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 玄関に着く頃には召使いの人が扉を開けて待っていた。フィリットさんと似た恰好で、燕尾服でもネクタイもしていなかったが、見るからに執事さんといった感じの年輩の男性だ。名前は、セバスチャンだったりして。
「もうお見えだそうだね」
「先ほどからお待ちです。今、奥様がお相手なされておいでです」
「そうか。こども達は」
「街の見物にお出掛けになってらっしゃいます。ジアルとセシルが付き添っております」
「ああ、ならば安心か」
 奥様にこども達……ああ、そっか、そうだよね。独身って事は有り得ないよね。でも、お客様って誰なんだろう。私に会わせたい人って、その人なんだろうか。
「傘をお預かりします」
 差し出されて手に日傘を渡す。反射的に『ありがとう』と言いそうになったけれど、ロッテンマイヤ……ゲルダさんの注意を思い出してこらえた。
 然りげなく玄関ホール全体を見回せば、予想通り飴色の建具で統一されたシックな造りで、落ち着いた雰囲気だ。壁には肖像画が掲げられ、二階に続く階段の手すりもぴかぴか。足下には、密な織りで凝った柄の入った絨毯。予想通りに素敵だ。アストリアスさんのダンディな雰囲気にとても合っていると思う。
「あなた、お帰りなさい」
 と、奥から薔薇色の頬をした、ふくよかな体形の女性が出てきた。レース使いも上品なドレスを身に纏って、雰囲気もそれに相応している。
「ただいま、グレース」
 ふっくらした頬に挨拶のキスをするアストリアスさんの仕草はとても自然で、日常的な行為だという事以外にも、心のありようが分かるっていうか……はっきり言って、ラブラブ。愛妻家なんだな。奥さんもそれが分かっているみたいだ。とっても幸せそう。
「大分、待たせてしまったかい」
「いいえ、そんなには。でも、久し振りにゆっくりとお話が出来て私も嬉しいですわ。お元気そうで安心もしました」
「お喋りのしすぎで困らせてはいないだろうね」
「まあ、そんな事いたしませんわ。私にとっても、大事な御方ですもの」
「そうだったね。ところで、グレース、紹介しよう。キャスだよ。キャス、妻のグレースだ」
 アストリアスさんの奥さんは、私を見てにっこりと微笑んだ。まるで、ベビーピンクの薔薇が綻んだかのような優しい笑顔だ。奇麗というより可愛らしい人。
「初めまして、カスミ・タカハラです」
「初めまして。主人からお話は伺っておりましたが、こうしてお会い出来たのを嬉しく思いますわ」
「こちらこそ、奥様にお会いできて嬉しく思います」
「どうぞ、グレースとお呼びになって。キャスとお呼びしても宜しいかしら」
「勿論です、グレース」
「どうぞお寛ぎになってね、キャス。想像していたよりも、ずっと可愛らしい方。あの方も、貴方にお会いできるのを愉しみにされておりますわ」
「あの、『あの方』というのは」
 誰よ? 勿体ぶられているようで気になる。
「あら、あなた、お話になっておられませんの」
「ああ、誰かに聞かれると、また面倒にもなりかねないから」、とアストリアスさんは答えた。
「キャス、これから君に紹介する方の前では、最上級の礼儀をもって接して欲しい」
「……はい」
 なんか、凄い人みたいだ。アストリアスさんの真面目な表情を見ているだけで緊張する。
「とは言っても、硬くなりすぎなくても良いよ、非公式のものだからね。君に会わせたい方というのは、ロクサンドリア女王陛下だ」

 驚愕。

 いきなり心臓に悪いぞ、おい。




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