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 今の私の生活の場は、ランデルバイア国王城、ラシエマンシィ城の東棟四階にある。
 ここは、所謂、エスクラシオ殿下の私的領域内。一階の並びぜんぶが殿下の生活空間とされている。その二部屋を私は間借りしている。
 そういう用途の場であるから、普段、廊下であっても、決まった顔のメイドさん達がうろうろするぐらいのもので、滅多にほかに人は通らない。でも、警戒は厳重。
 命を狙われた身としては、これ以上、安全なところはないというわけだ。
 てか、冷静に考えれば、私ひとりどうにかしたところで、現状、何も変わらんとは思うのだがなあ。その辺りがどうにも不可解だ。だが、何ひとつ変えたくない、変化は許さん、と思う気持ちが過激になれば、『いてまえ!』なんてことも考えるのかもしれない。……まったく羨ましいぐらいに思考も暇な人達だ。
 兎に角、そんな人通りの少ない廊下に至ったところで、珍しくも人と行き違った。初めて会う人だ。

 うわあ……!

 第一印象は、正にこれ。ただ、単純に吃驚した。エスクラシオ殿下に初めて会った時も驚いたものだったが、それ以上だった。それは、おそらく同性という事もあるからだろう。
 廊下の向こう側から四人の騎士に護られながらしずしずと歩いてくる姿は、宙に浮いているようにも見えた。おそらくコルセットでぎゅうぎゅうに腰を締めつけているのだろうが、そんな苦労も微塵も感じさせない佇まいだ。
 透けるような白い肌に、美人と言うには整いすぎた顔立ち。蜂を思わせるボディライン。銀髪を結い上げ、レースや刺繍をふんだんに凝らした、光沢のある薄いグレーのドレスに身を包んだ女性で、年齢はおそらく私と同じか、少し下くらい。如何にも、『お姫さま』そのものを体現したかのような人だった。いや、ここに来て初めて、お姫さまに会ったと言えるかもしれない。
 私とカリエスさんはそのお姫さまに通路を譲り、頭を下げて見送る。通り過ぎる瞬間、聞こえたのは僅かな衣擦れの音のみで、足音もしない。ただ、薔薇の香りだけが鼻先を掠めていった。
 ……てか、あれ、本当に人間か? 3DCGじゃねぇだろうな?
 奇麗とか可愛いとか、そんな感想は通り越してしまっている。あそこまで造形的に出来すぎていると、ウソ臭く感じてしまう。よくタレントとかでも、整形している、と言われるアレだ。勿論、この世界ではそんな技術はないだろうから、あれが素なのだろうが、それにしても、まあ、なんと出来の良い!
 と、隣を見れば、名残を惜しむかのように麗人の後ろ姿を見送るカリエスさんがいた。心ここにあらず、といった雰囲気の。
 ……ああ、アレか。定番の騎士の憧れとか言う。
 所謂、騎士のアイドル。護るべき女性の象徴、崇拝すべき対象というやつだろう。アレならば不足はあるまいが……私は密かに嘆息する。
 地に足をつけて生きています、といわんばかりのこの騎士でさえこうなのだから、他の男達にしても、姿を見ただけで、神降臨レベルなのだろうな、と思う。キターーーーッ!、てか?
「あれがコランティーヌさまですか」
 あてずっぽうで言ってみると、「あ、ああ」、と腑脱けた返事が返ってきた。
 なるほど。アレが比較基準とすれば、私が男に見えるわけだわ。てか、君ら、間違っているぞ。
 ああ、でも、なんとなく分かった。女の感覚で言えば、確かにコランティーヌ妃のほうが美人だが、タチアナ姐さんの方が魅力的だと思う。ルーディやレティの方が可愛いと思う。男と女の感性の違いというのは、この辺なのだろうなあ。
 確かに繁殖相手としては、最高の条件を満たしているに違いない。しかし、あくまでもルックスに於てのみ。性格までは知らん、って事だ。
 とか言いつつも。
 やはり、インパクトはある。エスクラシオ殿下と並んで立てば、そりゃあ美男美女でさぞかし画面的に様なるだろうと思うわけだ。見ごたえたっぷりだろう。
 現実に見てみたい気もするが……まあ、私には関係ない話だ。そんな事よりも、仕事だ、仕事。
 書斎に入った私は机につくと、資料を開いて仕事を開始する。箇条書きにしたアイデアを検証し、現実的にどの様な反応が得られるか、どの様な効果を生みだすか想像し、文書に纏めていく。
 現状、仮定でしかないそれがどんな結果をもたらすか、本当のところ、まったく自信がない。経験をしたことのない戦争というものを扱うだけに、怖くもある。
 それでも、やらなければならない。
 上手くいけば、助かる人の数が増えるだろう。ルーディやミシェリアさんたちに、辛い思いをさせずにすむかも知れない……そう信じて、今はやるしかなかった。
 与えられた時間は少ない。
 私は思索に没頭していった。




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