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 当り前だが、仕事は仕事だ。
 どうしても個人的感情は入るが、最小限に留めた方が自分の仕事に関しては良い事だと私は感じている。でなけりゃ、戦争なんて扱えないだろう。割りきりが肝心。
 私、個人の思想としては平和主義者で、事なかれ主義で、『戦争』という単語を聞くだけで漠然とした不安を感じる。どういう理由であれ、人が殺し合うのを怖いと思う。それが、一方的に攻め込む側にいて、間接的に人を陥れようとしている。多くの人間の生死に関る事に手を貸そうとしている。
 良心が咎めるなんてもんじゃない。まともな神経じゃやっていられない。だけど、それとは別に、自分の中のやけに冷めた部分にも気付かされる。
 例えば思い出すのは、兵器を扱う職業の人。武器を製造する人、開発する人、売る人。もっと、身近なところでは、弁護士という職業。例え、皆が死刑を望む極悪人でも裁判の弁護を引き受ける。自分だって、どうにも納得のいかないクライアント――仕事の内容であったり、依頼主がいけ好かなかったりした場合にも、仕事をこなした経験がある。そういう場合、感情は押し込めるのではなく、切り離して考えていた。報酬を得るために。
 今だってそうだ。私の命がかかっている。こうして生活していられる中でかけられている投資費用も含めて。そして、なにより、私が関ることで、ルーディやミシェリアさんたちを戦に巻込まずに済ませられるかもしれない事が重要だ。
 ただ金を得る為にだけなら、引き受けなかっただろう。だが、この理由は私にとっては、正義とは言わないが、正当な行為と言える。
 間違っている、嫌だ、と言うのは簡単だ。だが、道義を優先してすべてを投げ捨ててしまえる境地にまで、私はまだ達しきれてはいない。
 こんな私でさえ、すぐ隣に死があるのだから。
 一度、殺されかけて分かった。振り返れば、助かりたいと、ただ必死になって足掻いた自分がいた。
 奇麗に生きていけるならば、それに越したことはないかもしれない。でも、出来ないならば……毒を食らわば皿まで。中途半端な優しさや正義感など邪魔なだけだ。どっちつかずの結果しか生まないだろう。 ポリシーなんぞクソ食らえ、だ。卑怯だ、姑息だ、と言いたいなら勝手に言いやがれ!
 そう自分に言い聞かせて出来る事をやろう……結局、それだけだ。

 早めに戦争を終らせる方法。
 単純に考えて、頭さえ潰してしまえばいい。後は、テロリズムの防止だ。
 テロリストは反体制側から生まれるのが常であったりするから、まずは民衆にその温床となるべき意識を植え付けない事が肝要。でも、度を越した愛国者なんてのは何処にでもいるから、完全に防ぐことは難しいだろう。その辺は仕方がないので、殿下達に任せる。私は侵略するのに都合の良い、概ねの風潮を作れば良い。
 まず、その為に、民衆の支持とはいかない迄も、容認される土壌を作る。これも単純に考えて、『グスカよりはランデルバイアの方がマシ』、という意識を植え付ける。
「ランデルバイアのコンセプト……概念を、『人民の味方』と定義づけます。ですので、無関係な者に対する略奪暴行などの行為を一切、行わないよう徹底させて下さい。侵略行為ではありますが、現在のグスカ王による悪政に対して正義の鉄槌を下す、国民を圧政より解放する。それを大義名分とします」
 実際、それは受入れられるだろう。グスカの国政は、あまり褒められたものではない。
 その上で、グスカ国の一部で流れているある噂を誇張し、意図的に政治に対する不安と不審を国中に広める。情報伝達の方法が未発達のこの世界では、それだけで力にもなるだろう。
「ですが、ただ評判を落とすだけでは、グスカ内でそれに反発する、より強固に纏まった組織ができる可能性が高いと思います。その理由から、既に第一段として、財務大臣の横領と宰相の女性問題が噂として定着していますので、第二段として、ランデルバイアについて良い噂を少しだけ流します。その上で、第三段として、指導者たちのより決定的な不審を植え付ける噂と同時に、それを擁護する意見も流します。それにより本格的な混乱を起こします。大まかにはこういう流れになります」
「軍に対してはどうなる。更なる不審が高じて、内乱を起こす可能性も考えられる」
 エスクラシオ殿下からの問いも想定内だ。
「それも考えて、軍に対する別の流れを用意しました。賭事などを流行らせ、足下から崩します。そして、内乱が起きるにしても、指導者となり得るだろう中心人物がいる筈ですから、それを先んじて潰します。これが第三段に重なるわけですが、方法としましては、擁護する内容を『軍が内乱を企み、財務大臣と宰相を嵌めた』とするわけです。それにより、疑いを持たれた軍の指導者たる人物は、ほぼ間違いなく更迭されるでしょう。指導者を失った軍は行動に移さないにしても、本格的に政府に対して反発を強める結果になります。それが更なる混乱を招きます。新たな指導者的立場の人物がふたたび立てられたとしても、急場凌ぎの者では纏まりに欠くでしょう。その間に攻撃を仕掛ければ、容易くあるかと」
 堕ちる者は、容易く堕ちる。堕ちない者は、どうあっても堕ちない。それが、生死を分ける事になるかもしれない。本来ならば後者が好ましいが、言い方を変えれば、時勢を読めないとも言える。個人個人で、その器量が試される事になるだろう。




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