを持ってクライアントに説明。クライアントはその中から、良いと思われるのを一点、選ぶわけだ。だが、またそこで、具体案を見て思い付いたクライアントからの新しい提案もあったりもする。それが予算内で可能か、物理的に可能かどうかを私は判断し、可能であればそれをまた下請けに伝え制作を開始。不可能であれば、実現可能な線で妥協案を考えて提案。擦りあわせを行う。……まあ、結局、基本案通りに形になる事など稀って事だ。たとえ、それがどんなに良い案であっても。
 代理店の主な仕事は文字通り代理する仕事で、制作会社とクライアントである企業の橋渡し役だ。平たく言えば、仲介業者。だから、実際はクリエイターとは言いきれない立場だ。
 だが、今回は、企画から発注、制作までぜんぶ自分の手でやらなければならない。というか、発注先ってどこよ?

 アストリアスさんとの交渉は、一勝一敗。
 街に下りることは、やはり許されなかった。話すだけの相手も急場なことで適当な人材が見付からず、お流れ。仕方ない。
 だが、傭兵さんに関しては、先の戦から居残っていた人がひとりいるそうだ。その人と会わせて貰えることになった。
 面談には、カリエスさんが同席する事になった。だが、基本的に会話には口を出さない約束。というより、元より寡黙な人であるから、出来ないだろう。
「俺に聞きたいことがあるってのは、あんたか」
 前庭西側、地下一階。訪れた先の薄暗い部屋でその人はベッドの上に腰掛けて言った。
 饐えた臭いのする男臭い部屋だ。正直言って、長居したくない。
「はい。キャスと言います。お時間をとって頂き、有難うございます。よろしくお願いします」
「レキだ」
 面倒臭そうな口調に斜に構えた態度は、如何にも腕いっぽんで世間を渡ってきた者らしい雰囲気だった。
 外見は、伸ばした栗色の髪を後ろでひと括りにし、口回りや顎には無精髭が残っている。身に着けているのは、シンプルな胸元がボタン留めになっている、よくあるタイプのTシャツに、チノパンに似たタイプのゆったりめのズボン。足下は履き古した革製の紐つきブーツ。まあ、最後にいつ洗濯したのか分からないが、お世辞にも身綺麗とは言えない。
 年齢は判断がつかない。二十代後半か、三十代半ばかそれ以上か。若くも見えるが、それ以上に世馴れた雰囲気も感じる。
 顔立ちは悪くはなく、身綺麗にすればハンサムとも言えないこともないだろう。だが、ふたりきりで会うとすれば、流石の私も腰が退ける怖さを感じる。凄みというものがある。
 太い腕。頑強そうな体つき。大きな足。そして、すぐに手の届く位置に置かれた、幅広の剣。座っているから分からないが、立てばかなりの身長だろう。
 実は、内心、びくびくものだ。カリエスさんがついてきてくれて助かる。
 私は、ベッド脇に置いてあった椅子に腰掛けた。カリエスさんはドアに凭れて立っている。
「で、俺に聞きたい事って」
 斜向かいの位置に座るレキさんは、私を見て言った。
「ええと、傭兵ってどうやってなるもんなんでしょうか」
 僅かに片方の眉が動いた。
「戦がありそうな国へ行って、雇って貰えたら戦場へ行って戦う。戦いが終ったら次に戦がありそうな国へ行く。それだけだが」
「でも、元々、別の国で生まれ育ったんですよね。それに、いきなり経験もなくってわけにはいかないでしょう。元は兵士か騎士だった経験のある方がなるもんなんじゃないのですか」
「ああ、そうだ」
「傭兵をやっている方って数は多いんですか」
「さあな。顔見知りは数人いるが」
「同じ国に雇われて知り合ったりするんでしょうか」
「そうだな」
「敵同士にもなったりしますか?」
「そういう事もある」
「そういう場合、戦いにくくないですか」
「べつに。俺たちは報酬に見合っただけの働きをするだけだ。誰が敵だろうと味方だろうと関係ない」
「でも、お互いの実力や、手の内を知っていたりもするんでしょう。同じ立場の仲間としてお話もするでしょうし」
「多少はな」
「仲間意識みたいなもんはないんですか」
「なにを言わせたいんだ、あんた」
 睨まれた。ランプの灯の加減か、瞳の色が金色に見える。マジ、怖っ! エスクラシオ殿下とはまた違う怖さだ。威嚇する犬を目の前にしている感じ。マジ、びびる。いや、でも、ええと……
「言わせたいことは何もないです。個人的な事で参考にさせて頂きたいので、正直に答えていただければ有り難いですが、言いたくなければ答えなくて結構です」
「個人的な事って」
 鼻先で笑われた。ちょっとムカツクが、まあ、仕方ないのだろうな。
「大した事ではないです。質問続けても良いですか」
 問い掛けに答えはなく、促すように顎先が動いた。
「例えば、戦となれば、少なくとも二国があなた方の雇い先の候補になるわけですが、その場合、どういう基準で一方を選ぶ事になるんでしょうか」
「報酬の額による」
「でも、報酬が高くても、戦で負けると思う国には手を貸しにくいのではないのですか」
「人による」
「それは、しがらみとかあって、ですか」
「そういう場合もあるだろう」
 分からん。他の理由もあるんだろうが、この人は教えてくれなさそうだ。
「……では、例えば、戦いの最中に戦況が著しく悪くなって敗北が感じられた時はどうするんでしょう」
「それも人それぞれだ」
「あなたの場合は? 例えば、今、ランデルバイアにいるわけですが、もし、敗けるな、と感じた時はどうしますか」
 ちらり、とカリエスさんの方に視線が動かされた。
「さあな」
 ……逃げるな、多分。
「じゃあ、あともうひとつだけ、教えて下さい。情報を売り買いする情報屋はいますか。この城下町だったら、何処の誰でしょうか」
 そこで初めて、レキさんは、にやり、と笑った。
「それは、ただでは教えられないな」




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