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 雨降って地固まる、ではないけれど、お互いに今回の任務に対しての心構えというかスタンスが確立できて、僅かながらすっきりした感がある。何も解決したわけではないが、取り敢えずは前に進めるだけの気構えは得た。
 ただ、ランディさんの私に対する過保護度が増した気がする。ウェンゼルさん以外の男を寄せ付けないっていうか、ウェンゼルさんでさえ必要以上に近付けないって言うか……君は、私のカレシか?
 下手に突っ込むと薮蛇になりそうなので、知らんぷりを決め込んでいる。これ以上、面倒臭いことに関る気力も体力もねぇです。ちょっと、モゾモゾするけれど。
「でも、性格はどうか知りませんけれど、見た目は恰好良いそうですよ。お嫁に行った姉さんの旦那さんが商売でランデルバイアに行った事があるそうなんですけれど、そう言っていました。男の人がそう言うんだから、余程なんでしょうね」
「へえ、そうなんだあ。そんないい男なら、ひと目みてみたいもんよねぇ。敵国の王子でもさあ」
「ええ。それで、なんでも幼なじみの姫との結婚が決まっていたそうなんですけれど……」
 どこの世界でも、女性は恋愛話に対する感度が違う。目の色が途端に変わる。
 凛々しい王子さまと美貌のお姫さまの悲恋話は、あっという間に受入れられた。いや、よい食い付きっぷりですこと! この分だと、あっという間に広まるな。
「貴方を見ていると、女性不信に陥りそうなんですが」
 と、ウェンゼルさんが溢したので、
「一面を見て全体を知った気になるのも危険ですよ。私を基準にすること自体、間違っています」
 と、胸を張って答えたら、ランディさんに盛大な溜息を吐かれた。
「でも、北から南に来て、人の反応がずいぶんと違いますね。北の方がランデルバイアに対して風当たりがきついというのか、南の方が寛容というのか。意外です。都が近いぶん、逆かと思っていたんですが。なにか理由でもあるんでしょうか」
 馬上から眺める風景も、緑以外の色が随分と増えた。日中の気温も、身に着けている外套が暑いと感じるぐらいにまで高くなった。寛容になったのは、気温で人の頭も温くなったせいか?
「前の戦が北部に集中したせいだろう。あの時は、グスカのファーデルシアからの撤退が目的だったからね。ファーデルシアに兵を送ると共に北部も攻めたから」
 ランディさんの答えに、私はかねてよりの疑問を口にした。
「ファーデルシアに兵を送るだけじゃいけなかったんですか。何故、北部を攻める必要が?」
「北部地域には以前、ガーネリアという小国があったんだよ。ランデルバイアとは親密な友好関係にあった国でね。ロクサンドリア王妃の故国でもある。それを、十年前にグスカが攻め滅ぼしたんだ。だから、ランデルバイアとしては、敵を引き付ける意味もあったんだけれど、あわよくばそれを取り戻せたら、って気もあった。あと少しのところで時間が許さなかった。思った以上にリーフエルグの戦が長引いたせいでね。だから、本当は勝ったとも言えないな」
「ロクサンドリア王妃の故郷……」
 時期的に言っても、ランディさんのお父さんが亡くなられたっていうのも、その時なのか。あれ? じゃあ、グレースさんもそうなのかな。王妃さまとは昔っからの友人だって言ってたし。
「うん。王妃は我が国におられたから免れたけれど、国におられた妃と血の連なる王族すべてが処刑された。救援に駆け付けた我が軍の、それまで総指揮を執っておられた、陛下らの叔父上にあたられるカルバドス大公を含む諸将も多く討ち死にされてね。激しい戦いだったそうだ。ガーネリアの貴族や兵を含む生き残った民は、王妃を頼ってランデルバイアに移入してきた。でも、土地を離れるのを嫌がって、残った者も多くいたんだ。グスカ王はその人々を捕えて土地を奪い、捕えられた者の殆どは南部にある銀鉱や炭坑に連れていかれ、奴隷として今も働かされているそうだ」
「じゃあ、ひょっとして今回の作戦での協力者って」
 ランディさん達は黙って頷いた。
 ……そうか、逃げ延びた人もいたんだな。そして、グスカ内に入り込んで、反旗を翻す機を伺っていたのかもしれない。
 ウェンゼルさんが言った。
「実は、先の戦での村の襲撃は元ガーネリア兵によるものでした。己の地を奪われ、荒らされた憎しみに耐えられなかったのでしょう。昔は野生馬や鹿なども多く見かける、牧羊の盛んな長閑な国だったそうです。今はそんな面影もありませんが」
 言われてみれば、確かに草原は多かったけれど、牛や羊はあまり見かけなかったな。人も少なくて、生態系も含めて過疎化が進んでいる感じだった。廃墟になった家も、時々、見かけたし。
 里山の崩壊ってやつだ。人が自然に手を入れることで保たれていた環境が変化して、他の動物にしても住みにくい所になった部分も大きいのだろう。
「……そうだったんですか」
 負の連鎖。
 ほんと、いい加減、こんな事はやめにしておいた方がいい。間違いなく、そう思う。

 国境から五つの砦の地域を超えてチルバの街に辿りついたのは、十日後の事。
 道中、種まきをしながらあちこち寄り道したせいもあるが、ちょっと時間がかかってしまったみたいだ。ランデルバイアでは、今頃、出陣の用意をしている頃だろう。
 実際、戦の匂いはここチルバでも濃くなっているのを感じる。今やどこでもその噂でもちきりだ。空気がざわめいて、落ち着かない雰囲気。
 ファーデルシアへの進軍。ランデルバイアの侵攻の気配。情報が入り乱れ、錯綜している。その中で、私の流した噂も数多く耳にする事が出来た。
「国王や貴族に対する不満や不審が、ここにきてかなり高まってきていますね。戦への不安が、よりそうさせているのでしょうが」
 私達の協力者という旧ガーネリアの民、シャリアさんからの報告だ。
 シャリアさんはチルバの街近くで小さな牧場を営んでいて、私達は一晩、そこで厄介になっていた。陽に焼けた赤い肌に金茶の髪と瞳を持ったその人は、如何にも朴訥そうな風を装っているが、目付きだけは油断なさそうな感じ。
 今日は、予め街中に用意しておいてくれたという潜伏場所へ向かう手筈になっている。
 グルニエラとはここで暫しのお別れ。街中に馬を連れていくことは出来ないから。
「ごめんね、グルニエラ。暫く、窮屈な思いさせるけれど、我慢してね」
 実のところ、馬は国に兵役の為に既に徴用されているらしい。シャリアさんの所の牧場からも目ぼしい馬は、全部、持っていかれたそうだ。
「一度、来ましたから、もう来ないと思いますが。でも、用心の為に厩舎内から出さないように気をつけておきます」
 グルニエラとの別れを惜しむ私に、シャリアさんは少し微笑んで言った。
「このこ達の事、呉々も宜しくお願いします」
 私は頭を下げた。
「しかし、『白髪の魔女』が貴方のようなお嬢さんだとは思いませんでした。老婆か、もう少し年を取った女性を想像していたのですが」
 あー。
「『白髪の魔女』って名前、もう定着しちゃってるんですか」
「そうですね。実名を明らかにするわけにもいきませんから、仲間内では最初からその名前で伝わっています」
「……そうですか」
 暗号名ってやつだな。でも、なんかなあ、もうちょっとマシなネーミングはなかったものか。
「そう言えば、別動隊の事はなにか聞いていますか。もうマジュラスに入ったと思うのですが」
 カリエスさんは、今頃どうしているのか。
「ああ、『茶色熊』ですね。四日前に到着したと聞きました。そこから二手に別れて一方はファーデルシアに向かいました。もう着いている頃じゃないでしょうか。グスカ組も傭兵として上手く潜入できたようです」
「そうですか」
 取り敢えず、無事みたいだ。良かった。でも、熊さん……見た目か?
「そろそろ出ようか」
 ランディさんの促しに私は、グルニエラに最後のひと撫でをしてから頷いた。

 チルバの街は商業都市だけあって、急に人の数が増えた感じだ。街並みも整備されて賑やかではあるが、活気があるというよりも騒々しさが勝る。お国柄なのか、やたらと声の大きな人が多く、井戸端会議のおばちゃん達も口喧嘩をしているように見える。街を行く馬車も忙しなく、荒々しい。
 人とぶつかりそうになったり、馬車に轢かれそうになったりしながら、その度にランディさん達に庇われてよたよたとしていた。まるで、お上りさんみたいだ。うう、東京でこんな事はなかったのにな。
 潜伏先となる場所は、意外に思うほどに普通の家だった。
 商業地区から少し離れた住宅街にある、白い漆喰壁に緑の三角屋根の小さな一軒屋。目立った特徴もなく、どこにでもありそうな、こじんまりとした家だ。
 シャリアさんから預かった鍵で家の中に入る。暫く放置されていたのか少し埃っぽいが、家具もついていて、なかなか居心地が良さそうだ。
 さて。
 まずは掃除と買い物。そして、食事の支度。
 やる事はいろいろあるけれど、ぼちぼちエンジンかけて参りましょうか。




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