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 国境までは自国領という事あって、皆、余裕があった。それでもランディさんは、カリエスさんとウェンゼルさん以外には、極力、誰も私に近付けないように気を配っているのが分かった。どうやら、他の工作員達には、私は、『事のついでにグスカまで送り届ける事になった、何も関係のない一般人の娘』、という扱いにしてあるそうだ。まあ、彼等の前ではずっと変装もしているしな。誰にも、私が『白髪の魔女』とは気付かれていないようだ。
 ファーデルシアからランデルバイアに入る時もそうだったのだが、国境線に地球のそれみたいにゲートや検問が設けられているわけではない。基本的にスルーだ。塀も壁もなにもない。
 ただ、その付近には何処でも必ず砦が設けられていて、物見台から常に監視は続けられている。そして、戦の匂いが強くなってきた頃や、或いは、治安が非常に悪いなどの理由から、砦近くの街道に検問が設置されたり封鎖を行ったりする事はあるらしい。
 守備は各砦や都市ごとに行い、場合によっては、近くの砦ごとに連携をとって行う事もある。連絡手段は、基本的に早馬。敵国が攻めてきた時だけ烽火を焚いて遠方へ伝達する、という仕組みになっている。

 そんなわけで、いつの間にかグスカ国内に入っていた。そして、街道の分かれ道で、カリエスさん達と別れた。
「気をつけて。絶対に無理をしないで下さい」
「君たちも。ランディ、キャスを頼む。また、戦場で会おう」
「戦場で」
 言葉少なに声をかけあって別れた。
 カリエスさん達は、更に西へと向かい、海路を使ってマジュラスを目指す。私達三人は、南に街道を下る。
 緩やかな丘が重なる丘陵地帯。草原の続く田舎道を進むと、右手に小高い丘が見えてきた。その頂上に石造りの堅牢そうな建物が建っている。
「ヨルガの砦ですね」
 と、ウェンゼルさんが言えば、
「おそらく我が軍は、この辺りに陣を敷く事になるな」
 と、ランディさんが答えた。
「見晴らしの良い場所で、どうしても見下される形になる。地理的に不利ですね」
「砦の向こう側はどうなっているんですか」
 応じるウェンゼルさんに訊ねると、険しい崖になっているという答えだ。
「下は急流で背後から突くのは無理でしょう」
「夜襲ってのは、あるんですか」
 そう問えば、ふたりとも苦笑を浮かべる。
「陣を敷いた時点で向こうも待ち構えているわけだから、いつであっても同じだろ」
 と、ランディさん。あ、そっか。
「じゃあ、スルーしちゃったらいけないんですか」
「え、」
 それには、意外な顔をされた。
「いや、だから、いっその事、ここはパスして通り過ぎちゃったらいけないんですか」
「後を追い掛けてきますよ。狼煙ひとつで他の砦と連携されて、最悪、挟み打ちです」
 ウェンゼルさんが答えた。
「だったら、そうなる前に、あらかじめこちら側が有利になる適当な場所を設定して、そこで待ち構えて戦えば良いんじゃないですか。他の砦から来るにしたって、狼煙あげてから合流するまで時間はかかるでしょう。素人考えですけれど、砦落とすよりは簡単だと思うんですけれど。あ、別動隊作って、砦が空になった隙に占拠しちゃうとか」
 あはははは、とランディさんが声をあげて笑った。
 私、そんな変な事を言ったんだろうか。馬に乗ったまま、フードの上から頭をぐりぐりと撫でられた。おい、鬘がずれるって。
「ウサギちゃんの言う通りに上手くいけば良いんだけれどね」
 ま、どうせ、思い付きで言ってみただけさ。戦術に関しては私の専門外だしな。殿下たちに任せるよ。ああ、でも、いつの間にか、人を陥れる方法を何ともなしに思い付いて言えるようになっちゃったんだなあ、私……

 それから一時間ほど先へ進んだところにある小さな村で、今日の宿を取る事になった。
 宿はすぐに見付かったが、民宿みたいなひなびた一軒宿だ。それでも二部屋取れたのは、この街道を行く人が少ないという事なのだろう。ランデルバイアとグスカの仲がよろしくないという事もあるが、グスカに入るにはもうひとつ山越えのルートがあって、道程は厳しいけれど時間がかからないという点で、そちらの道を利用する人の方が多いらしい。
「それでも、ここからは言葉遣いに気をつけて。誰が聞いているか分からないから」
 宿に入る前にランディさんから注意が入った。
「分かっているわ、兄さん」
「良い子だ」
 そう言って、また頭を撫でる。なんだか、こども扱いに段々、拍車がかかってきている気がする。いっぺん、がつん、と言ってやった方が良いかもしれない。
 部屋は私がシングル一室で、ランディさんとウェンゼルさんがツインの一室。チェックインをする時に、今日は珍しく満室だ、と宿を経営しているお爺さんがニコニコしながら言った。
 他の客がどんな人かなどその時は気にしていなかったが、小さな宿だ。必然的に夕食の時に食堂で一緒になった。
 グスカの士官だった。国防色の騎士姿の三名。
 うわあ、のっけから遭遇しちゃったよ! なんで、宿に泊まってんだ!? 砦に泊まりゃいいだろう!
 その姿に一瞬、流石のランディさん達も身体を強ばらせた。それでも直ぐに素知らぬ顔をして席についた。
 向こうは私達をどう思っているのか。入った時から、それとなく観察されている気配を感じた。
「気にするな」
 小声で囁くランディさんに、私は頷いた。でも、やっぱり気になる……敵になる人達。遅かれ、戦わなければならない人達だ。
 ちらり、と見た感じ、皆、若かった。私と同世代だろう。
 ひとりは、浅黒い肌に前髪が長く後ろに短い濃い茶色の髪の人。体格はランディさんとあまり変わらないと思う。多分、この世界の中肉中背よりも頭半分、背が高いぐらい。衿につけた階級章の雰囲気からして、一番、偉い人なんだろう。細面のきりっと引き締まった整った顔立ちで、理知的な印象。鋭く長い瞳の左下にある泣きぼくろが特徴。
 もうひとりは、中肉中背より少し背が高い感じ。どこかシャープな印象を受ける。手足が長いボクサータイプ。こっちでは珍しい五分刈りの銀髪。襟足だけを長くしている。線のように目が細いけれど、女顔というのか繊細な顔立ち。
 最後のひとりは、ひとりだけ若い感じだ。多分、グレリオくんとそう変わらない年だと思う。見るからにやんちゃそうな顔立ちで、蜂蜜色の金髪も性格を表しているかのように、ぴょんぴょん飛跳ねている。
 こうして並べてみると、個性的な三人組みだ。でも、チラ見した感じ、ルックスは悪くない。というか、良い方だろう。人によって評価は分かれるだろうが、中の上から上の中ぐらいの範疇には入るに違いない。
「御注文は」
 中年の恰幅の良いおばちゃんが訊きに来た。
「なにかお薦め料理はあるかい」
 ランディさんが訊ねると、茸とほうれん草のキッシュパイとの答え。
「じゃあ、私はそれで」
 そう言った途端、駄目だしが出た。
「それだけじゃあ足りないだろう。そんなに食が細くては、いつまで経っても身体は丈夫にならないよ。他にはなにかあるかい」
 ランディさんは、すっかり兄気取りで仕切っている。
「焼いたチキンがあるよ」
「じゃあ、それ三つと、キッシュパイひとつ。それとパンを。あと赤ワインを一本」
「それなら、キッシュパイはなしにして下さい」
 惜しいけれど、そんなに食えん。というか、四階に移ってから運動量が減って、マジに腹周りがやばくなってきている。
「いや、やめる事はないよ。それも頼んでおきなさい」
 おい、命令口調かよ。
「そんなに食べられないです」
「その時は手伝ってあげるから、出来るだけ食べておきなさい。君はもう少し太っても良いくらいだよ」
 くぅーん……なんだよ、この会話は。なんちゅうか、気持ちが悪いぞ。グスカの騎士を警戒してのもんだと思うが、腰の据わりが悪いというのか。かえって、怪しまれたりしないか?
 それから料理が運ばれてきた後も、なんだか良く分からない兄妹の会話というものが続いた。無難と言えば、無難なんだろうが。ダンマリってのも変だし。
 しかし、ランディさんは、普段はこんな感じでレティと会話したりしているんだろうか。なんだか、過保護というか、案外、構いたがりなんだな。レティも少しは鬱陶しかったかもしれない。グレリオくんの事をあっさりと許したわりには、意外な感じだ。
 食事も終りがけになって首を傾げていると、「失礼」、と声がかかった。
 ううわ、作戦失敗。かえって近付けたか。
 泣きぼくろの人が立ち上がって、私達の席までやって来た。
「君たちはランデルバイアから来たのかい」
 うおっと。ランデルバイアの話はしていない筈だけれどな。
「そうですが」、とランディさんが然りげなさを装って答えた。
「それが何か」
「良ければ、少し向こうの様子を聞かせて欲しくてね。なにせ、あまり情報が入って来ないから」
 ああ、でもなんか見られている。見られているよ、私。目を合わせちゃ駄目だ。兎に角、俯いとけ。ランディさんに任せた。
「様子と言われても、私達も少しの間、滞在しただけですから、さしてお話できるような事はなにも」
「いや、なんでも良いんだ。街の様子とか。滞在していたのは、アルディヴィア?」
「そうです」
「賑わっていたかい」
「ええ、丁度、春祭りの最中でしたから、とても賑やかでしたよ」
「では、祭り見物で」
「いえ、良い医者がいると聞いたので、妹を診て貰いに。この通りの身体つきで生まれつき弱く、陽にもまともに当たれないほどだったりするものですから」
「ああ、妹さんだったか。それはお気の毒に」
 見るな。頼むから、こっち見るな。なんで、そんなにジロジロ見るんだよう!
「でも、あまり似ていないね」
「ああ、私は母親似で、妹は父親似なんです。でも、身体が弱いところだけは母に似てしまって」
「なるほど。で、彼は」
「彼は下男で……失礼ですが、私たちになにか」
 ランディさんも声音を僅かに硬くして、問いかけた。
「ああ、そんなつもりはなく、ただ、少し話をしたかったものだから」
 泣きぼくろの人は、少し笑ったようだ。
「自己紹介もせずに失礼した。私はスレイヴ・ワイアット・ロウジエ。爵位は持たないが、中佐の階級を頂戴している」

 なん、だと?

 その名を聞いた途端、冷水をかけられ、いや、液体窒素の中へ突っ込まれた気がした。蒼ざめる通り越して、真っ白。瞬間冷凍、バリンバリンの粉々だ。
 ……標的、ロウジエ中佐。グスカ軍の名将が、なんでこんな所にっ!? うっひゃあっっ!!




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