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 次の日も幌馬車に揺られて移動。途中、兵士に呼び止められて馬車内を改められるなんて事があったが、頼んで隠して貰って遣り過ごした。タチアナ姐さんたちは、それについて何も言わなかったが、やはり、少し不審な印象を受けたようだった。
 おおよそ夕方近くになって、一ヶ月近く前に見た事のある風景に私は出会った。
 山を背に扇状に広がる街並み。その頂上に立つ、四本の尖塔とドーム型の屋根を持つ城。
 二度目のそれに、初めて見た時よりも顔の強張りを感じた。
 それは、『帰ってきた』、というよりも、『戻って来てしまった』。
 そう思わずにいられなかった。

 昨夜、眠る前に、タチアナ姐さんは私にどこか思い詰めた表情で言った。
「ねえ、キャス。あんたさえよければ、これから先も一緒に連れていってあげてもいいんだよ」
 それは、私にとっても、とても魅力的な話に聞こえた。
「あんただって、ほんとは城に戻りたくないんじゃないかい」
 うん、戻りたくないな。このまま、一緒に旅に出たい。戦争なんて考えずに、身の丈にあった生活をしたい。
 でも、出来ない。この瞳の色がそれを阻む。いつか誰かが私を見て、きっと、また同じような事が起きるに違いない。それにこの人達を巻込むことは、私には出来ない。
「ありがとう。でも、帰ります。やらなきゃいけない事があるし」
「やらなければいけない事って?」
「友達を助けるんです。ファーデルシアにいる友達を」
「それは、大事な友達?」
「はい。姐さん達と同じように、私に優しくしてくれた人達なんです。だから、絶対に助けたいんです」
「……そう。もう、覚悟を決めてるんだね」
「はい」
 姐さんはほんの短い時間に、私の事をこの世界の誰よりも理解してくれたみたいだった。アーティストらしく、詳しい話はしなくとも感覚的に真実を感じ取る事が出来るのだろう。
「だったら、もう言わないよ。頑張って、その友達を助けておやりよ」
「はい。有難うございます。姐さん達も充分、気をつけて」
 これから起る嵐の中で、出来るだけこの人たちが傷つかないように。
 そう願った。

 衛兵の守るアルディヴィアの入り口の検問で、私の乗った幌馬車は当然の如く止められた。
「あんた達のお捜しの子をわざわざ連れてきてやったんだがね」
 リト兄さんがそう言うと、幌馬車の中を覗き、私を確認した。
「ここで下りろ」
 兵士は居丈高にそう命令した。
 ……ちっ、やっぱりかよ。多分こうなるだろう事は、先に皆には伝えてあった。だから、一座の人達は落ち着いていた。
「嫌です。この人達とでなければ、中には入りません」
 私は答えた。
「旅芸人は中には入れない決まりだ」
「そんなもんは知ってますよ。だけど、それだけの理由があって言っているんです。貴方で判断がつかないんだったら今から城に走って、私の直接の上司であるエスクラシオ殿下か、ガルバイシア侯爵の指示をあおいで下さい。それ以外の方の指示には従いません。そうなるまでは私は、絶対にここから動きませんし、城にも戻りません」
 きっぱりと言ってやった。
 一兵卒の身にはとんでもなく上にいる名に、驚いたようだった。
「さっさとしないと、後で叱責を受けるのは貴方ですよ。それだけの騒ぎにはなっているんでしょう。早くしなさい!」
 ちょっと脅すと、慌てて走っていきやがった。ふん、びびれ、びびれ! 三下野郎が!
「キャス、大丈夫なの、あんな言い方して」
 不安げな姐さんの問いかけには、「いいんですよ」、と私は鼻息荒く答えた。
「今回は弱腰になった時点で負けです。皆さんにはいっさい手出しはさせませんから、安心して下さい」
 ハッタリだ。でも、ハッタリ通す!
 暫く待っていると、今度は、普通の兵士よりはしっかりした防具を身に着けた中年のおじさんがやって来た。被る兜にも飾りがついて、中間管理職っぽい。おそらく門を守る責任者だろう。
「キャス・タカハラ殿で間違いないでしょうかな」
「間違い有りません。本人です」
「失礼だが、その証明となるものはお持ちでしょうかな」
 ……馬鹿野郎が。そんなもん持っているわけねぇだろうが。てめぇは持ってんのかよ!
「ありません」
「では、確認ができるまではお通しは出来ません。確認が出来るまで、どうぞ馬車からお下りになってお待ち下さい」
「それは出来ないと、先ほどの方にも言いました。確認作業をするというならば、ここで待ちます。でなければ、確認出来る者をすぐにここに呼びなさい」
「しかし、殿下を煩らわせるわけには、」
「ここでグダグダしている事の方が殿下の心証を悪くするって言っているんですよ。貴方にも家族はいるでしょう。二度と会えなくなってもいいんですか」
 ふん!
 喧嘩腰に言えば、納得いかない表情を浮かべながらも管理職っぽいおじさんはすごすごと引き下がった。
 けっ! なんちゅう、要領の悪いやつらだ。んな事やっているから、肝心な時に迅速な対応ができないって言われるんだ!
 それから、更に暫くして。馬の走る音が聞こえてきた。
「おい、今度は騎士が来たぜ」
 リト兄さんが教えてくれた。
 騎士って誰。
「キャス・タカハラ、城より迎えに来た。速やかに馬車を下り、従うように」
 そう言った人は、どこかで見た事があるような顔だが、名前も知らない人だ。
「失礼ですが、それは、どなたよりの御命令でしょうか」
「ルスチアーノ騎士団長よりの命である」
 やっと知っている人の名が出た。ルスチアーノさんは、まだ信用できる。が、完全にじゃない。それに、この騎士は信用できない。
「だったら従いません。再三、申し上げている通り、エスクラシオ殿下かガルバイシア侯爵の直接の御指示があってと証明できない限りは、ここからは動きません」
「それでは、この者たちに迷惑がかかる事になるだろう。困ることになるのは君だと思うが」
 ハッ!
「弱い者を楯にとっての脅しとは、騎士の風上にもおけませんね。貴方の身分がどれほどのものかは知りませんが、ランデルバイアの騎士の恥とは思わないのですか」
 お呼びじゃねぇわ! とっとと帰れっ!
「私が何故ここにこうしているか、これだけの要求をしているか、あなた方には関係のない話でしょうが、それだけの覚悟をして言っているんです。その私を力づくでも従わせるというなら、のちに自分の首が胴体と離れる事を覚悟しなさい。でなければ、もう一度、城へ戻って納得できる対応をして頂けるよう要求します」
 おいおい、とリト兄さんの呟く声が聞こえた。
 ちっ、と騎士は舌打ちをし、私を睨んだ後、その場を立ち去った。
「キャス、騎士相手にあんなこと言って大丈夫なの? あとでどうなるか分かったもんじゃないよ」
 本格的に不安になったらしいタチアナ姐さんに、私は笑いかけた。
「大丈夫ですよ。もう、それだけの事は経験済みですから、今更、何があっても知ったこっちゃないです」
 でも、幌馬車の中の空気は、もう戦々恐々。
「すみませんけれど、もうちょっと我慢して下さい。ここで折れたら、私も生きて帰った事を後悔することになりそうなんで」
「それって、あんた、」
「あ、また騎士がきたぞ、今度は三人だ」
 お? 今度こそ、か。
「ウサギちゃん! 無事かっ!?」
「ランディさん、遅いです」
 ……はあ、やっとだ。
「すまない。城内も混乱していてね。こちらまで連絡が行き届かなくて……ああ、また酷い有り様だね」
「御無事でしたか……良かった。いなくなったと分かって、直ぐに捜索は始めたのですが見付からなくて……本当によかった」
「ありがとう、グレリオくん。心配かけたね」
「生きていたか」
「カリエスさん、ボロボロですがなんとか生きています」
「そうか、それだけでも良かった。事情は後で聞く。取り敢えずは城へ。殿下がお待ちだ」
「この人たちも一緒でいいですか。旅芸人の方達なのですが、途中、助けて頂きました。お礼をしたいのですが」
「ああ、そういう事ならばいいだろう。我々が先導するので後をついてきてくれ」
 カリエスさんの促しに、リト兄さんは私を振り返ったが、頷くと馬を走らせ始めた。
 ふう、とタチアナ姐さんが安堵の息を溢した。
「あの人達は、信頼できる人たちなのかい」
 そう訊ねられた。
「そうですね。信頼はしていませんが、信用はしています」
 そう答えたら、分からない、といった風に眉がひそめられた。

 そうして、私を乗せた旅芸人一座の幌馬車は街の中に入り、そして、王城を目指した。




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