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 調度品の少ない広い室内の中央に、金髪の女性ばかり約三十名ほどが集められていた。その周囲を取り囲むように、ここにもランデルバイア兵士達が整列している。
 女性達は、身分が高いのだろう豪華なドレスを着ている人もいれば、メイドらしき女性も混じっている。なるほど、皆、露出の極力少ない衿が高いドレスの為、体格から見極めが難しいのかもしれない。
「いつまで斯様な場所にて待たせるつもりか! なんじゃ、その者は。妙な者を連れてきおって」
 ひとり豪華なドレスを身に纏ったリーダー格らしき女性が、鞭で叩くような声を発した。
「はよう、死神を連れて来るが良い! 我がグスカの誇りにかけて、如何様な脅しにも仕打ちにも屈しはせぬ!」
 背筋を伸ばし、まっすぐ顔をあげたその顔から判断するに、年齢は四十後半から五十代初めぐらい。気位は、高層ビル並みに高いらしい。ハンカチを握り締める手が震えているのは怒りからか、それとも、怖れからか。痩せぎすの体形で、若いころは美人だっただろう容貌の片鱗が伺える。
「この人は違います。外して下さい」
 顔にはっきりと浮き出た皴の影は紛いものではない。
「狼藉者めらがっ! 高貴なる身を前に野蛮なるその態度、決して許されるものではないぞっ! いつか己の身に振りかかると思い知れっ!」
 無視。うっさいオバさんは、退場だ。
「連れていけ」
 ランディさんが兵士に命令すると、女性を挟むようにふたり進み出て、それぞれ両腕を取った。
「下郎がっ、汚らわしい! 触れるでないっ! 妾を誰と心得るっ!」
「お妃さまっ!」
 後を追いかけるように、三人の女性が前に出た。ああ、王妃だったか。ええと、この三人は取り巻き連中かな……やっぱり、違うな。若作りしているけれど、やっぱり皴があるし、手に年が出ている。
「その三人も外して下さい」
 また、兵士たちが女性達を取り囲んで、王妃と共に別室へと移動させた。
「放せっ! 触れるでないと言うておろうがっ!」
 部屋の扉が閉まるまで、王妃のきぃきぃと喚く声が続いた。
 さて、と。
 静かになったところで、私は選別を再開した。大体、数十人の女のスカートを片っ端から捲っていくわけにはいくまい。騒ぐだろうし、私も面倒臭い。或程度は、数を絞り込んでからだろう。
 残る女性たちは、私を何者かと訝しがりながらも、怯えた表情でみている。これから何が自分の身に起きるのか、不安なのだろう。
 無理もない。何を言おうとも、大抵の女性は物理的な力の前には、そうそう抵抗できるものではない。 気の毒だと思う。が、私がなにを言える立場でもないし、言ったところで彼女達は信用しないだろう。
 ざっ、と女性達を見回し、雰囲気を見る。
 明らかにそうでない人と疑わしい人を判別する。
 ええと。
「あなたと、あなたと、あなた。こちらへ。そこの人とそっちの二人、それと、あなた。そっちへ分かれて下さい」
 私の指示に、女性達は竦んだ様子で、すぐに動かなかった。
「危害を加える気はありませんが、力づくでがお嫌でしたら、指示に従って下さい」
 私が言うと、ちらちらと他の仲間の様子を伺いながら、恐る恐るといった様子で、場所を移動しはじめた。
 ランディさんや兵士たちは何も言わず、私のしている事を黙ってみている。
「貴方はあっち。そこの貴方はこっちへ」
 手早く、大まかに三つのグループに分けた。
 該当しない可能性の高い人。可能性はあるが、おそらく違う人。疑わしい人、の三種類。内、一番最後のグループが圧倒的に数が少なく、五名。その前に私は立った。
「ええと、では、すみませんが、両手を前に出して見せて貰えますか」
 おずおずと差し出される手を眺める。一番、右端と真ん中はアウト。メイドさんも本物。手の荒れ方が違う。あと左端とその隣だが、どうだ?
「では、そのまま両手を高くあげて貰えますか」
 ばんざーい!
「すみません、もっと高くあげて下さい」
 ほら、ばんざーい! もじもじしない! かえって、恥ずかしいぞ。
 やっと上がった動きで、胸の位置を確認。詰め物であれば、すぐに分かる。あれ? ふたりとも本物の女だよ。なんか間違った?
「少し咽喉を触りますね」
 言うなり、触れたら、ひっ、と怯える声がした。他の人も念の為、確認。あれえ、全員、シロだ。
「有難うございました。もう、いいです。そこで休んでいて下さい」
 ううん、ここにはいないのか?
 次の、おそらく違う人のグループの前に移る。そして、同じ動作をして貰う。
 こうして見ると、十二人の女性が万歳のポーズを取るというのも、なかなか異様な光景だ。しかし、ここにもいない……まさかなあ。
 一番、可能性の低いグループ、十名。
 メイドさんや、女官らしき人、貴族の御婦人や御令嬢やらが集まっている。年齢的に有り得そうなのは、メイドさんと貴族令嬢の誰かだろうか。……だがなあ、ここに混じっていたら、別の意味でホンモノだぞ。
 手を見る。そこで、メイドさんが一抜け。
「では、両手を高くあげて下さい」
 御令嬢たちは、のの字を書いて恥じらうが如く、なかなか手をあげない。お互いの顔を見合わせては、周囲の兵士たちの視線を気にして俯く。
 ホールドアップ!
 何度か促して、漸く、脇を締めた状態で、手を肩の位置まで上げた。
 仕方がない。私はひとりに近付くと、両腕を掴んで頭の上まで高く上げさせた。
「きゃっ!」
「言う通りにしないと、ずっと、このままですよ。それとも、ドレスを無理矢理に脱がされたいんですか」
 ちょっとだけ脅してみた。
 これは効いたらしい。皆、慌てた様子で手を高く掲げた。すると、ひとり不自然な人がいた。物凄く注意をして見ないと気付かない程度だが、上下した時の胸の頭頂位置が微妙にずれた感じがある。金髪を縦巻きロールにした、レースで飾られたピンクのドレスを着た女の子。如何にも御令嬢らしい品の良さと女性らしい仕草がある。しかし、見た目の年齢は該当範囲内だろう。しかも、手が大きい。
 しかし、これで決めつけるのは、まだ早い。胸が小さくて、パットで底上げしている可能性もある。
 私は手を伸ばし、その人の首に触れようとした。瞬間、
 ぱん!
 もんの凄い勢いをつけて、隣から伸びてきた手に叩かれた。痛ぇ。
「この御方に下賎なるものが触れる事は、私が許しません!」
 それまで大人しくしていた吊り目の美少女が、青筋を立てて声を荒げた。背後にその娘を庇うように前に出た。……怪しい。怪しすぎる。
「では、その御方のお名前をお聞かせ願えますか」
 私は訊ねた。すると、
「下賎なるものに聞かせる名などありません!」
 なんとも強気の答えだ。見た目、十代半ばから後半の年だろうに、随分としっかりしてらっしゃる。
 生意気な小娘め。後ろに隠れた方は隠れた方で、美少女の背中に張り付くようにして、肩越しに怯えた表情でこちらを見ては目を逸らしている。まるっきり気弱な女の子そのものだ。
「ランディさん、いましたよ」
 私は後ろを振り返って言った。
「この後ろにいる娘がそうです」
「本当かい」
 ランディさんが近付いてきた。
「少なくとも、男の子には違いないです」
「嘘よ!」
 金切り声をあげて、吊り目の美少女が叫んだ。
「その目は節穴!? どこをどう見て男だと言うの! 無礼千万にも程があります!」
「私の目にも女の子にしか見えないんだが」
 ランディさんも困惑顔だ。
「ドレスを捲ってみれば分かりますよ」
 きっと、股間に見慣れたもんがついているぞ。
 私の言葉に、隠れた女の子は益々怯え、前に出た美少女は頬を紅潮させて叫んだ。
「そんなことさせるもんですかっ!」
 私に掴みかかろうとする手を、先に取った。
「放しなさいっ! 無礼者っ!」
 じたばたともがくので放してやると、自らの勢いの反動で美少女はよろけた。それを支えるように、後ろにいた女の子が両肩に手をやって止めた。
 力はちゃんと、普通の男並みにあるらしい。人を支えてよろけもしない。ランディさんも、それに気付いたようだ。
「失礼だが、ディディエ王子でらっしゃいますか」
 ランディさんが、丁寧な言葉遣いで問う。が、またしても美少女が答えるのを阻んだ。
「こんな野蛮な人たちに、答えることなんてないわ!」
「お嬢さん、貴方に問うてはおりませんよ。後ろにいる方にお訊ねしているのです」
「この方は、私などよりずっと淑やかで優しい方なのよ! それを、この方が男というならば、私などはせいぜい熊にでも見えるのでしょうね!」
「お嬢さん、あまりお騒ぎになると、こちらもそれなりの対応をさせて頂くことになりますよ」
「ハッ! とうとう野蛮人の本性を現したわね! 幾ら紳士的に振舞おうとしても、底が知れているのよ! 誤魔化されやしないんだからっ! ケダモノッ! 野蛮人ッ!」
「このお嬢さんを別室にお連れして」
「やめなさいよっ! 近付かないでっ!」
 すっかり興奮しきった少女は怒りの形相も露に、後ろに友人をかばいつつ、近付く兵を追い払おうと片腕を大きく振り回した。と、そこへ、
「なんの騒ぎだ」
 開いた扉の向こうから、錆びた鉄の色の髪をもつ黒き甲冑に身を包んだ我が上司のご登場だ。




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