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「そんな事は気にしなくても良いと思いますよ」
 剣の訓練場で柱に凭れながらの休憩時間、グレリオくんは答えた。ちょっと意外。逆のことを言われるかと思った。
「貴方は貴方らしくしていれば、それで良いと思います」
「そう?」
「はい。貴方は思いきった行動や言動を取られるが、最低限の礼儀は弁えておられると思います。そこに失礼がなければ、特に変える必要はないかと私は思います」
「でも、気を悪くする人もいるでしょう」
「そんなのは、放っておけばいいんです。貴方は殿下がお認めになられて、それでお仕えする事になった。それで充分でしょう。元より身分に左右されて態度を変えるなど、騎士には有るまじき行為です」
 やけにはきはきと答える。ボク、なにか怒ってる?
「……私、騎士じゃないよ」
「でも、騎士団には所属しているわけですから」
「そうなの?」
「ディオ殿下の下で働く時点で、そうなる筈ですよ。聞いてないんですか」
「はい。今、初めて聞きました」
 宣誓をしてからはなし崩しで、殆どなんの説明もなく今のポジションにいる。
 まったく、とグレリオくんは腹立たしげに溜息を吐いた。
「最近の殿下のお考えは、私には分かりかねます。特に貴方への扱いについては理解を超えます。貴方を殺すことなく置いておかれる事に関しては賛成するところですが、なにも軍の仕事をさせる事はないと思います。女性を戦に関らせるようとするなんて」
 ありゃあ、怒っているなぁ。レディファーストが叩き込まれているとそういう考えになるのか。
 でもなぁ、実際、こうする以外になんの役に立つか、と言われれば怪しいものなんだよなぁ。やれ、と言われればやるけれど、それにしても向いた仕事とは限らないわけだし、最初から上手くできるとは思えないし。それならば、上手くやれるかどうかは分からないけれど、少しはノウハウを知っている同じ畑を耕していた方がまだマシかもしれないってくらいで……でも、こうなってみると、私は潰しのきかないタイプなんだなぁ。
「兎に角、周囲からなにを言われても気にする必要はないです」
 やけに力の籠った言葉を貰った。
「そうかな」
「はい」
 で、君、さっきから一体、なにをそんなにむくれているんだ?
「グレリオ」
 訓練を行う広場の向こうから、騎士の人の呼びかけがあった。手招きをしている。
「ここで少し待っていて下さい」
 そう言って、グレリオくんはその人のところへと走っていった。
 私は柱に凭れたまま、グレリオくんがその騎士さんと立ち話する様子をぼんやり眺めていた。ふたりは時々、こっちを見ては話している。私の事を話しているのか? と。
 あっ、グレリオくんが相手を殴りつけたぁっ! どうしたんだ、急に! なに言っているかよく分からないけれど、何か怒鳴りつけている。あっ、今度は相手の人が殴りかかって、うわーっ、喧嘩だ、喧嘩だあっ!
 訓練場にいた他の人たちが喧嘩を止めようと、わらわらと駆け付ける。けれど、その間も取っ組み合いは本格化し、ほかの騎士たちも引き離すのに必死だ。
 私も当然、放って置けずにその場に駆け寄った。
 グレリオくんは、地面に尻餅をついた状態で三人の騎士に取り押さえられながらも、まだ飛びかかろうとジタバタもがいていた。  相手の騎士は立っていたが、やはり怒りの形相で前に出ようとするところを羽交い締めにされ、更に前に出ようとするのをもうひとりの騎士に止められていた。
 相手の騎士が怒鳴った。
「人が親切で忠告しているものをなんという態度だっ!」
「放っておけと言っているだろう! 余計なお世話だっ!」
 グレリオくんも負けじと怒鳴り返す。
「貴様も呪いにかかって死ぬかもしれないんだぞっ! それでもいいのかっ!」
 え、呪いですか?
 相手の騎士が、近付いた私を指ささんばかりに睨みつけた。
「戦を前にそんな事で命を落としては、騎士として恥でしかないだろうっ! だから忠告してやったというのに、それをなんだっ!」

 ……アイリーン大暴走だよ、おい。




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