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 そこにいたランデルバイア軍の兵が一斉に敬礼の姿勢を取り、私とウェンゼルさん、ランディさんは頭を下げ、礼をとった。
 エスクラシオ殿下は大きな歩幅で私達に歩み寄ると、地を這う低い声で、「見付かったのか」、と訊ねてきた。
 私は約二日ぶりにその顔を見たのだが、まともに声を聞いたのは随分と久し振りの気がする。だが、たったその一言で、緊張を強いられる。機嫌が悪いというよりは、あまりにも殺伐とした雰囲気だ。まるで、殺気そのものがバリバリと空気を鳴らしながら歩いているかのよう。顔は見ない方が賢明だろう。
「それらしき者は見付かったのですが、この御令嬢が引き渡しを拒否しておられまして」
 心なし、答えるランディさんの声もいつもよりも硬く感じる。
 あれほど喚き散らしていた少女も、すっかりと口を閉ざしている。
「後ろにいるのがそうか」
「はい」
「女にしか見えぬが」
「キャスが男であると。それで、確かめようとしていたところです」
 ほう、と視線がこちらに向けられるのを感じた。
 ……なんだ、この怖さは。脅されているわけでもなく普通に会話しているだけなのに、圧迫されるような感じだ。自然と髪の毛が逆立ってしまうような、ひりひりと肌を刺すような空気がある。息苦しい。
「それで、小娘ただひとりに手間取っていたというわけか。らしくないな」
「申し訳ありません」
 ちらり、と顔を上げて見てみれば、庇う美少女は殿下の前に声をなくし涙目になっている。それでも、震えながらも頭をあげ、きっ、と気丈にも頭ふたつ分は高い位置にある顔を見上げていた。
「おまえの名は」
 殿下は少女を見下して問う。
「シ……シェーラ」
「シェーラなんだ」
「シェーラ・アディス・ド・ノルト」
「ノルト将軍の血縁か」
「……娘よ」
「なるほど。その気の強さは父譲りか」嘲笑するかのような声が言った。「引き際の悪さも似たのは余計だったな」
「お父さまを侮辱する事は許しませんっ!」
「事実だ。引き際を弁えていれば、無駄に多くの兵を死なせる事もなく、己が命を拾う事も出来たろう。おまえもその父の許へと行きたいのか」
 息を呑む声が聞こえた。
「……これ以上の屈辱を受けるよりはましだわ」
 数瞬の間があって、少女の震える声が答えた。
「やはり、まだ子供か。短慮だな」
 低い響きは冷たさを増す。
「その後ろの。もし、この国の王子で男であるならば、己より力弱き女に庇われるのを恥とは思わないのか」
 答えはなかった。
 こちらは、その場で蹲らんばかりに身を竦ませ、声を発するどころか、顔を上げる事すらできない様子だ。
「答えないか。民や部下を見捨て、ひとり逃げる父親の血が濃いとみえる。自害を選んだ母親の血は受け継がなかったか。それすらも愚かな選択ではあるが、まだ、気概は感じられる」
 王妃……自殺したのか。ああ、だから、こんなに機嫌が悪いのか。
 それを聞いて、初めてなにか言いかける雰囲気があがった。だが、声にはならなかった。そのまま腰を抜かしたように、へなへなと床に崩れ落ちた。
 その場にいた女性達からも、絶句する声と啜り泣く声が洩れ出た。
「ディディ!」
 ついに、少女の口から王子の愛称がついて出た。
「ふたりを連れていけ」ランディさんに命じて背をむけた。「王の居場所を吐かせろ」
 床に蹲る王子を抱き締めるように、シェーラという少女の瞳からも涙が零れ落ちていた。
 あぁーあ……泣かせちゃった。まあ、他にどうしようもないのは分かるけれどなあ。
「無理に言わせようとしても無駄だと思いますよ」
 部屋を去ろうというエスクラシオ殿下に、私は言った。
 ほう、と足が止り、肩越しに振り返られる。ううわっ、怖っ! 絶好調に凶悪だ!
「おまえならば、言わせる事ができるとでも」
 さあ、と素知らぬ顔をして、私は首を傾げた。
「それは自信ありませんけれど、気持ちを落ち着かせない事には、怖がってなにも言えないと思います」
 ふん、と鼻を鳴らすような相づちがあった。
「ならば、せめて、まともに返答ができるまでにしろ」
 どうして、自分から貧乏くじを引くような真似を私はしてしまうのか。
「……御意」

 ……やれやれ、だ。




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