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 出来すぎている天然の造形美を前に、私は茶を啜る。
 まあ、なんだかんだ言いつつも、目の保養にはなる。たとえ、音が鳴る度にびくびくしていようとも、そういう表情ですら画になる。というか、ぶっちゃけて言えば、やはり、人らしくない。
 真珠のような白い肌に銀色の髪、薄い水色の瞳と色素が薄い上に、左右対称の美しい顔立ちは生身の人間らしさに欠け、おまけに稲光の効果もついているとなれば、幽霊美人画を見ている感じだ。尤も、幽霊を描いて芸術的価値まであるというのは、日本ならではの文化なのだけれど。
 いや、薔薇の香りも含めれば、西洋風に精霊とか妖精とでも呼ぶべきなのか。
 睫毛、長ぇな。マッチ棒が何本乗るだろう? ああ、サクランボのような唇ってこういうのを言うんだな。ふっくらツヤツヤだ。まあ、なんであれ、貴婦人であり、麗人と呼ぶのに異論はない。
「一時もすれば、収まるでしょう。先ほどに比べて、間も空いてきていますし」
 実際、音も遠ざかりつつある。あと、三十分もしない内に太鼓を叩くような音もしなくなるだろう。
「そなたは恐ろしくはないのですか」
 お茶を飲んで多少は落ち着いたのだろう、コランティーヌ妃は初めてまともな問いを発した。
「取り立てては。城の中にいれば安全な事は分かっていますし」
「しかし、その城に落ちるかもしれないとは思いませんか」
「落ちたところで大丈夫ですよ。中にいる人間にまでは影響はありません。木の家であれば、火事になる事もあるかもしれませんが、石の丈夫な建物ですから、びくともしません」
 直撃されたところは、多少、焦げはするかもしれないが、あとは外壁伝って地面に流れていくだけだろう。
「そうなのですか」
「はい。危険なのは、野原や荒野の真ん中にひとり立っている時です。雷は高いところに落ちますから。特に金物を身に着けている場合は、すぐに外さないと危険です。どんな小さなものだろうと、特に金物には落ちやすいですから。同様に森の中にいる時は、高い木の下にいては危ないです。木に落ちた時に火事や倒木に巻込まれる可能性があります」
 コランティーヌ妃は私をしみじみと見ると、「そなたは物知りなのですね」、と言った。
「こどもの頃に人に教わったものです」
「その知恵を買われてディオクレシアス殿の下に?」
 やはり、気になるのか。
「まあ、そうです。まだお役に立つかどうかは分かりませんが、縁あってお仕事のお手伝いをさせて頂くことになりました」
「そうでしたか」
 そうあからさまに、ほっとした顔すんなよ。勘ぐってしまうじゃないか。
「その、ディオクレシアス殿はそなたに対し優しくありますか。勿論、部下として、ですが」
 おおっと、言ったそばからえらい直球ストレートだな。勘ぐる迄もなかったじゃないか。
「そうですね、優しくはないと思いますよ。逆に、厳しくされているのではないでしょうか」
「しかし、そのような恰好《なり》をしていても、そなたも女。ましてや、お部屋の一画に住まわせているというのは」
「まあ、成り行き上こうなりましたが、警備上の為だけで何があるというわけではないです。お仕事を手伝わさせて頂く代わりに命を守って頂くお約束ですので、殿下としては不本意でしょうが、こういう事になりました」
 おおい、なんでそんな吃驚した顔してるんだ。メイドさんまで。……知らなかったのか?
「そうだったのですか。私はてっきり、そなたが、」
 男と女の関係ってか? そんな生易しいもんじゃないぞ。命懸けだぞ。
「殿下がお望みなのは、私の持っている知識と技術だけです。私自身に関しては、猫の子一匹ほどの関心も持たれていないのではないでしょうか」
 猫、とコランティーヌ妃は呟いたのち、ああ、と声に出した。
「チャリオットですか」
 そうして、ふわり、と微笑んだ。
 ……ああ、みんなこれにやられるのか。
 そう思わずにはいられないほど、同性であっても、どきっ、とするほど奇麗な笑顔だった。まるで、お人形が急に生気を得たかのようにも感じる。幽霊ではなく、コッペリアだったか。
 こんな顔は私には出来んわなあ。蝶よ花よと育てられた姫だからこそ、こんなに無防備にも自信のある表情も出来るんだろうなあ。
「雷が遠くなりましたね」
 遠雷の音が、大きな猫が咽喉を鳴らしているようにも聞こえる。
「ほんに」
 と、答える表情もすっかり落ち着いたものだ。
「お茶を、もう一杯、如何ですか」
「気遣いなく。充分です」
「どなたかお呼び致しましょうか」
「いえ、おそらく、今頃は部屋の外に誰ぞ待機しておりましょう」
 当り前の顔で、奇麗すぎる笑顔をコランティーヌ妃は浮かべた。
「忠義に厚い者達でありますから」
 ああ、親衛隊か。熱狂的ファンってやつだな。
「お足下の方は大丈夫ですか。立てそうですか」
「ええ、お陰ですっかり良くなりました」
 だろうな。
「では、騎士の方々にお入りになって頂きましょう。さぞかし、御心配なさっておいででしょうから」
 私は立ち上がると、部屋の扉を開けて外を覗いた。
 果たして、衛兵にならんで壁際に並んで立つ四人の騎士達がいた。まるで、漫画にある、廊下に立たされた小学生坊主のようだ。おい、君らなんか悪い事でもしたのか。
 コランティーヌ妃が回復された事を伝えれば、騎士らしい礼儀は弁えていても、その背後に千切れんばかりに振られるわんこの尻尾が見えた。正直なヤツ等め。
「どうぞ、お気を付けて」
「御武運を。ディオクレシアス殿のお力とならん事を望みます」
 帰りしな、礼を取る私を、ちらり、と振り返ってのひとことがあった。
 ……結局、最後までそれかよ。
「微力ながら、精一杯、務めさせて頂きます」
 しずしずと去っていく後ろ姿にそれだけを答えた。花の残香にくしゃみが出そうになるのを我慢しながら。
 というかなぁ……それを確かめる為に、わざわざ雷を言い訳にしたんじゃねぇのか。
 そう思ってしまうのは、考えすぎだろうか。
 と、同時に、あの露骨なほどの『元婚約者を今でも想っています』的な態度はいいのか、とも思う。あれを見せつけられたら、周囲も納得いくまいよ。陛下は、それでいいのかねぇ?
 しかし、たとえば、妃のファンがそれを知ったら?
 その上で、私の存在を誤解していたら?
 私を殺す動機としては充分だな。くだらない事に。
 何はともあれ、容疑者は増加の一途を辿っている。何したってわけでもないのに、私の周囲は敵ばかりが増えていく。
 その命の値段、プライスレス。
 ああ、絶好調に馬鹿馬鹿しくなってきたぞ。

 ……さ、仕事しよ。




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