- 11 -


「……そうですか」
 私はメモを閉じた。こう非協力的では、これ以上なにも話さないだろう。
「お話は以上です。有難うございました」
「おいおい」
 立ち上がる私を引き留める声があった。
「情報屋が誰か知りたいんじゃないのか」
「まあ、知りたいと言えば知りたいですけれど、別に知らなくても問題ないですから」
 使える者を使うだけだ。
 行こうとする私の手が取られた。
「まあ、待てって」にやつく笑い顔が、私を見上げた。「そう急ぐこともねえだろ、小リスちゃん」
 今度はリスか。ほんとに、どうなってんだ、この世界の男どもの感性は!
 カリエスさんが動こうとするのを、視線で制した。
「用は終りました」
「そうつれなくするなって。あんたみたいなお嬢ちゃんが、どうしてこんな事を訊きたがる」
 女だって分かったのか。ああ、セクハラオヤジか、あんたは。
「理由は説明しました」
「いや、そうじゃないな。あんた、一体、何者だ」
「べつに。見たまんまだし、話した通りですが」私は溜息を吐いて言った。「でも、あんまり絡むと、ろくな事になりませんよ」
「へえ、どうなるんだい」
 小馬鹿にした笑い。手首を握った手が指先を伸ばし、袖の奥を撫で回している。お尻を触ろうとしないだけ、まだマシか。
「実は、私にはある男に散々弄ばれた揚げ句に捨てられ、自殺した女の人の亡霊が取り憑いているんです。タイロン神の下にも行けず、かといって地獄にも行けず、何がいけなかったのか、私に取り憑いたまま離れないのです。その女の人が夜な夜な私の夢に現れては、その男の人を捜してくれって泣きながら頼むんです。毎夜、その男を見付けて殺すまではこの世を離れられないと言って。その男の人に対する気持ちが鎖となって、彼女をこの世に留めているそうなんです。ですから、私から離れる事も出来ないそうなんです。そのせいか、私に近付こうとする男の人は無関係にもかかわらずことごとく不幸なめにあって、私も困っているんです。原因不明の熱病に一週間も苦しんだり、屋根から落ちて首の骨を折って死んだ人もいます。他にも、最初はちょっとした傷だったのが、みるみる内に腫れ上り、結局、その脚を切断しなければならなかったり。実は、私もその人が取り憑いて以来こんなこの髪の色にもなってしまいました。ディオクレシアスさまはこんな私を憐れんで下さり、手を貸して下さる事をお約束して下さいました。それで、今、こうしてそれらしき人を捜しているのです。兵士か、傭兵か、騎士かその辺がはっきりしないのですが、早く見付けないことには、これ以上、不幸になる人を増やすわけにはいきませんし」
 お、手が離れた。顔を見れば、心なし顔が引き攣っている。
「その……取り憑いてるって女の名は?」
「アイリーンというお名前だそうです」
 どこかで耳にした事のある名前を適当に言った。
「……アイリーン」
 心当たりあるのか。
「そんなわけで、このような恰好をしてその男の人を捜しているわけなんです。お分かり頂けましたか」
「お、おう」
「貴方がその方でない事を祈ります。では」
 私は、幾分、顔色を悪くしたレキさんを置いて、さっさと部屋を出た。

 はあ……
 部屋から出て暫く歩いたところで、私は漸く深く息を吐いた。
「あーっ、怖かったぁ」
 と、そんな私にカリエスさんから問い掛けがあった。
「キャス、さっきの話は、」
「さっきの話?」
「アイリーンという女の話だ」
 見上げれば、カリエスさんの表情も幾分、強ばっている。……ひょっとして、君まで心当たりあるのか? なんだ、『私は実直です』ってな顔していて、意外に隅に置けないなぁ。
「ああ、あれ、嘘ですよ。その場の口から出任せです」
「嘘、なのか」
「はい。本気にしましたか」
「いや、そういうわけでは。君の事情は知っているし。ただ、余りにも話が真に迫っていてだな、」
 ほお、あの程度で。突っ込みどころは満載の筈だが、まあ、不幸に関してはありがちな例を出したからな。感染症とかインフルエンザとか、その辺が良かったか。
 冗談のつもりだったんだけどな。リアクションに困ったところを躱すつもりだったんだが……しかし、そうか。日本では馬鹿にされる話も、科学以前のこの世界では通用するのか……
「ふうん、面白いですね」私は動揺するカリエスさんを横目で見ながら笑った。「で、カリエスさんの知っているアイリーンさんってどんな方なんですか」
 それには、咳払いだけが答えた。
 ……オトコってほんと、こういうところがお馬鹿だ。可愛いくらいに。

 さて、あとは、これまで得た情報でどうやって組み立てるか、だな。




 << back  index  next >>





inserted by FC2 system