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 連れていかれた先は、東の棟、四階。
 妙に豪華な部屋に放り込まれ、メイドさん達に裸にひん剥かれて風呂に突っ込まれ、頭の先から足の先まで、泡塗れにされた。
 ……あいたたたた、傷に沁みますぅ。痛くて、泣きそう。
 制服の下はえらい事になっていた。切り傷、火傷、虫さされに痣だらけ。それを見たメイドさんはきゃあきゃあ騒ぎながら、医者を呼びに走っていった。いや、救急箱くれたら、自分でやるから。
 その間も、わっしわっし、と毛むくじゃらのペットにするみたいに全身を洗われた。
 本当は他人にそんな事はさせたくないし、されたくもないんだが、いかんせん、もう抵抗する体力が残っていなかった。されるがまま。好きにして、の状態。久し振りの風呂も気持ち良いんだか、なんだか……ああ、でも、石鹸のいい香り。久し振りに嗅いだな、こんな匂い。
 風呂から上ってぐったりしたところで、医者の登場。
 バスローブ姿で、あちこち軟膏塗られて、包帯をぐるぐるに巻かれた。あと、なんだか分からん薬湯みたいなものを飲まさせられた。
 その間もメイドさんに、肌触りの良いタオルで、頭をわっしわっしと拭かれて、乾いたあともなんか塗られて手入れされた。
 それが終ったら、部屋着みたいなシンプルなデザインのワンピースが用意されていて、それを着た。なんかてるてる坊主そのまんまな感じだった。でも、文句言う気力もなかった。
 そこまできたら、眠くて仕方がなかった。起きていようと頑張っていても、気が付くと頭が落ちて目が覚める。けれど、すぐにまた、睡魔が容赦なく襲ってきた。
 船を漕いだその状態で、手足の爪の手入れなんかもされた。エステみたいだ。
 そこからは記憶が曖昧で、食事が用意されているとかメイドさんが言ったけれど、首を横に振った事は覚えている。よたつく足で歩いた覚えもあるけれど、そこからどうしたものか。
 目が覚めたら、アール・デコ調の豪華なベッドの中で眠っていた事を知った。

 身体が安心したせいだろう。一気に五日間の疲れが出たようだ。それから二日間、高熱を出してぶっ倒れていた。
 比較的、身体は丈夫な方で、これまであんまり大病とかしたことがなかったので、自分で吃驚した。立った途端、天井が回るなんて経験、初めてした。
 でも、気付いたメイドさんが、また、きゃあきゃあ騒いでお医者さんを呼んでくれて、その後もメイドさん達が代わる代わる看病してくれたお陰で安心して寝てられた。
 西の自分の部屋で同じ状態だったら、泣くしかなかったな。その辺は感謝だ。ちとばかしウザいところもあったけれど。
 ……しかし、良いのか、この部屋に居っぱなしで?

 三日目、全快。
 朝から、胃に優しいものと用意された朝食を食べた。オートミールみたいなやつ。味はいまいちって言うか、奇麗な食器に盛られていたから、その分、美味しく感じただけかもしれない。
 やっと頭も働き初めて冷静になったところで、えっらい自分が甘やかされている事に気が付いた。
 これは、私の拉致を許してしまった殿下の詫びのつもりなんだろうか?
 だとしたら、許してやるしかないだろう。……うむ、苦しゅうない。
 改めて滞在中の部屋を眺めてみれば、広さとしては私の書斎とそう変わらない。だけど、豪華さと明るさが格段に違う。いや、流石、東側四階。眺めがいいわ。充分に大きさのある窓から、都を囲む壁を越えて遠くまでが見渡せる。
 部屋は、意外にシンプル。石壁を隠すようにタペストリーの装飾や風景画がかけられ、高級そうな飴色の調度品が置かれている。アンティークショップで高値をつけられているようなやつだ。猫足の、曲線が目立つデザインの棚とか。ゴブラン織っぽい布の貼られたカウチのセットとか。食事の時に使ったせいぜい二人がけのテーブルセットとか。
 でも、意外とがらんとしている。殺風景ではないが、普段、人が使っているようには見えない部屋だ。ホテルっぽい生活感のなさ。ドアの外に、常時、衛兵さんがふたり立っている以外は。
 因みに寝室は続きの別部屋となっている。猫足のバスタブが同じ部屋にあるってのが日本人としては疑問だが、まあ、概ね、部屋としてはこっちも似た感じだ。
 お風呂時は、空のバスタブがどこかに運ばれていって、お湯が入った状態でまた戻ってくる。で、入った後もそのまま運ばれていって、また空になって戻ってくる。だから、私の移動は少なく、労力もいらない。
 そう思って見ると、貴賓室の一室なのか、と思う。
 因みにトイレはどうなっているかというと、当然、水洗ではない。まあ、それ以上の事は具体的には説明したくない。お腹を壊したら悲惨だろうな、って感じだ。だーっと南側面との角まで廊下を走っていったそこにある。場所は違うが、奇麗さが違うだけで基本的造りは西棟でも似たようなものだ。
 まあ、そんなわけで。
 食事を終えたあと、また風呂の用意がされて突っ込まれた。二日間、寝っぱなしだったからベタベタではあったから良いんだけれど、メイドさんにして貰うのはやはり慣れない。
 今度は、「自分でやる」、と言ったら、「駄目です」、と意外にもうむを言わせぬ強い返事を貰って、黙るしかなかった。
 ……メイドさん達、怖いよ。力も強いし、逞しそうな人が揃っている。どうやら、風呂の用意とか食事の用意をするだけで、日々、筋トレをしているのとなんら変わりがないようだ。なんせ、四階だから、日常の階段の上り下りだけでも、足腰は鍛えられるはずだ。多分、剣を持たせたら、私なんかよりずっと強いと思う。その手の喫茶店にいるみたいな、『うふっ』とか、『きゃあ』とか、言いそうな女の子はひとりもいない。口数少なくきびきびと働いている姿には、プロ根性さえ感じる。
 それからも色々世話を焼かれて、新しく用意された制服に着替えた。
 何故かメイドさん達は、着替え終った時、全員、むっ、とした表情をしていた。
 そして、私は言付け通り、エスクラシオ殿下の執務室に出頭した。

「やっと来たか」改めての再会にも、私の上司は相変わらずだった。「体調は」
「お陰様でなんとか」
 私も相変わらずだ。
 部屋にはアストリアスさんと、珍しくカリエスさんだけが同席していた。
「では、何があったか話せ」
 今日は椅子に座る事を許されて、私は五日間の出来事をかいつまんで話し始めた。

「……というわけで、やっと農家の方に出会う事が出来て、状況を知ったわけです。ですが、これまでの経緯を考えますと、迂闊に他に助けを求めることも出来ず、そこからも自力で人を伝ってあの旅芸人の方たちと出会い、戻って来れたわけです」
 かなり簡潔に話したつもりなのだが、途中、入った質問に答えたところ、私は彼等にとってはとんでもない事をして生き延びてきたらしい。アストリアスさんは指先で額を押さえて考え込み、カリエスさんは答える度に口を開けて呆れた後、唸り声をあげていた。
 ただ、エスクラシオ殿下だけが、多少、眉をひそめる事はあっても、ひとり淡々とした表情で私の報告を聞いていた。
「それで、領主の名は聞いたか」
「はい。フィディリアス公爵と聞きました」
 その時初めて、殿下の顔色が変わった。殿下だけでなく、アストリアスさんも弾かれたように顔を上げ、カリエスさんは、はっきりと息を呑む音を響かせた。
 ……なんだ、なんだ? だが、分かるのは、とんでもない人物が第一容疑者として浮上してきたらしい、ということだ。
「地名は分かるか」
「次の日に訪れた最寄りの村の名は、ユマと言いました」
「フィリット、フィディリアス領の地図を」
 鋭い響きで、隅に控えていた秘書さんに言いつけた。
 急いで持ってこられたそれが、殿下の執務机の上に広げられた。
「どこだ」
 そう言われても、知らんってば。でも、東から西に向かって帰ってきたことは分かっている。それと、森と川だ。地図上の道を辿って、それらしい場所を探す。すると、地図の端の方に小さい文字を見付けて指をさした。
「ここです」
 げーっ、こんなとこかよ。延々、森が続いてるじゃん。川下行ってたら、間違いなく遭難してた。いや、いまでも魚や蛇食って暮していられたか? それもなんだか……
 因みに橋を反対方向へ行っていたらどうなっていたかと言うと、残念ながら地図が切れていたので分からなかった。それだけ公爵の所領の端の方だったって事だ。
「カリエス」
「はっ、承知致しました」
 名前を呼ばれただけで、なにをするか分かっていたらしいカリエスさんは立ち上がり、急いで部屋を出ていった。
 そうか、カリエスさんが捜査を指揮してんだな。言うなれば、デカ長? うわっ、それっぽい! 如何にも『ボス』とか呼ばれてそう……
「以上か」
 夢想していたら、エスクラシオ殿下の冷静な声で現実に引き戻された。
「はい」
「では、今後のおまえの身の振り方についてはアストリアスに任せてある。指示を受けろ」
「はい」
「あと、これだけは言っておく」冷えた青い瞳が私を射た。「今後、この件については何があろうと、おまえは一切、関るな。口にもするな。それが、おまえの身の為でもある」
「……御意」
「下がれ」
「失礼します」
 私は立ち上がり、礼をした。続けて、アストリアスさんも。
「頼む」、と殿下からアストリアスさんへひとことあった。
 事情聴取を終えた私は、アストリアスさんの後について執務室を出た。




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