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 それからもう少し、エスクラシオ殿下とコランティーヌ・クラリス・イル・フィディリアス姫――今は妃ではあるが、の事について話を聞いた。
 ふたりは幼なじみで、昔から仲が良かったそうだ。殿下はあのルックスだし、コランティーヌ姫も、今でも国一番の美姫と呼ばれるほど奇麗な女性で、ふたりが並んで立っている姿は一枚の絵のように美しく、お似合いだったそうだ。それこそ、お伽噺に出てくる騎士とお姫さまそのものだったらしい。
 当然、周囲はふたりが一緒になると思っていたし、当人達もそのつもりだった。だが、本来、もっと早くに一緒になるところが、お互いの身内の逝去や、政治理由やら戦争やらがあって、タイミングを逸していた。そこへもってきて、前王の体調不良に伴う世継ぎ問題の勃発。
 フィディリアス公爵は当り前にエスクラシオ殿下を強力に後押しした。娘の為か、自分の為か、周囲が鼻白むほどに。そして、最後までごねまくった。一時、内乱を起こすんじゃないかとも噂された……その結果、こうなった。
 まあ、なんと言うのか、人間、引き際が肝心ってことだろう。コランティーヌ姫が王の側室となる事で王族との繋がりは保てたものの、本人達は堪ったもんじゃなかっただろうな、と思うわけだ。だが、それとは別に、公爵に対して退くように説得しなかった、出来なかった殿下やコランティーヌ姫もいたわけで。案外、周囲ばかりが盛り上がって、当人たちはさほどの気持ちもなかったのではないか、とも思ったりする。
 それは本人達に訊くしかないだろうが、訊ねたところで答えてはくれまい。
 だが、今回、私を誘拐し殺害しようとした容疑者としてフィディリアス公爵の名が浮上してきた。
 もし、公爵が首謀者だった場合、今のところ動機として考えられるのは、プライドを傷つけられた事からのエスクラシオ殿下への逆恨み、或いは、娘を破談したくせに、今度はどこの馬の骨ともわからない女なんか連れてきて囲いやがってこの野郎、的な勘違いか。まあ、何れにしろロクな動機じゃないが、動機として成り立たないわけじゃない。
 他人からみて馬鹿馬鹿しい理由が、当人にとっては大まじめな事はよくある話だし、馬鹿馬鹿しい理由から戦争が起きる世界だ。何があっても不思議じゃない。
 まだ公爵が犯人だと決まったわけではないし、決めつけるわけにもいかない。ただ、政治中枢に近いところにいる人物が私に害を為す気でいるかもしれないと考えた場合、今後も充分に注意が必要だろう、という事だ。よって、甘んじて、飼い猫生活も受入れるしかないだろう、とも思うわけだ。
 でも、せめて、ただ飯ぐらいでいられずにすむようになれば良いのだがなぁ。でも、猫の手って役に立たないものの代名詞なんだよなあ……

 そして。
「キャス!」
「レティ!」
 新しい部屋に移動してすぐ、ランディさんが妹のレティシア――レティを連れてきてくれた。私がこの国に来て初めての、そして、数少ない友人のひとりだ。お互い手を取りあって再会を喜んだ。
「大変なめにあわれたそうね。お兄さまから聞いて、吃驚したわ。でも、良かった。御無事で、お元気そうで」
「有難う。心配かけたね。レティも元気そう。その後どう、グレリオくんとは上手くいっているの?」
「キャスったら!」
 頬を赤らめて照れるレティは、とても可愛い。きんぽうげを連想させる容姿からしても、『花も恥じらう乙女』の言葉通りだ。……ああ、見ているだけで和む。
「それで、その荷物は」
 レティが抱えてきた、不似合いなでっかい包みに視線を落とす。
「ああ、はい。お兄さまから頼まれて用意してきましたの」
 そう言ってレティは、包みの中から茶色の髪のウイッグと厚手の布地の紺色のドレスを取り出して、私に見せた。
「外出するのに必要だろうって。丈とかどうかしらと思うんですけれど、着てみて下さる?」
 ああ、変装用か……って、なんでメイドさん達が張り切るんだ。いや、そんな引っ張らなくても……いてててて。
「丈と袖の長さは良いみたいですけれど、ああ、やはり腰回りが少し余ってますね。私のこどもの頃のものなんですけれど、こんなに細ければコルセットも必要ありませんね。羨ましいわ」
 その分、胸もないけどな。
「下にタオルでも巻く?」
 着物の着付けの時みたいに。
「あら、それいい考え。早速やってみましょう」
 マジすか。って、早速、持ってきてるし。メイドさん、素早い。
 しかし、手数が多いせいか慣れも手伝って、前の時よりは早く形にはなった。
「ウイッグは丁度いいみたいですね。どこから見ても、別人に見えます」
 日本にいた時と似た髪色の、肩を過ぎた長さの緩いウエーブのかかったそれは、過去の見慣れた自分を思い出した。鏡に映った自分を見て、『よっ、久し振り』って声をかけたい気分だ。こんなドレスは、着る機会もなかったけれど。それでも、露出の少ないスタンドカラーで、Aラインの上品なデザインは嫌いじゃない。
 つか、久し振りに鏡見たけれど、痩せたのか私? ……いや、窶れたのか。
 それよりも、心なしかメイドさん達が満足そうだ。内心、こういう恰好をさせたかったのか? ……よく分からん。
「これを見て、流石のお兄さまも『ウサギちゃん』なんて呼んだりしないでしょう」
「白い髪だからウサギって言うのも、なんだかね」
 そう苦笑すると、レティが、
「昔、屋敷の裏山でよく見かけた白ウサギのことを思い出すんでしょうね。お兄さま、『絶対、いつか捕まえるんだ』って、子供の頃は口癖みたいに言っていましたから。結局、駄目でしたけれど」
 ……おまえもかよ。そのウサギも雄だったって言うんじゃないだろうな。
 嘗ての飼い猫に、捕まえたかった野ウサギ。
 どうやら、男どもの私に対するイメージというのがなんとなく分かりかけてきた。
 そりゃあ、どうしようもないな。もう、知らん。てか、君ら、やっぱり何か誤解があるぞ?
 赤ちゃんが被るような、ドレスと同色のボンネットの帽子をウイッグの上から被って完成。
 早速、ランディさん達を呼んで、レティも一緒にタチアナ姐さんたちに会いに行くことにした。

 まんま庶民の姐さんと貴族令嬢のレティと会わせて大丈夫か、とも思ったが、私とも友達になれたレティの懐の深さであれば、問題ないだろうと思った。
 ランディさんとグレリオくんのエスコートで揃って四人乗りの馬車に乗って出発した。
「上手くいきましたわね。誰もキャスだとは気付かなかったみたい」
 レティは悪戯っぽくクスクスと笑い声をたてた。
「女性は化けるとはよく言うが、キャスだと分かっているから、そうか、とも思えるけれど、知らなかったら、どこの御令嬢かと思うよ」
 と、ランディさんが感心したように言う。
「令嬢と言われた時点で、詐欺師になった気分なんですが」
 しつこいようだが、君よりひとつ年上だぞ。
「そういう意味ではないんです。ただ、制服を着ている時と雰囲気がまったく違うので……」
 とは、グレリオくん。
「やだなぁ、真に受けないで下さいよ。からかっただけですって」
 真面目だなぁ、ボク。
 レティのクスクス笑いを前に、顔を赤らめる青年というのも微笑ましいものだ。ああ、若いっていいよねぇ。
「ところで、キャス。ここだけの話、訊いてもいいかい」
「なんですか、ランディさん、改まって」
「その、噂で聞いたんだが……蛇を叩き殺して食べたって本当かい?」
 一瞬で、馬車の中の空気が凍りついた。




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