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 と、いうわけで。
 幌馬車に乗せてもらいました、ヤッホウ! 行き先は、当然、王都アルディヴィア。
「でも、ホントにいいんですか。逆戻りになるでしょう」
「いいの、いいの。気にしないで。こっちもそれなりに得あっての事なんだから」
 踊り子の姐さん――タチアナさんは、手を振って満面の笑みで答えた。

 タチアナさん達にとっての『得』。それは、アルディヴィアの都に入れることらしい。
 旅芸人は都の門の内には入れて貰えないのだそうだ。他のところでも、行けない所や入れない所がかなりあると言う。治安維持のためとか言って、身元の定まらない彼等は、滅多に通行証が下りないんだそうだ。だから、先頃までの滞在も、街を囲う塀の外にキャンプを張っていたらしい。でも、そうすると、お客も限られてくる。わざわざ塀の外まで見に来る客など知れているそうだ。勿体ない。
「だから、あんたが、あたしたちが都の内で興行うてるように口をきいてくれさえするなら、連れていってあげてもいいよ」
「許可できるのは上で私にはなんの権限もありませんが、言ってみるだけでも良いならば」
 まあ、それが出来なくても、礼金を払って貰うぐらいの事は出来るだろう。
「うん、いいよ」
 それで、交渉成立した。

「いやあ、運がいいわ、私達。これもタイロン神のお導きってやつ? 日頃から信心深くしておくもんよねぇ。まさか、あんな村であんたを見付けられるなんてねぇ」
 大口を開けて、タチアナさんは豪快に笑った。一見、フェロモンむんむん姐さんは、実はかなり開けっ広げな性格らしい。皆の会話を聞いていると、やっぱり、『姐さん』と呼ばれている。
「私のことは、お客さんから聞いたんですか」
「そうよお、お城の兵士さんも結構、見に来てくれてたからね。私達が出る時に、その内のひとりがすんごい勢いで走ってきて、あんたを見かける事があれば直ぐに教えてくれって。あんたがいなくなったって、お城が凄い騒ぎになっているって言ってたわよ」
「……あー、そうですか」
 それが三日前。私が攫われて四日経っているから、わりと早めにいなくなった事に気付いたんだな。騒ぎってことは、殿下が動いているのか? だとしたら、見捨てられてはいなかったってわけか。
「で、なんで、あんた、あんな辺鄙な村にいたの」
「ああ、まあ、色々ありまして。多分、聞かない方が身の為だと思います」
「ふうん、そお」
 そう言うタチアナさんの顔が、いきなりドアップになった。うわ、顔近い! 近すぎっ!
 私の顔を覗き込んで、タチアナさんは言った。
「ねえ、その目の色、ほんもの?」
 ああ。
「……本物です」
「へえ、ホントに黒いんだ」
 意味深な笑みを浮かべて身を引いた。そういう姐さんは明るい茶色の瞳で、ずっと私を見ている。その視線が照れ臭くて、私の方が目を逸らしてしまう。
「白髪で、騎士団の制服を着た華奢な十四、五才に見える子。そういう風に聞いてたけれど、瞳の色まで言わなかったのは、そういう事なのねぇ」
「それで、どうしますか」
 私は訊ねた。
「どうするって?」
 その顔に浮かんだ笑みは消えない。
「たとえば、他の人間に売ることも出来ますよ。この大陸の王ならば、言い値で買ってくれるかもしれません」
 笑みが消えた。
「それ、本気で言ってる?」
 瞬間、燃えるような怒りに取って代る。ああ……深い息が出た。それは、安堵という名の溜息だ。
「気を悪くさせたなら、すみません。ちょっと、今、他人が簡単に信じられない状況にいるので」
 おばちゃんやユマの村長さんは、顔を見ただけで信用できると直ぐに分かった。人柄が滲み出る顔そのものだった。あれで実は腹黒いと言うならば、それは騙されても仕方がないレベルだ。
 だが、タチアナさん達は違う。旅芸人という立場で人の中で揉まれて苦労してきただろう分だけ、当り前に小狡さも持ちあわせているだろう事は想像がついた。目端もきくだろう。その分の疑いは持ってしかるべきだ。だから、試させてもらった。悪いことだとは分かっていたけれど。
 それには答えがなかった。でも、タチアナさんの顔を見れば、すぐに分かった。哀れむような表情。この人は、思っていることが直ぐに顔に出る。嘘はつけない性質だ。少なくとも、今は、彼女だけは信用しても良いだろう。とは言っても、他に団員はいるから、完全に、というわけにはいかないけれど。
「……ずっと、こうして渡り歩いているんですか」
 気まずさを振り払う為に問うと、そうね、と頷く。でも、それ以上は会話にならなかった。
 ふいに、タチアナさんが歌い始めたから。
 踊りの名手は、歌の名手でもあった。
 どこか物悲しげな響きのある曲は外国のものらしく、言葉の意味は分からなかったけれど、身体の細胞の奥の方まで染込んでゆくような感じがした。




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