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 本来、私は計画的な人間だ。計画にならない遊びの部分まで計算に入れて、企画をたてたい性質だ。
 それが、どうだ。この世界に来てからというもの、出たとこ勝負ばかりだ。
 だから、今回もそうだというだけ。
 そういうところが異世界なのかもしれない、とも思う。

 でも。

 ……もーヤダ、やっぱヤダ、マジ馬鹿じゃねぇか、私。何様だよ、一体。ああ、馬鹿野郎か。馬鹿野郎様、おひとりご案内、って何処へ? 天国か、地獄か?
 いい加減、己に愛想も尽きる。
 人間、足るを知らなきゃいけない。
 分を弁えないといけない。
 いい加減大人になろうよ、自分。中坊じゃないんだからさあ、みんなの為に頑張るって柄でもないっしょ。ちゅうか、気持ち悪いだろうよ、そんな安っぽいヒロイズムなんてさ。
 なんで、前線に出るって言っちゃったんだよ、私。折角、安全圏に置いてくれるって言ってんだから、甘えておきゃいいものを、まあ、身のほどを知らないっちゅうかなんちゅうか。やっぱり、バカ。
 大体、なんでここまでやらなきゃいけないんだ?
 愛国心も信念もないってのに……しかも、他人様まで巻込んで、どうするつもりだ?
 愚痴は留まるところを知らない。

 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。

「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないです」
 かけられた問いに私はグルニエラを牽きながら、隣を歩くウェンゼルさんを見上げて正直に答えた。
 あれから一日経って、私達は前線に馬を届けに行くという名目で、補給部隊に混じって歩いている。
 ランデルバイアへの使者に立つランディさんは中佐と共に、ゼグスさんの用意した階級章のない軍服に着替えて、先に行っている。バラバラの方が目立たないし、という事だ。前線との部隊にはもう追いついている頃だろうが、少し心配。
 本当はランディさんが私と残る、と言ったのだけれど、立場的上、味方に顔を知る者が多くいるランディさんの方が間違って味方からの攻撃を受けずにすむ確率が高く、殿下の所へも早く届きやすいという理由で決定になった。
「それより、すみませんでした。ひょっとしたら、心中させるかもしれない事にしちゃって。本当だったら、なにかあれば私を殺して任務完了ですんだんですよね」
 私の言葉に、ウェンゼルさんの左の眉だけが跳ね上がった。
「それは、随分と信用されていなかったものですね」
「違うんですか」
「貴方の護衛が第一。次に、ベルシオン子爵の看視。彼は少し貴方に肩入れしすぎているところがあるから。あとは、貴方に他の者を近付けないようにする、それで全てですよ。どういう理由であれ、貴方を手にかけるような真似をすれば、私自身の命もないでしょうね」
「あ。そうなんですか」
 そりゃあ、失礼。
 てっきり、私が間違いを冒した時の殺し屋要員だと思っていた。時々、凄く怖い顔して私の方を見ているのに気付いていたから。なんだ、じゃあ、あれは私じゃなくてランディさんを見ていたのか。そういや、あっち行け状態にしたりしてたもんな。
「これを聞かれたら、殿下は気を悪くされるでしょうね」
 溜息を吐かれた。
「あー、黙っていて貰えます?」
「それは貴方次第。まずは生きて帰る事ですよ」
 そっかあ……あれ、じゃあ?
「あの、もしかして、今のこの状態っていうのは」
「不本意以外のなにものでもないです」
 あいやー。
「……すみません」
「まったくです。グスカにいれば、まだ安全だろうし好きにさせておけ、と命じられはしましたけれど、ディオクレシアス殿下も貴方がここまでするとは思ってもいなかったのでしょうし。まさか、ロウジエ中佐と直接、関りを持つ事になろうとは思ってもみなかったでしょうしね」
 へ?
 驚く私の顔を見て、ウェンゼルさんは苦笑いを浮かべた。
「気が付いていなかったみたいですね、その顔は。戦をさせる為に君を外に出したと思っていた?」
「違うんですか」
「今だから言いますけれど、この計画が上手くいかなかったとしても、咎められる事はなかったと思いますよ。殆どは、あなたを城外へ連れ出す為の口実です」
 えーっ!?
「勿論、上手くいけば言う事なしですけれど。でも、戦がどんなものか、貴方は知らないのでしょう。普通に考えて、知らない人間にどうこう出来るものではない。ディオクレシアス殿下もそれぐらいは分かってらっしゃるし、それが出来れば、これまで苦労なんかしてやいないでしょう。本来の目的は、黒髪の巫女の存在を知らない出兵反対派に対しての説得材料のひとつとして。そして、貴方の身の安全を確保する為の言い訳としてです。いくら陛下やクラシェウス殿下がおられるとは言っても、ディオ殿下や側近の騎士達が居られない状態で、城にひとりで置いておくのは危険だと判断されたからです。未だ、貴方を誘拐した首謀者もはっきりとしていないですしね」
 ちょっと、待てぇいっ!
「巫女の存在知らない反対派って、皆が知ってる事じゃないんですか!?」
「ええ、大臣でさえ、知らない者はいるでしょう。騎士の中でも知る者は、直接、殿下の手足となって動く、ほんの一握りの者達だけですよ。貴方の事を知る者よりは多いですが。貴方の場合と同様、他へ洩らさない為と不届き者を出さない為、自国内で混乱を招かない為にもおおっぴらにするわけにはいきませんから。ランデルバイアの大多数の者にとっても、これまでの流れに沿った侵略でしかありません」
 唖然、呆然。
 蹴つまずいて、そのまま地面に這いそうになった。
 理屈としてはあっている。が、しかし!
「じゃあ、私の今やっている事って……」
 まるっきり当てにされていなかった。これまでの苦労も、全部、無駄。意味のないものだったのか?
「そうは言いません。ここでこの計画が上手くいけば、それこそディオクレシアス殿下にとっては本望でしょう。ただ、そこで貴方が命を失う事があってはならない、という事です。ですから、ここから先はとても無謀な賭けとも言える行為ではあるけれど、貴方はまず、貴方の命を守る事を優先する事。何が起きても、事がすんだら、まずは逃げて下さい。他人を助けようなどとは思わない事。私も含めて。分かりましたね」
「あ……はい」
 分からん。
 何が分からんって、エスクラシオ殿下の考えている事が、だ。
 この戦いで死ぬ数を減らせと言っておきながら、それよりも私の方が優先されているみたいじゃないか。
「でも、どうしてなんですか。どうして私がそこまで保護されるんでしょうか」
 女として、ということは有り得ない。
 部下だから? 飼い猫として? やっぱり、黒い瞳を持っているから?
 さあね、というウェンゼルさんの答えはあっさりし過ぎている。
「それはご自分で訊かれることです」
 だから、生き残れってか。まったく。男のこういう勿体ぶったところが嫌いだよ。
「停まれ!」
 前の方から号令が聞こえた。
「我々の隊は、ここで待機する」
 ゼグスさんが私達に近付いてきた。
「俺達はここまでだ。ここから先はあんた達だけで行け」
「分かりました。では、打合わせ通り、合図が見えるか、聞こえるかしたら一斉にお願いします」
「ああ、それまでに、出来るだけ多くのやつに伝えるさ。でも、勘違いすんなよ。決してあんた達の為じゃないからな」
「分かっていますよ」
 私も決して、あんた達の為にこんな馬鹿をやらかすわけじゃない。
 グルニエラの肩を叩けば、任せておきなさい、と言わんばかりに鼻が鳴らされた。
「……スレイヴの事、ラルとギャスパーのこと……頼む」
 なんて苦しそうな顔なんだ。
 中佐達の身を案じるだけでなく、敵に、しかもこんな見るからに頼りない女に頭を下げなきゃいけない傷つく男のプライド。そんな葛藤が見え隠れしている表情だ。
「……力を尽くします」
 さて、ここからが正念場だ。
 私とウェンゼルさんは揃って騎乗し、急ぎ足で隊列を抜け出た。




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