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 この世界に来ていちばんのギャップを感じる事と言えば、人のものの考え方やとらえ方の違いだ。
 私を指して、ウサギだの子猫だのと小動物に例えることもそうだし、馬鹿馬鹿しい子供騙しな話に意外にも素朴な反応をみせたり。
 科学とメディアが未発達なこの世界では、真実としての知識というのは未だ確立されていない事に気付かされる。迷信や神話が強い影響力を持っているわけだ。おそらく、天動説時代レベルの。
 私なんかは、まだ分かっていない事や知らない事も多いけれど、科学的真実の価値が尊ばれる世界から来た分だけ、或いは、ありとあらゆるエンターテイメントの洗礼を受けている分だけ、この世界の人たちよりも感性はスレているだろう。
 でも、これを利用しない手はない。

 三日目の約束のプレゼンテーションの日。
 徹夜して昼過ぎまでかかって、基本構想を打ち立てた。眠い。でもそれ以上に緊張する。日本で仕事している時も、いちばん緊張した時だ。うう……こんなん久し振りだ。いや、下手したら、文字通り首を斬られるかもしれない。
 それでも、女は度胸。
 息を吸って吐いて、エスクラシオ殿下の執務室の扉をノックした。そして、扉を開ければ、広めのマンション一室分はあろうかという広々とした部屋の真正面に窓を背にしてでっかい執務机が置かれ、そこでデスクワーク中の殿下がいた。
「来たか」
 ちらり、と私に目をやって言葉があった。
「出来たのか」
「はい。基本構想だけですが」
「では、暫し、そこで待て。フィリット、アストリアスとセグリアを呼べ」
「畏まりました」
 部屋の隅に置かれた小さなデスクで仕事をしていたフィリットと呼ばれた男性は直ぐに立ち上がると、一礼をして続き部屋の戸の方から出ていっては、直ぐに戻ってきた。どうやら、続き部屋の方に殿下のスタッフが、何人かいるみたいだ。
 椅子を勧められるわけでもない私は、そのまま扉近くにぼうっと突っ立って待っていた。およそ、十分近く。その間、殿下は完全に無視状態。いい加減、怠くなってきた頃ノックの音がして、アストリアスさんともうひとり、初めましての人が顔を出した。
 そのセグリアさんという人は、年の頃はアストリアスさんとそう変わらないだろうか。もう少し、若いかもしれない。色素の薄さが際立つ容貌をしていた。ひとことで言うなら、氷の印象。癖のない肩までの銀髪に鋭く切れ上がった薄青い瞳。高い頬骨に高く尖った鼻先。薄い唇。第一印象からして、如何にも冷たい感じの人だった。
 ふたりは殿下の前に出ると一礼をしつつ挨拶をして、その間にフィリットさんが殿下の前に用意したふたつの椅子に腰掛けた。
 さて、と言い置いて、エスクラシオ殿下は椅子の背に体重を預けた。
「話を聞こう」
「……はい」
 いや、ほんと偉そうだ。同い年とは思えない位に貫録がある。生まれ育ちの差か、経験値の差か。多分、その両方だろう。
 私はこの人の実力をまだ知らないが、こうして対しているだけで、その有りようが伝わってくるようだった。それに、ちょっとはいい恰好をしなければ、という気になってしまうのは、私の見栄か。
「まずは、こちらを。内容説明になっています」
 私は前に出ると、エスクラシオ殿下に作成した企画書を手渡した。
「ごめんなさい。殿下の分しか御用意していなかったので、おふたりには口頭のみで説明させて頂きます」
「いや、構わないよ」
 アストリアスさんが、私に微笑んで答えた。それで、少しだけ落ち着くことが出来た。
「では、まず今回、私の方から提案させていただく企画の概要から説明させて頂きます」
 私は、この世界に来て初めてのプレゼンを開始した。

 構想の骨子としてはこうだ。
 戦の勝敗を大きく左右させる要素として、兵士の士気が重要になってくる。だから、これに働きかける情報を計画的に流布し、広める。
 広める対象は、大きく分けてふたつ。
 敵国の兵士と国民。
 内容は、兵士に対しては、偽の情報を含めた脅しと上層部に対する信頼を失わせるもの。国民に対しては、自国の兵士に関する悪い噂を流すと同時に、ランデルバイア軍に対する良い印象をも植え付ける。敵国民に対する暴力、略奪行為の徹底禁止。途中、物資を購入するに於ても、適正な価格での購入。
 それにより、相手国兵士全体の士気の低下を招き、尚且つ、各攻撃毎に効果的な同様の手段も打つ。
「実際の効果は前例がないために未知数ではありますが、戦う以前に敵軍の兵士の敗走を促すものであり、また、精神的混乱を招くものです。結果、無駄な死傷者数を減らすと共に戦場の縮小を意図しています。つまり、それは、周囲にある畑などへの被害を減らすことに繋がります。そして、これは主にグスカに対して行うものであり、ファーデルシアに関しては、グスカ戦に関する結果が流れるのみで充分、有効かと思います」
「グスカのみに行う理由は」
 ここでセグリアさんから質問があった。男性としては少し高めだが、硬質な声だ。
「ファーデルシアは、既に背水の陣と言っても良い状況にあります。ここで必要以上に圧力を与えれば、黒髪の巫女を現段階で公にする事で国民感情に訴えるという事も考えられますし、また、他の国々に対し、救援を要請する可能性も考えました。それは当方にとっても、後々、面倒を引き起こす事になるでしょう。ですので、これ以上、追い詰めることをせず、静観します。おそらく、グスカに対しての我が軍の勝利の情報だけで、充分に効果は発揮されるかと予想されます」
「なるほど。しかし、グスカにしろ、敵軍の中にこちらの手の者を紛れ込ませる必要があると思われるが」
「はい。その方法は現在模索中ではありますが、今、考えられるものとしては、傭兵、或いは、傭兵を装った我が軍の兵士を送り込む。或いは、手間と時間がかかりますが、まずは国民の方に情報を流し、間接的に兵士に届かせるという方法も考えられます。しかし、具体案までには他の方法も検証すべきと考えています」
「では、現段階では実行は難しいという事か」
 う。
「確かに、直ぐに、となると難しいと答えざるを得ません」
 私の答えに対し、セグリアさんは初めて微かな笑みを浮かべた。うー……この人、気が合わないタイプだ。合わせる気がないというべきか。言っている事は尤もだけれど、端から私を見下している感じを受ける。




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