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 現実にサバイバルなんてしたことはない。したいと思った事もない。キャンプにすら行ったことがない。私は、根っからのインドア派だ。
 でも、多少の知識なら持っている。インドア派の興味として。というより、何が企画のネタやアイデアに繋がるか分からないので、雑食的に知識を集めていたところがある。
 でも、まさか、実践する日が来ようとは思いもよらなかった。

 結局、夜が明けるまでその場に留まった。
 ここが何処か分からない事もあったし、夜はどんな獣がいるかも分からず危険だからだ。
 箱の残り火を薪にして、川辺で夜を過した。でも、それ以上の事は何も起らず、無事に朝を迎えた。
 朝になって改めて川を眺めれば、約十メートル幅ほどの浅く緩やかな流れをしていた。周囲は緑ばかりが生い茂る森林地帯だ。
 さて、でも、まずは朝ご飯。腹が減っては、だ。
 私は川に入り、上流側に石を真直ぐにならべて簡単なダムを作った。次に、漏斗型になるよう石や落ちていた枝を使って入り口の狭い囲いを作った。そして、暫し待っていると、運良く数匹の川魚が囲いの中に入ってきた。そいつらを追い回し、手づかみで掴まえた。ぬるぬるしていて掴みにくかったが、ニジマスっぽい魚を三匹ゲット。執念の勝利。やれば、出来るもんだ。
 それをそこら辺にあった枝で刺し、たき火で焼いて食べた。結構、美味しかった。塩気があれば、尚、美味しかっただろう。
 食事も終えたところで、移動開始。でも、行く先は?
 サバイバルの基本では、川下に向かうのが正解。川下の方が人家がある可能性が高いからだ。だが、私は川上から流されてきたと考えるべきだろう。そして、王城の地形から考えても、川上の方が近いだろうと考えた。
 そんなわけで、川に沿って上流に向かって歩き始めた。
 ところが。
 行けども、行けども、人の姿どころか人家の影すらなく、まともな道もありゃしない。最初は川の畔を歩いていたが、その内、岸もなくなって、土手を這い上がって川を下に見ながら獣道を行った。
「だぁーーーーっ! てやんでぃ、コンちくしょう! なんだ、この道はっ!」
 下草ぼうぼうで、枝を横に伸ばした木が生い茂る中を怒鳴りながら歩いた。癇癪を起こしていたこともあるが、まあ、それで獣も近付いては来なかっただろう。拾った長い枝を杖代わりにして、枝や蔓を払いながら、ひたすら歩いた。
 トゲトゲの枝で制服にはかぎざぎが出来て、あちこち、擦り傷、切り傷だらけ。
 しかし、私はよほど長い距離を流されたようだ。放り込まれた場所すら、半日歩いても未だ見当たらない。途中、箱が壊れて川の中に放りだされたり、よくしなかったものだと思う。それだけ箱が頑丈だったという事だろう。
 うう、それにしても、お腹空いた。
 食べられそうな木の実すら見付からない。というか、実際、どれが食べられる植物かという知識までは持っていない。イモムシやら食べる気しないし。いや、贅沢だとは分かっているんだけれどさ。ゲテモノ食いは、ギリギリまで避けたいっていうか……毒があるかもしれないし。手のマメは食べられないしなぁ。
 水は、葉っぱについた朝露とか湧水を見付けて、なんとか凌いだ。でも、やっぱりからから。と思っていたら、雨が降ってきた。
 雨は土砂降りほどではなかったが、それなりに纏まった量になった。幸い、雷は鳴らなかったので、木の下で雨宿りをした。でも、折角だし、たき火をしてから少しは雨にも当って水分補給もした。
 ぼう、と降り落ちる雨をただ眺めていると、なんだか気分が落ち着いて、脈絡もなく、『ああ、生きているんだなあ』って実感した。
 不思議な感じ。
 酷い目にあっているって分かっているのに、何故か開放感みたいなものを感じている。
 凄く静かだ。
 雨音は聞こえていても、とても静かだ。
 樹木の匂いと水の匂いに包まれて、全身がリラックスしているのが分かる。
 ふ、と見上げた枝に、ピンク色の花が一輪、咲いているのに気が付いた。
 多分、私しか見る事のない花だ……そう思ったら、プレゼントを貰った気分で嬉しくなった。
 雨は一時間ほどで降りやんだ。どうやら、通り雨だったみたいだ。
 というところで、陽も傾いてきたので、野宿の準備を始めた。
 森の中、少々開けた場所で、一本の太く長い枝を拾ってきて、立木を支えるようにして斜めに渡し、蔓で固定したのち上にシュロに似た大きな葉を何枚もかけて簡易テントを作った。床になる場所にも苔や乾いた葉などを探して敷き詰めて、地面に体温を奪われないように保温。その夜はその中で寝た。
 うーっ、葉っぱにダニがついていたのか、あちこち刺されて痒い。お陰で疲れているにも関らず、あんまり良く眠れなかった。
 そして、二日目。
 流石に空腹にも耐えきれなくなったところで、途中、蛇をみつけた。
 私が唯一、判別できる食料だ。ガッツで叩き殺した。毒蛇かどうか分からなかったが、まあ、無事だったから良しとする。
 蛇は毒を持っていたとしても、頭部にしかない。まあ、元の世界では、の話だけれど。でも、内臓を取り除けば大丈夫だろう。だから、そこら辺にあった枝と、拾ってきた箱の燃え残りの金具を使って頭部を切り落し、皮を剥くと同時に内臓も取り出して、あとは、蒲焼きみたいに串刺しにして焼いて食べた。
 肉だけを見れば、良質のたんぱく質だ。本当は血も栄養になるって言う話しだけれど、流石にそこまでは出来なかった。その辺りが、私の根性はハンパなのかもしれない。
 蛇を食べたのは初めてだったけれど、というか殺したのも初めてだったけれど、案外、鳥肉に似た感じでイケた。まあ、これだけお腹が空いてりゃ、なんでも美味しいと思うのかもしれないけれど。
 そうやって半日歩いたところで、やっと、人工の橋を見付けた。木製の小さなものではあったけれど、間違いなく人が渡したものだ。どうやら、ここが叩き落とされた現場らしい。うわ、何キロ流されたんだよ? 本当に頑丈な箱だったんだな。
 橋の上から下を覗いてみると、川幅は半分ほどになっていて、深さもかなりありそうだった。
 それにしても橋があるからには、やっと道らしき道に出れたってわけだ。地面を見れば、泥で固まった轍の跡が幾本もついている。
 ……さて、次は右に行くか、左に行くか。
 要はどっちが人の集落に近いかという事になるのだが、これは勘と運に縋るしかない。昔ながらに道の真ん中に棒を立てて、倒れた方に進む事にした。
 結果、左。そのまま道を歩き進んだ。でも、道であるから、人と出会う可能性も高い。それが良い人かどうかも運次第だ。
 もう、ここまで来ると、ヤケクソというか、投げ遣りにもなっている。どうにでもなれって感じ。
 ああ、もう、しんどいよ。疲れた。筋肉痛であちこち痛い。脚なんかパンパンに張っている。この二日間で一年分の距離を歩いた気分だ。痛いよう。
 橋から休み休みいって数時間。拓けた場所に出た。いや、拓けすぎて地平線まで見えるわ。すげえ。
 ああ、これは畑か。なんだか、この盛り上がった畔に懐かしささえ感じる。ええ、あの耕していたのはいつの頃でしたっけねぇ……あー、誰かいないかなぁ。
 夕暮れの中、見回しながら歩いている内、遠くの方にひとつぽつんとした影を見付けた。
 ああ! あれは間違いなく人だぁっ!
 人の姿を見てこんなに感激したのは初めてかもしれない。走っていく元気もないので、そちらへと歩いていく。と、人家も見付けた。
 やった、やった、やったぁっ! 文明だ、文明開化だっ!
 まずは、人の方へ近付いていった。近付くに連れ、太った農家のおばちゃんらしい事が分かった。背中に籠をしょっている。
「すみませぇえん!」
 少し離れた場所から、まずは声を大きくして呼んだ。
「教えて欲しいことがあるんですけれどぉっ!」
 すると、こちらを向いたのが分かった。そこから近付いた。
 おばちゃんは、私の身長よりも少し高くて、如何にも丈夫そうながっちりとした体格をしていた。野良着というのか、綿の褪せた若草色のドレスを着ていなければ、おっさんと間違えそうだ。
「すみません、お訊ねしますが、ここどこですか」
「はあ」
 おばちゃんは驚いた表情で首を傾げた。




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