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 この世でいちばん評価の難しい作品がなにかと言えば、それは自分の創りだした作品だ。どうしても、客観的な判断に欠ける。
 それと同じことが、自分自身に対しても言える。他人の目を或程度は気にしていても、限界がある。実際にそれがどういう類のものか判断を間違えていたり、気付かなかったりするものだ。特に、私みたいに自身に対して大ざっぱな性格の人間には。
 新しい環境に馴れるのに精一杯であったりすれば、よけいに。

 プレゼンを行ってから一週間が経った。
 あれから、エスクラシオ殿下からはなにも言って来ない。アストリアスさんからは一度、呼出しを受けて、グレリオくんの喧嘩に関連する報告を求められはしたが、企画自体についての返答は何もなかった。
 その間も、私はあるかもしれない遣直しの為に企画を練り直してみたり、既存案を煮詰めたり、訓練に勤しんでみたり、アストラーダ殿下とお茶をしたり、と概ね平和な時を過していた。
「おはようございます」
「やあ、おはよう」
 グレリオくんの喧嘩の件以来、怪我の功名か、数人の騎士さんとは挨拶や短い会話を交わせるようになった。あの聞き取り調査が、私の新入の挨拶代わりみたいなもんになったらしい。
 未だアイリーンの呪いに拘り近付いて来ない人もいるが、そうでなく声をかけてくれる気さくな人もそこそこいた。
「ウサギちゃん」
「ランディさん、おはようございます」
「おはよう。今のは」
 たった今、挨拶をして擦れ違った騎士さんを振り返って訊ねる。
「ヒルゲイトさんですか」ランディさんが発する胡乱な雰囲気に私は首を傾げ、答えた。「挨拶をしただけですが」
 そう、とランディさんは緑の瞳を僅かに伏せた。
「なにか」
「いや、彼とは最近?」
「はい、ここ一週間ほどですが、会えば挨拶をするくらいで」
「何か言ってきたりする?」
「いえ、大しては。一度、街にいかないかと誘われましたが、禁じられているのでお断りしました」
「そう。他にもそういう者はいるのかい」
「はい、何人かは。あの、何かあるんでしょうか」
 妙な雰囲気だ。
 だが、ランディさんは、いや、と首を横に振り、
「さして気にする必要もないとは思うけれど、少し気をつけた方がいいかもしれない。あまり、馴れ馴れしくしすぎるようだったら、きっぱりとした態度を取って距離を置くようにした方がいい。それでも煩いようだったら、私でもカリエスにでもいつでも言ってくれていいから」
 君が言うかなぁ……
「身の安全の為に?」
「そうだね。それもある」
 まだ、なにか他にあるのか。
 なんだか嫌な感じだ。顔を顰めていると、頭に手が置かれた。
「ディオ殿下のお名前が君の後ろにあるから滅多なことをする者はいないとは思うけれど、それでも用心した方がいい」
 その言い方にはちょっとだけ、ムッとした。
「用心するってなにをですか。それも私の目の色に関係する事なんでしょうか。はっきり教えて下さい」
 すると、ランディさんの表情に苦笑が浮かんだ。
「詳しい説明は長くなるから、また今度。でも、そうだな、簡単に言えば、君自身が目的ではなく、君の後ろにいる方を目当てに近付く者もいるだろうって話だよ」
 そういう事か……ホント、男ってそういうのが好きだな。
「出世欲ってやつですか」
 だったら、仕方がない。
 それには、無言で首が竦められた。
「分かりました。気をつけます」
「野山を自由に跳ね回っていた君には関係のない話だけれどね。気に入らないのは分かるけれど、我慢して。君自身のためにね」
 私の頭の上で手が二回、跳ねた。
「……ひょっとして、派閥争いなんてのもあるんですか、騎士団内で」
 ふ、とした思い付きを口にしてみれば、やれやれ、と首が振られた。
「ウサギちゃんは、本当に敏いね」
 ああ、それは面倒臭いなぁ。
「了解しました。できるだけ人とは距離を置くようにします」
「ごめんね」ランディさんは困り顔で言った。「事が落ち着いたら、もう少し居心地の良い場所を提供できるようにもなるだろうし、それまでの辛抱だよ」
 事が落ち着いたら?
「はい」
 まだ、始ってもいないのに……いつ落ち着くというのだろう。それよりも、私はその時に、まだ生きているんだろうか?
 暫く忘れていたことを思い出したら、胸の内がざわついて少し鬱になった。

 昼過ぎ、いつも通りおやつを食べに神殿へ。
 向かう途中、廊下でセグリアさん……ガスパーニュ侯爵と擦れ違った。
 目上の人であるから廊下の端に寄って礼をしながら行き過ぎるのを待っていたら、私の前で足が止った。
「どういうつもりかね」
 刺々しくも、いきなり問い掛けられた。
「どういうつもりとは?」
 意味分からん。分かるように言ってくれ。
 少し顔をあげて顔をチラ見すれば、もんの凄い目付きで睨んでいた。こわっ!
「白々しい」、と吐き捨てるように言われる。
「聞けば君は、ディオクレシアス殿下の庇護を受けながらクラシェウス殿下の所にも頻繁に出入りをしているそうじゃないか。それはディオクレシアス殿下に対する背信行為だとは思わないのかね」
 背信行為? 裏切っているってこと?
「それとも、何も分からぬ無邪気さを装い、より益となる方を欲深くも選ぼうという魂胆かね」
「おっしゃっている意味がよく分かりませんが」
「王族である方々を誑かそうとしているのではないか、とそう訊いているのだよ」
 なんだそりゃ。
「滅相も。そんなつもりは毛頭、御座いません」
「では、どういうつもりだね」
 どういうって……おやつ貰いに。
「侯爵がお考えになっているような事はなにも。アストラーダ大公殿下とは、普通にお茶の時のお話相手を務めさせて頂いているだけです」
「ほう、話し相手とは上手く言うものだ。如何なる話をしているやら知れたものではないな」
 かちん、ときた。
 なんで、この人にそんな嫌みったらしく言われなきゃいけないんだ!? 一体、あんたに何の関係がある!?
「宜しければ、これから御一緒されますか。丁度、向かうところですので」
 皮肉っぽい口調でそう言ったら、ガスパーニュ侯爵は、「遠慮する」、と酷く腹を立てた様子でさっさと行ってしまった。
 なんなんだ! ムカツクッ!
 最初から、嫌みったらしいとは感じていたが、こうまであからさまにされると腹が立つ。理由が分からない分だけよけいにだ。
 いや、大体の理由の予想はつく。予想がつくから腹が立つ。
 私はむかっ腹を立てながら、具体的な内容を聞くために予定通りの道を進んだ。




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