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 私にとって考えるのに有利だった点は、グスカが独自の宗教色を持たない事。そして、国王がワンマンタイプではあり、それに反発を感じている者も少なからずいる事。その王子にしてもまだ若く、王と近習達に押さえつけられている身であるらしい事だ。そして、先のファーデルシア侵略失敗から、軍では王の政治に多少なりとも不安と不満を感じている事。だが、一番にあげられるのは、どの国もそうだが、核などの大量殺戮兵器を持っていない事が大きい。
 アストリアスさんが、顎のお髭を触りながら口を開いた。
「質問があるのですが、何故、第二段の噂が少しであるかという事と、第三段階で、擁護する意見が何故必要なのですか」
「はい。先の問いについては、理由がふたつあります。ひとつは、余りにも強く訴え過ぎれば、逆に反感を強める怖れがあるからです。やはり、敵国には違いありませんから。ふたつめは、期待感を持たせ過ぎてしまった場合は、終戦後、戦後処理で直ぐに結果を出さねばその時点で反発を招き、不穏分子を生む結果となります。ですから、『らしいよ』程度にしておいた方が、グスカ国民としても安心して聞く事ができて、話題にする事も出来ます。それにより、戦後処理も現状維持から徐々に、という形で丁寧に進められます。擁護する意見については、本当らしくする為です。意見がひとつで纏まるという事は、まず有り得ません。それなりの身分を持っている者達ですから、多少は同情する意見がなければ変に思われます。また、その意見がある事で、中立的立場を取る者に迷いを生じさせ、更なる混乱を招くことが出来ます。いずれは出る意見でしょうが、こちらから提示する事で早めます」
「成程」、とアストリアスさんは納得したように頷いた。
「しかし、それでは噂が広まるのに時間がかかるのではないか」
「問題はそこなんですが、こればかりはやってみなければ分からないところがあります。そこは実行して頂く方に調整をして貰わなくては成りません」
 私にも初めての事だから予想はつかない。
「では、その辺のことは細かく詰めなければならないね」
「はい」
 すかさず、エスクラシオ殿下からの問い掛けがある。
「それと、おまえが想定した軍側の中心人物となるのが……ドゥーア中将。この根拠は。グスカには、ノルト将軍を始め、他にも指導的立場の人間がいる筈だが」
 その問う声音に、意外さを受けた印象は感じられない。
「確かにノルト将軍は戦歴からいってもグスカ軍に於ては核となる人物ではありますが、同時に王に近過ぎる立場にあります。疑いを持たれたとしても、更迭にまでは至らないでしょう。ですが、このドゥーア中将に関しては、戦歴を見る限りは取り立てて功績はなく、家柄としても地味ではありますが、逆に言えば、それでいながら中将という要職に就いている。これは、目立たないところで確実に成果をあげていて、その上で、なんらかの政治的な力が働いたか、と考えられます。たとえば、派閥構成員として有益であるとか。そして、中将という王より少し離れた地位にいる事から、周囲から担ぎ上げられやすい。そう考えました」
「確かに読みとしては悪くない」エスクラシオ殿下は感慨もなく言った。「だが、この男が今、この地位にあるのは後者のみの理由だろう。一度、戦場で相対した事があるが、戦術面では大した事はなかった。逃げ足だけは早かった記憶がある。目端はきくかもしれないが、指導者となるには不足だろう。本人にその意志があったとしても、周囲が躊躇う」
「では、ほかに適当な人物に心当たりでも」
「そうだな。例えば、この下にいる男、ロウジエ中佐」
「ロウジエ中佐?」
 そんな人、いた?
「戦いに於ての確かさであれば、この男だ。実に見事な戦い振りだった記憶がある。中佐という地位からも、首のすげ替えはされやすいだろうな」
 それには、アストリアスさんが、ああ、と頷いた。心当たりがあるらしい。
「確かにグスカで手強いと言えば、彼が一番でしょう。先のリーフエルグ平原の戦いでは、彼の指揮する大隊だけは見事な機動力を見せつけた上に、結局は最後まで粘られ陥落までには至りませんでしたから。中佐というのが意外に思ったほどです」
 ああ、隠れた名将ってやつか。
「でも、そこまで身を挺して働くとなれば、おそらく、忠誠心に厚い性格かと思われます。反乱の扇動者とするには不向きなのではないでしょうか」
「だが、こういう者こそ部下の信頼は厚いものだ。担ぎ上げられる理由にはなるだろう」
「そういう事もあるでしょうが……だとしても、味方を陥れる小細工はしそうになく、説得力に欠けるのでは?」
「そうだな。では、ここにもうひとつ。問題となる噂はドゥーア中将が画策したものであるが、部下からの信頼の厚いロウジエ中佐をつねづね邪魔に感じていて、ついでにその排除も狙った、という話を付け加えればどうだ」
「ああ、それならば。でも、一手、増える分、タイミングも遅れることになりますが」
「問題ない。こちらで流さずとも、中佐の忠実な部下たちが勝手にそう考えるだろう」
 そこで、殿下は初めて、にやり、と不敵な笑みを浮かべた。
 成程、確かにその方が本当らしく聞こえるし、こちらの手間としても変わらない。
 データだけで分析する私に比べて、戦場で戦っている者達同士、言葉を交わさずとも分かる事もあるのだろう。拳というか、剣で語りあってんだな。でも、どうやって敵将の名前とか知るんだろ。
「では、そのように修正しましょう」
「こちらで直しておこう」
 エスクラシオ殿下はペンを手に取ると、渡した企画書にその場で書き込みをした。ドゥーア中将の名前が二重線で消された上に、ロウジエ中佐の名が記された。
「あとは、殿下には戦場以外でも、少々、目立って頂きますので、その旨、御了承を」
 途端、むっ、とした顔が向けられた。
「それが最も不可解に思えるが。そんな必要があるのか」
「女性を味方につける為です。国民の半分は女性。味方につければ、こんなに心強いものはありません。侵略した後も彼女達の後押しがあれば、難事があったとしても乗り越える事が可能になるでしょう。折角、それだけ見栄えの良い容貌をお持ちなんですから、ランデルバイア軍の象徴として、せいぜい愛想良くしてグスカの女性達を悩殺して差し上げて下さい」
 古今東西、オンナはルックスの良いオトコに弱い。しかも、育ちが良くて独身であれば、ウケる要素じゅうぶんだ。
 企画書が、エスクラシオ殿下の執務机の上に放り投げられた。
「まったく、おまえは……魔物の尾どころか、背に先の尖った羽根すら見えてきた」
「軍を率いる者の立場として、それも務めのひとつとお考え下さい」

 ……てめえばかりが対岸の火事でいられると思うなよ。

 不機嫌そうに溜息を吐く顔を見ながら、今度は、私がにんまりと笑う番だった。
 アストリアスさんの、咽喉の奥で笑う声が続いた。




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