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 結局、企画は他にも数箇所修正が加えられはしたものの、承認を受けた。次の日からさっそく、実行の為の準備にかかる。
 具体的準備はアストリアスさんと。朝一番で執務室を訪れた。やらなければならない事は、山ほどある。
 一頻り話した後、アストリアスさんは腕組みをして考え込んだ。そして、暫くして後、言った。
「実際、どれほどの効果が出るかという事が未知なところが辛いね。軍事行動とうまくタイミングが重なれば良いのだが、それ以前に噂が収束してしまったり、終った後に広まっても意味がなかったりする」
「早い内に収束した場合は、『そう言えば』と思い出す事もあるでしょうが、後から広まった場合が問題ですね。それすらも意味がないとは言えませんが、こちらの意図する半分以下の効果になると思います」
 本当のことを言えば、すべてが未知数だ。予想がつかない。現実問題、こちらが流した噂を聞いたグスカ国民がどんな反応を示すか、政府がどういう対応をするか、私にはまったく分からない。
 立案するのに参考となったのは、元の世界で、問題が起きた時の各国の対応の仕方ぐらいだ。ニュースでぼんやりと聞き見知った曖昧な記憶を無理矢理ひっぱり出してきて、私の想像や考えを入れたものでしかない。だから、すべてが不発に終る可能性だってまったくないとは言い切れない。
「現地に私が言って、様子をみながら調整する事が出来れば良いのですが」
 それにしたって観察するばかりで、どうにか出来るか怪しい。
 ぶっちゃけ、なにもかも自信がない。なんだかんだ理屈をつけたとしても、やっぱり、ハッタリでしかないんだよなあ。
 こうなってしまうと、政治的な絡みがあったとは言え、エスクラシオ殿下はよく私を採用すると決心したものだ、と感心する。
 頑張ったつもりではいるけれど、チクチクと良心が痛んでいる。エスクラシオ殿下に対してもそうだし、骨を折ってくれるアストリアスさんや他の人達に対し、それだけの成果を出せるかまったく自信がない、という点で。
 だから、成果は出したい。だが、反面、心の片隅で罪悪感も持て余している。グスカの罪のない、善良な誰かの人生をも狂わせてしまうかもしれない……そう思うと、上手くいかなければ良いと思いもする。そんな事を考え出したらキリがない事は分かっていても、仕方ない。結果がどうあれ、良かった、と心から言えないだろうと分かっているぶん、気が重い。
 ふむ、とアストリアスさんは口の中で頷いた。
「君をグスカに遣るわけにはいかないよ。しかし、成功させるための手段は講じるべきだろうね」
 そう言ってから、ところで、と言った。
「明日からの三日間、都で祭りが行われるんだが、聞いているかい」
「え、そうなんですか」
 お祭りがあるなんて初めて聞いた。ああ、だから、ここのところ、皆、なんだかそわそわしていたのか。
「うん、タイロン神に今年の収穫を祈るためのものなのだが、アルディヴィア全体が賑わう。それに君を誘いたいのだが、都合は良いかな」
「街に、ですか」
 仕事が一段落ついた今は、都合もへったくれもない。お祭りがあるなら、是非、見てみたい。この世界では初めてだ。
「有難うございます。嬉しいです」
「そう。では、明後日の昼に部屋まで迎えに行こう」
「では、用意してお待ちしています」
 優しい微笑みを浮かべる顔を見ながら、私も笑顔で答えた。
 しかし、アストリアスさんからのお誘いとは珍しい。普段から色々とお世話にはなっているが、常にその距離は一定を保っている印象がある。一体、どういう風の吹き回しだろう。それとも、ずっと根を詰めていた私に対して、いつもの彼らしい気遣いなのかもしれない。
 打ち合せを終えて廊下を移動中、ガスパーニュ侯爵と擦れ違った。
 私に対して、あからさまに敵意を向けてくる人だ。また、なにか言ってくるんじゃないか、と身構えながら行き過ぎるのを待っていると、私の前で足が止って、「君は」、と声がかかった。
 そらきた。今度はなんだっ。
 臨戦態勢で身体を硬直させていると、ぽん、と肩を手で叩かれた。
「励みたまえ」
 はい?
 顔をあげると、侯爵はひとりで納得するように、うん、と頷いている。なんだ?
「……有難う御座います。頑張ります」
 侯爵は私の返事にもうひとつ頷くと、なにもなかったように行ってしまった。その背中を見送りながら、あまりにもの態度の変わりように私は呆気に取られる。
 なにがあったんだ?
 ……よく分からん。すました顔をしているが、春祭とやらで浮かれているのか、それとも、何か変なものでも口にしたのか?
 やはり、ここの暮らしには分からない事が多過ぎる。
 その話をその後の乗馬訓練の時にランディさんにしてみると、ああ、と納得するように頷いた。
「誤解が解けたんだろうね」
「誤解?」
「コランティーヌ妃のさ。ガスパーニュ侯爵家はフィディリアス公爵家とは姻戚関係にあるから。確か、侯爵は妃の従兄にあたるんじゃなかったかな」
 なんと! 単なる、アストラーダ殿下派に対する警戒だけではなかったのか! というか、女の方の価値が上!?
「そうでなくとも、コランティーヌ妃贔屓の方は多いからね。先日の一件を耳にして、君と殿下がどういう関係にあるか、一応は納得されたんじゃないかな」
 恐るべし、コランティーヌ妃。一体、どれだけのファンがついているんだ!
「ついでだから話しておくけれど」、とランディさんは言った。
「実を言うと、拉致事件以来、ウサギちゃんは貴族の間では、かなり注目をされているんだ。何者だろうってね。あれだけの騒ぎになったし、殿下の私室の一角に移されたこともあって、彼等の間でいらない噂や憶測が飛び交っていた。社交界に出るでもないし。でも、この間のコランティーヌ様の件で、続けざまにクラウス殿下と陛下が君を訪ねただろ。それで、随分と落ち着いたのは確かだよ」
 ええと、それは?
「王族全体と関係あるとみなされたんですかね」
「うん。『何者かは分からないが重要人物で、命を狙われているから陛下等に匿われているのだろう』ってのが、主流の説。その為、ディオ殿下が一応は身柄を預かってはいるけれど、ってところで、いまのところは収まっている。クラウス殿下とも仲良くしているのも良かったよ。その上、陛下の私的訪問を受けたんだからね。こんなのは滅多にない話さ。当らずとも遠からずってところかな。実際、こんな事でもなけりゃ、どんな尤もらしい理由をつけて、いつ君を社交界に引っ張り出そうかって話もあったぐらいだよ」
「ああ、」
「でも、これも一時的な話だよ。君の立場自体が、はっきり示されてはいないのだから。また、何か切っ掛けで噂が再燃することもあるだろう。だから、今後も注意を払う必要があるんだ」
「面倒臭い話ですねぇ」
 社交界なんて、勘弁。私は裏方専門だ。
「そうだね。だから、正直に言えば、今度の戦で君が功績を残してくれるのが一番、都合が良かったりする。で、あれば、ディオ殿下が軍師として招いたって事にできるから」
 うわあ! 今更、そんな事、言うか!? 軍師って諸葛孔明じゃないんだから……酷い話だ。所詮は普通にサラリーマンしていた一般ピープルにそんなプレッシャー与えられても、どうにもならんぞ。
「社会的言い訳ってやつですか」
「うん。煩わしいだろうけれど、こればかりはどうしようもないね」
 ランディさんでさえ、溜息混じりに言う。

 なんてこったい!
 他人の心配をするより前に、まずは我が身をなんとかしなきゃならんらしい。




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