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 雑音で目が覚めた。低い唸り声のようなものが、眠っている私の耳に届いて、目が覚めた。
 うっせぇ……
 ベッドの上で起き上がってみれば、まだ周囲は明るい。腕時計を確認してみれば、午後の四時過ぎ。三時間程度は眠っていられたらしい。
 でも、まだ眠い。
 ベッドの上に座って、ぼうっとしながら音に耳を澄ますと、雑音はどうやら人の声らしいと分かった。

 トゥーラッ、トゥーラッ、トゥーラッ……

 聞き覚えのある響きだ。確か、陥落した後のリーフエルグの砦で聞いた。
 ……ああ、グスカ王を討ったのか。
 そう思い至った。
 わんこが頑張ったらしい。
 これでグスカという国が、名前ぐらいは残される可能性はあるが、その実質はランデルバイアの一部となる。
 元よりこの世界の人間ではない私には、一国がなくなろうと知ったこっちゃない話だし、自分がそれに深く関ったという自覚も、正直言ってあまりない。
 でも、人がひとり死んだという事実は認識しているし、その死を私が早めた事も分かっている。
 響き渡る歓喜の声。
 罪悪感はない。でも、喜びもない。なんの実感もない。
 ……ただ、憂鬱なだけだ。

 ノックの音がして、扉が開いた。
「ウサギちゃん、今、殿下が、」
 と、ランディさんが入ってきてベッドの上の私を見ると、途端、ぎょっとした表情を浮かべ、すぐに後ろを向いた。
「すまない、ただ休んでいるとだけ聞いていたものだから、出直すよ」
 あ? ああ、そうか。こりゃ失礼。
「いえ、それにはおよびませんよ。殿下がどうかされましたか」
 慌てて毛布を被りながら、私は訊ね返す。
 寝苦しいし皴になるから、下着姿で寝ていてそのままだった。
 白いシュミーズにズロース姿。……色気ねぇな。でも、ブラもパンツも存在しないから仕方がない。かと言って、コルセットをつけているわけにもいくまい。その内、胸が垂れるぞ。いや、垂れるほどないけれどな。でも、恋人でもない健康的な男の前に曝す姿でもない。
「いや、つい、今し方グスカ王を討つ事ができて、一応は平定されたのだけれど、多分、混乱もあるだろうから、君は陣に戻らずにこの城に残るようにとのことだ。いる物があれば、陣に取りに行かせよう」
「ああ、そうですか」
 えー、でも、荷物は丸ごと持ってきて貰った方がいいよなあ。下着の替えとかあるし。ああ、でも、
「混乱ってどういう意味ですか」
 訊ねれば、ああ、と躊躇うような答えがあった。
「緊張感が緩んだ兵士がなにをするか分からないところがあるから。一応、殿下が警備するよう通達を出してはいるが、手の回らないところもあるだろう。だから、」
「ああ、そう……と、城内に拘束中の女性達の警備はどうなっていますか」
 一番、ヤバイのは私じゃなくて、そっちじゃねぇか。馬鹿なオトコ共がなにするかわかったもんじゃない! 経験者は語る、だ。
「一応、現状維持で警備をつけさせているよ」
「そりゃあ……」
 どうなんだ? それで事足りるのか?
 兵士達のストレスも溜っている事だろう。それがどこへ向かうか知れたもんじゃない。
「場合によっちゃあ、とっとと解放した方が良いかもしれませんね。蛮行があっては、今後の治世にも影響が出ますよ。ああ、でも、その前に行く当てがある者とない者に分ける必要があるか」
 どうすりゃいいんだ。それに、王子達の事もある。兎に角、服を着る必要がありそうだ。
「すぐに支度します。すぐに殿下に相談しないと。外で待っていて貰えますか」
「分かった」
 未だ芯に麻痺した感のある頭を叩き起こして、考えを巡らせる。ああ、チョコレートが欲しい。最悪、砂糖……ああ、グルニエラ用の角砂糖、は駄目か。お腹壊しそう。
 ええと、女性達を送り届けるにしてもランデルバイア兵だと……ええと、スレイヴさんところの隊の方がマシか? こっちも揉めそうではあるけれど、同国人だけにまだ良いような気がする。解散したとか言っていたけれど、すぐに招集できるもんなんだろうか。ああ、でも要は今夜なんだよな。
 手早く着替えて、部屋を出る。
 廊下では、ランディさんとウェンゼルさんが待っていた。
 一緒に歩き始めながら、ランディさんに問う。
「殿下には、すぐにお目通りできますか」
「ああ、君ならば可能だろう」
「ええと、その前に、何か甘い物ありませんか。キャンディーとか最悪、砂糖でも。少しで良いんですけれど」
「ああ、厨房辺りを探せばあるんじゃないかな。誰かに持って来させようか」
「お願いします。まだ、頭がぼうっとしているので」
 ああ、面倒臭いな。だけど、これを放っておくわけにもいかんだろう。草食系の男って、この世界のどこで暮しているんだろうなあ。




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