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 ああ、吃驚した!
 部屋に入って、開口一番、私はウェンゼルさんに言った。
「災難でしたね」
 ウェンゼルさんも苦笑を浮かべて答えた。
「ほんと、そうですよ。まさか、こんな所で標的になる人物に会うなんて。しかも、あんな性格だなんて思いも寄りませんでした」
 イメージ的には、もっとクールな人だと思ってたんだけれどな。エスクラシオ殿下も本人を知れば、きっと、驚くだろう。
「しかし、何故、こんな片田舎の宿にいたんですかね。中佐の階級が部下二名だけを連れて動くなんて事は、滅多にない事と思うのですが。余程のなにかがあったのか」
「さぁ。ランディさんがそれとなく探ってくれると良いんですが」
「どうでしょうか。あの副官というのも、なかなか曲者のようでしたし」
「その辺は私には判断つきませんでしたが。でも、これ以上の接触は避けたいですね」
「確かに。ああ、でも、一時はどうなる事かと思いました。身元がバレたかと冷や冷やしましたよ」
「ほんと。なんの冗談かと思いました」
 肩を竦めるウェンゼルさんに、私も苦笑を洩らす。
「でも、病気なら仕方ないですよね」
「病気……ですか」
 ウェンゼルさんに、首を傾げる雰囲気があった。
「病気でしょう。女と見れば、みさかいなく口説くというのですから」
 私は答えた。
「きっと、立場上、精神的に追詰められるような事もあるのでしょう。無意識に発散しようとああいう形で出るんでしょうが。でなければ、変態ですね」
「変態……」
 絶句された。あの、と問われる。
「その、立ち入った事をお訊ねするようですが、これまで男性に、その、言い寄られたとか、そういう経験は」
 は? ああ、そういう事か。
「言い寄られるっていうのか、あんなに激しいのは初めてですが。軽いものならば何度かは」
 大抵は仄めかす程度だったもんな。『気付けよ』って感じで、半分、腰が引けた姿勢で服の裾を引っ張るような感じだ。でなけりゃ、もっと直裁的なセクハラか。
「私の国で、正気でああいう口説き方をするのは、詐欺師か、商売かのどちらかですよ」
 多分。どっちも縁がなかったから分からないけれど。
「……ああ、そう、なんですか」
「逆に訊きたいんですが、こちらでは女性を口説く時というのは、皆、ああいった感じなんですか」
 それには言葉を濁すような、ええ、とか、ああ、とかいう言葉がついた。
「まあ、人によるのでしょうが」
 そうなのか。それはそれでウザイな。まあ、私には関係のない話だが。
「ふうん、男性も大変そうですね」
 その感想には、ウェンゼルさんは、はあ、と心許ない返事をした。

 それからランディさんが私の部屋へ報告に来たのは、随分、経ってから。本気でもう寝ようという頃だった。随分と飲んだらしい。吐く息からアルコールの匂いがした。水を手渡すと、一気飲みした。
「正直、参ったよ。あの副官、なかなかの者だ。流石、ロウジエ中佐の補佐をしているだけある。敵として手強い。でも、このまま潰すのは惜しい。そう思ったよ」
「そんなに」
「うん。結局、ここにいる理由とか目的とか、最後まで尻尾が掴めなかった。せめて、少しでも軍の動きが分かれば、と思ったんだが」
「そうですか」
「貴族でないにしては、駆け引きが上手い。かといって、商家の出でもなさそうだし、曲者だね、あれは。まあ、そうでなければ、貴族の間でやってもいけないだろうが」
「庶民の出って珍しいんでしょうか」
「珍しいね。ランデルバイアでは、ディオ殿下が指揮を執られるようになってからは少しずつは増えてきているけれど、グスカでは相当、珍しいのではないかな。ランデルバイア以上に血統を重んじるお国柄だから。貴族でない者は、絶対というわけではないが、騎士になることすら容易ではない筈だよ。ましてや、中佐の階級まで上るのは、並大抵の事ではないと思う。副官の彼にしてもそうだ。しかも、あの若さで。実力なのだろうけれど、大したものだ」
 だから、余計に惜しい、とランディさんは溢すように言った。
「風当たりが厳しそうですね」
「うん。それらしい事をすこし洩らしていたところを見ると、かなりのものなのだろうね」
「そうですか」
 では、ますます更迭させるのには容易そうだな。というか、既に、なにかそうする理由がないかと手ぐすね引いて待っていられているのかもしれない。
 堪え切れなかったのだろう、私の前でランディさんから欠伸が出た。
 私は笑いかけた。
「お疲れさまでした。詳しい話は明日にでも聞きます。今日は、もう、ゆっくり寝て下さい」
 ほんと、君も大したもんだよ。あの落ち着きぶり、ちょっと見直した。
「ありがとう。そうさせて貰うよ」
 目の焦点もどこか合ってない感じ。いつもより幼く見える。
 おやすみなさい、と挨拶をしてランディさんは自分の部屋へと戻っていった。

 しかし、そうか。身分制度ってのは出世にも影響するし、いらないやっかみも多いんだな。貴族って気位高そうだしなぁ。ランデルバイアでも聞こえてこないだけで、あったりするんだろうなぁ。身分が高かろうが、金を持っていようが、権力を握っていようが、その人の持つ品性には関係ないからな。ま、そこを誤解している時点で俗っぽいんだけれど。

 ……うん、今日は、久々に、異世界らしいギャップを感じさせて貰った。




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