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 ビルバイア将軍は、外見からしてとても豪快な人だった。山のよう、とはこの将軍の事を言うのだろう。
 腕なんかも、棍棒みたいに太い。『剛腕のビルバイア』と呼ばれているそうだ。
 毛を伸ばしたプードルみたいなわっさわっさのセピア色の髪の毛に、鼻の下から二本に分かれた髭が口を迂回しながら顎まで続いていて、如何にも強面のおじさんという感じだ。だが、周囲一メートルに置かれた紙が吹き飛ぶような鼻息の荒さといい、大口を開けて、がはは、と遠慮なく笑う様など、開けっ広げな性格をしているらしい。因みに、声の大きさも人の倍はあろうかという喧しさだ。……おい、うるせぇぞ、おっさん。
 謁見でお会いするまで、陛下が想像していた私の見た目というのが、この将軍に似たものだったというのだから、かなり不本意だ。というか、屈辱。
 そして、ついでに言うなら、懐かしくも鬱陶しいケツ顎でもある。ケツ顎二号。一号よりもカスタマイズされて、釘抜きにもなりそうなくらいに頑丈っぽい。
 アストリアスさんの言っていた通り、将軍はとても張切った様子で兵たちを引き連れて、リーフエルグの攻略に出陣していった。  ウェンゼルさんの説明によれば、全軍の指揮を任されるという事は、将軍という地位にあっても、とても名誉な事であるらしい。しかも、前回の戦の雪辱の意味を含んでいるから、より張切るというものだそうだ。
 ウェンゼルさんは私の護衛専任として居残り。ランディさんとグレリオ君は戦いに参加したので、無事であるよう願うしかない。行って欲しくはなかったが、行くな、とは言えない。言ってはいけないのだろう。
 彼等が戦場に出向いている間、私はアストリアスさんと共に、リーフエルグにほど近い丘の上に張られた陣で、エスクラシオ殿下の身の回りの世話や手伝いをしながら、送られてくる報告に耳を傾けた。

 日時計にして午前十時頃に、侵攻を開始。
 約二万のランデルバイア軍の兵力に対し、グスカ軍は約一万足らず。
 まず、砦前に広がる平原にて、真正面から対峙する激しい攻防が行われた。しかし、約二時間ほどで終結したそれは、激しいと言っても、十年前や一年前とは比較にならないほど楽なものであったらしい。やはり、グスカ軍としては、前日の作戦の失敗が大きく影響したようだ。最初から逃げ腰状態で、戦いの最中、死ぬより先に逃亡を選んだ兵士の数が多かったと報告にあった。しかし、名誉と誇り、そして、忠誠心から戦いを選ぶ騎士や兵士も多くいて、その彼等との戦いになった。
 なにせ、追詰められた上でも、尚、居残った者たちだ。窮鼠猫を噛むではないが、尋常ではない精神力と文字通り、身を投げ打っての果敢な抵抗が示されたようだ。中には、やはり、薬の力を借りて、の者もいたようだが。

「良き君主に恵まれれば、騎士として軍人として望み多き人生を歩めたものを。皮肉であるし、惜しいものだ」
 報告を聞きながら、殿下はそう呟いた。

 しかし、どうであれ、攻める手を緩める筈もなく。多くのグスカ兵と軽微と言われる程度のランデルバイア兵の犠牲の上、平原はランデルバイア軍に占拠された。

「少し音が小さくなりましたね」
 戦場より少し離れた位置にあるこの陣にも、風の唸るような鬨《とき》の声や投石の音、大軍が走る地鳴りのような音が響きとなって聞こえていた。
「平原が突破できたのだろう。漸く、砦に攻めにかかったか。もう間もなくだな」
 殿下の言葉通り、暫くしてその報告が入った。

 休む間もなく、ビルバイア将軍は砦の攻略にかかった。
 砦内に退却したグスカ軍は弓隊を前面に砦上から射掛けることで、攻め入ってくるランデルバイア軍を阻止しようとしたが、程なくして、侵入を許すこととなった。
 まずは長梯子で次々と砦内に侵入したランデルバイア軍兵士は、向かってくる敵に応戦しながら、砦入り口の扉を開放し、堀を渡す跳ね橋を下ろして騎馬隊の騎士達を迎え入れた。
 騎士達は堂々と入城を果たし、かかってくる者だけを討取っていった。しかし、この時点でほとんどのグスカ兵は、戦意を失っていたらしい。
「今は亡きガーネリアの意志は我らと共にあり! その無念に討ち果たされ、己自身も彷徨う亡霊となりたくば、かかってくるが良い! さもなくば、武器を捨て、速やかに投降せよ! 頭を垂れる者には、ガーネリアの許しも得よう! タイロン神の慈悲も与えられん!」
 堂々と入城したビルバイア将軍は、ただでさえ大きな声を更に張り上げて、こう勧告したそうだ。
 それは、傍にいた騎士達が両耳を塞いでも全身の皮膚が震えるような音量で、耳に覆いをつけても尚、驚いた馬に振り落とされるものさえいたそうだ。油断して耳を塞がなかった者は、軽い難聴状態にもなったと後から聞いた。
 前庭で発せられた将軍の声は、囲む壁の反響も手伝って、砦の隅々にまで轟き渡った。ガラス窓はひび割れ、そこら辺で燃えていた松明の炎が自然と消えたそうだ。
 誇張されてはいるだろうが、本当ならば、超音波破壊兵器並みだ。スーパーウーファーでも搭載しているのか? ……流石、ケツ顎二号だけある。まあ、顎は関係ないだろうが、言葉の内容というよりは、やはり、その大声が戦意喪失を促したのではないかと思う。
 ただ、これを聞いていなかった者達がいた。肉切り将軍ことボズライア将軍以下、近習の者たち数名だ。
 流石に、普段からの戦法で慣れているのだろう。兵士たちに戦わせている間に早々に逃げの手を打っていた。砦のある部屋から外に通じる隠し通路があって、城門がやぶられるより先にそこに逃げ込んでいた。
 この通路は昔からあるもので、これのお陰で、これまでも助かった者は大勢いるそうだ。
 中佐が逃げ出したのもまさにここからで、また、一年前の戦いでは兵士達の移動に役立て、神出鬼没の用兵術でランデルバイア軍に煮え湯を呑ませた。そんな通路の存在を、ボズライア将軍が知らないわけがなかった。
 ただ、将軍は知らなかった。ロウジエ中佐とランデルバイア軍が手を結んだことを。




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