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 王妃様とのお茶会は、思っていた以上に長引いた。私がアストリアスさんと、やっと街に下りようという時は既に夕方近くになっていた。
「すまなかったね。もう少し早く終ると思っていたのだが」
 アストリアスさんは、申し訳なさそうに私に謝った。
 王妃様は私のサバイバル話がお気に召したようで、あれやこれやと突っ込んで訊ねてくる事も多く、そのせいで遅くなった。なんだか、日々、退屈されてんだな、と思った。そう面白くないだろう話を愉快そうに聞いていた様子を思い出せば、すこし気の毒にも感じる。
 しかし、お陰で、今日の祭りのハイライトでもあったパレードを見損なってしまった。
 なんでも、『花の女王』に選ばれた娘さんを中心として、色んな仮装をした人々が、花を山盛りに積んだ馬車に乗って、坂道を花を撒きながら下りていくんだそうで。中でも『花の女王』が投げる特別製の花束を受け取った人は、その年、一年の幸運を約束されるそうだ。結婚式のブーケ投げみたいだな。
 よくあるパターンだが、坂道でそれをやるってのが面白い。パレードよりも下の道にいると、風に乗って色々な花が空から降り落ちてくるようでとても奇麗なのだ、と昨日、メイドさんからほんの少しだけ聞いた。
 ううん、見てみたかった。まあ、仕方ないけれど。
「いえ。でも、驚きました。あんなにはっきりと物をおっしゃる方だとは思わなかったので」
「うん、御公務の時は流石に控えてらっしゃるが、久し振りの事にはしゃいでもおられたのだろう。元々、男勝りの闊達な性格でらっしゃるから。でも、キャスの事は気に入られたようで良かったよ」
「だと良いのですが」
 王妃様の心証まで悪くしたら、益々ここは居づらい場所になる。
「さて、まだ時間はあるから、少し見て歩こう。まずは、中央広場かな」
 タチアナ姐さんのところだ。
「はい」
 私は笑顔で頷いた。
 だが。
 姐さんの所へは行ってみたものの、人が集まりすぎていて近付く事もかなわなかった。久し振りに顔も見たかったし話したかったが、残念だ。
「大変な人気だね。貴族の間でも話題にのぼる事もあるから、私も一度、観てみたかったのだが、これは無理そうだ」
「でも、想像以上に盛況で良かったです。殿下が興行を許して下さったお陰ですね」
「いや、君が彼等を連れてきてくれたお陰だよ。祭りに賑わいが出て、皆、楽しそうだ。戦の事もあって、ともすると、暗くもなりがちだったからね」
 アストリアスさんはしみじみと私を見下して言った。
「ロクサンドリア様の言葉ではないが、君には格別なタイロン神の御加護がついているのではないかと私も思ったりするよ。神の御遣いという話もあながち間違ってはいないとね。現に君がこの国に来てからというもの、少しずつ我々を良い方向へ導いてくれている気がする」

『そなたにはタイロン神が御加護があるように思う。勿論、そなたの力もあるであろうが、それだけではなく、導きあってなにかの役割を負わせようとなされているように思えてならぬ』
 別れ際、王妃様は私にそう言った。

「私はそう思いませんが」
 私は正直に答えた。信心深い人々のこういう言い方が私は嫌いだ。
「ある人にとっては良い事でも、別の人にとっては都合の悪い事であったりしますから。そういう人たちにとっては、私は魔の使いであるでしょうね」
 偶然は偶然だ。必然などではない。運命なんか私は信じない。
 でなければ、努力しても願いがかなわなかった人の立つ瀬がないじゃないか。それが間違っていたから、神の思し召しでなかったと言うならば、最初からそんな方向へ行かせなければ良い。性格がひねるだけだ。大体、試練だなんだと言うが、他人が勝手に起こした戦争の犠牲になる身にもなれってんだ。
「そう言ってしまうところが、君は女性らしくもなく、理性的過ぎるとも感じられるよ」
「なにか役目を終えたから殺される、なんて事はご免ですから」
 私は首を竦める。
 それが運命と言うならば、受入れない。でも、何かをしてしまった報いでそうなるならば、仕方ないのだろうなあ……
 まあ、そんな事は置いて。今は祭りだ。楽しまなければ、損だ。
 いや、でも、ほんと凄い人の数だ。人と擦れ違う度に肩が当る。後ろからもド突かれる。こういうところは、どこの祭りも同じらしい。
 老若男女、貴族も庶民もみんな一緒くただ。人に酔いそう。おい、痛いじゃないか。気をつけろよ。
 すかさず、アストリアスさんが私を庇ってくれた。押されるようにして、移動する。
 でも、街は面白い。初めての所ならば尚更、わくわくする。宝探しをしている気分。
 アーチ上に建物の下部を刳り貫いて通したような路地やら、小さな階段があちこちにあって、見通しが悪くもあるけれど、探検気分にもなる。
 石にテラコッタ、煉瓦。素材も色々。家々の窓には花が飾られ、可愛らしくも春の訪れを実感させる。
 上や下や横や斜めと視線を動かしながら、迷いそうになりながら目に新しい風景を楽しむ。
 店の色んなデザインの看板を見ているだけでも面白い。中にはかなり洒落た物なんかもあったりする。
 仮装の為の仮面や衣装を置いてある店やパン屋。キャンディーで飾られたお菓子の店、文房具の店、アクセサリーの店。通りまで漂ってくる匂いは、香辛料の店か。おお、これは、王様の肖像画だ。細密画専門店? うわ、細けーっ。米に雀だな。エスクラシオ殿下もあるかな?
「なにか欲しい物はあるかい。プレゼントしよう」
「いいですよう。そんな気を遣わないで下さい」
 グレースさんに悪いぞ。
「気を遣っているのは君の方だろう。遠慮する事はないよ。今日は付合って貰ったからね、その御礼だよ」
 んー……まあ、そう言うなら。でも、何かって言われてもなあ。そう高い物は言えないし。
「君にも必要なものがあるだろう」
 必要なものか。必要なもの、必要な物……
「ええと、必要なものって程じゃないんですが」
「なんだい」
「ほんとに小型でいいんで、ナイフが欲しいです。普段から持って歩けるような実用的なもので」
 途端、眉がひそめられた。
 ……ああ、やっぱりなあ。駄目元で言ってみたんだけれど、やっぱりそういう顔されるか。
「そんな物をどうするんだい」
「いえ、この間の事でも思ったんですけれど、ナイフを持っていたら便利だろうな、と」
「護身用かい」
「そんな大袈裟なもんじゃないんですけれど、紙とか木の枝とか切れる程度の」
 ふむ、とアストリアスさんは口の中で呟くと、
「確かにそれは持っていた方が良さそうだが、また、別に用意させて貰おう」
 あ、そうなの。
「そうだな。では、君の方で他にないのであれば、私の方で選ばせて貰ってよいかな」
「あ、はい。良ければお願いします」
 そうしてくれると助かる。予算とか分からないしさ。
「では、こちらへ」
 と言って連れていかれたのは、繊細なレースを取り扱っている店だった。
 アストリアスさんはそこで、一枚の上品なレースで縁取られたハンカチーフを買い求めると、私に渡してくれた。おお、こういう選択肢があったか!
「レディには必要なものだろう?」
「奇麗です。有難うございます。大事にします」
 いや、すみません。ナイフだなんて色気のないこと言っちゃって。
 上等なものだろう白い手編みのレースはとても細かいもので、職人芸の域だろう。手の中で溶けそうにも感じるほど柔らかい。単純に奇麗だ。見ているだけで、嬉しくなる。
 アストリアスさんは、そんな私を見て微笑んだ。




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