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 どういう意味?
「君は、私達の前でほとんど装ってはいなかったと言った。でも、現実の君は、死神の部下でキャスと名乗る者だった。ランデルバイアの黒の軍服を身に纏った白髪の君に、違和感を感じていた。しかし、今、漸く重なったよ。君はキャスリーンだ。私の知る、慈悲深くて優しい」
「……よして下さい、私は慈悲深くも優しくもないです。自分の目的の為には、他人を陥れもするし、縋ろうとしてくる子供を跳ね除けもします」
「そういうところもあっただろう。冷たくあしらわれた身としてはね」
 中佐……スレイヴさんは、そう冗談めかせて言うと笑った。
「それでも、君は本当に必要とする時には優しくあった。それが知れて良かった。君に会えて嬉しいよ、キャスリーン」
 笑っていいんだろうか、私。
「君は充分に償ってくれた。私は君を許そう。だから、君も私と私の仲間達を許して欲しい。そして、ありがとう」
 ああ……
「改めてよろしく、キャス。友人として」
 差し出された手に戸惑う。
 こんな風にストレートな言葉を貰った事なんてない。
 言葉通り受け取って良いんだろうか。この手を取って良いんだろうか。許されても良いのだろうか?
 ……許されなければ、私が彼等を許す事にはならない。私には彼等に抱く恨みはないけれど、彼等がそう感じているならば、許しが必要なのだろう。
 ならば、私にはそれを拒絶する理由はない。
 でも、恐る恐るその手を握った。温かくしっかりと力強い手が、私の手を包んだ。
「正直に言えば、このまま君をここから連れ出したい気分だよ」、と握る手にひとつ軽く接吻を落した唇が言った。
「だが、君は君の友人を助けるという目的を達しない事には、ここから離れないだろう。どんなに辛い思いをしていても。それに、死神が君を手放さないだろうな。つくづく、残念だよ。何故、私の方が先に出会えなかったかと。でも、もし、死神が君を解放する時が来たら、私の所に来て欲しい。友人として力になろう。暫くは浪々の身ではあるけれど、その内、落ち着く事も出来るだろうし、今でも君ひとりを養う事ぐらいなら出来るよ」
 それには、つい、笑ってしまった。
 懲りない人だ。こと身内とする者に関しては強欲らしい。
「有難うございます」
 でも、本当にこの人と先に出会っていれば、今頃どうなっていただろうか、とも思う。今よりも少しは好ましい時を過す事ができたかもしれない。また、あの夜の様に、食卓を囲んで笑って過せていたかもしれない。それも、刹那的なものではあったのだろうけれど。
「本当に行くところがなくて困ったら、お願いするかもしれません」
「どうぞ。いつでも歓迎するよ」
 不確定な未来に、ふたりとも口の中で笑う。
「この先、どうするかはもう決めているのですか」
「いや、これが落ち着かない事には、我々も立場を明確にするわけにはいかないな」
「場合によっては、また敵対する事になるのかもしれませんね」
 そう答えると、いや、と首が横に振られる。
「その時には、真っ先に君を攫う事を考える。また、辛い思いはさせたくないからね」
 なんというか……どこまで本気で取れば良いのだろうな。
 スレイヴさんは声を大きくした。
「ウェンゼル君もその時には考えておいてくれよ。君を仲間にしたいという気持ちも変わっていないのだからね。あと、ランディ君にも同じ言葉を伝えておいてくれ」
「貴方がこちら側につく方が、話が早いと思いますが」
 天幕の外にいたウェンゼルさんが顔だけを覗かせて、真顔で言った。
「それは、死神次第だよ」
「ならば、問題ないでしょう。それに、キャスの事は、今の内に諦める事をお薦めします。大それた野心を持っていると疑われたくなければ」
「彼女を瞳の色だけで評価する方が間違っているだろうに。それで束縛するのもどうかと思うが」
「滅相も。それ程、浅はかと思われるのは心外ですね。まだ誤解が多いと思われます」
「では、誤解ではないというところを、これから見せて貰えるのかな」
「勿論です。期待して頂いて結構ですよ」
 ……君ら、気は合うみたいだが、仲が良いのか悪いのか分からんぞ。でも、良い喧嘩友達にはなれそうだ。どこか剣呑ではあるけれど。
 ああ、でも、やっぱり、もぞもぞする。居心地が悪い。こういうのは嫌いだ。
「そう言えば、グスカ王の事は伝わっていますか。ガルバイシア卿からの問合せがあったかと思いますが」
 話題を変えての質問には、ああ、と途端に苦笑いの表情が浮かんだ。
「聞いたよ。酷い話だ。タイミングから言っても、まだ都の門を破られる以前だろう」
「では、もう城中には」
「いない可能性が高い。まったく、怒りを通り越して呆れる。逃がすならば、まず王子の方だろうに」
「あの王子では先々も当てにならないと思ったのでしょうね」
「会ったのか」
「はい。女装をして紛れているところを見付けました。ノルト将軍の御令嬢も一緒でしたが」
「ああ、あの気の強い。私もよく知っているわけではないが、二度ほど面識がある。悪い娘ではなさそうだが、あの年にしてあの気位の高さは、大人でも手を焼くだろう」
「王の居場所を訊ねたのですが、今のところ無理みたいです。王子は言ってしまえば、優柔不断ですし、シェーラ嬢はプライドの高さから話すのを拒んでいます」
「ありそうな話しだ」
 スレイヴさんは、咽喉の奥で笑った。
「王の潜伏先に心当たりはありませんか」
「まあ、難しいだろう。隠し通路もあるのだろうが、私も知らないし。だが、知る手立てがないわけではないから、ついでにそれを君に伝えようと思ってね。手紙に書くのも面倒だし、かと言って、私が行くわけにはいかないから」
 スレイヴさんはそう言って、私にその手立てを教えてくれた。




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